ミッシングリンク-5
「オオキ巡査。こっチハ指定ポイントにつイタぞ」
「了解です。こちらは到達にはまだ時間がかかりそうです」
オオキの声はすぐに返ってくる。アラヤは通信回線を開きっぱなしにすると、敷地内に着地した。
「ナら、先に突入しテ鎮圧に当たル」
「……わかりました。こちらですでに内部からの救難信号をキャッチしています。可能な限りで構わないので――」
「わかッタ。救急隊を準備しテおいてクれ」
「お願いします!」
フラフラと寄ってくる暴走ロボットたちを、借り受けた警棒で破壊していく。救難信号をバイザーに表示し、アラヤはそちらの建物へ直進していった。
メインの発電施設前に到着したアラヤは、ロックのかかったドアの前で立ち止まる。
「……破壊スるか?」
「え?待って、待ってください!」
緊急性を考え、光剣を取り出し、構えたところで通信越しの静止がかかった。
「君は、さっキノ?」
「はい!オレンです!……ではなくて!アラヤさんの場所はモニターできています!メインリアクター収容棟ですよね?」
アラヤは改めて周囲を警戒すると、武器を降ろす。
「アア」
「こちらで臨時職員パスを入手しました。アラヤさんの端末にも共有しますから、それで進入を!」
その声と共に、バイザーにパスの取得表示がされた。
「助かル」
アラヤが感謝を述べると、オレンは嬉しそうに笑って通信を切る。
「あ、間違えて通信を……あれ?これ入ってます?あれ?」
再び通信のはいったノイズの後、オレンの独り言が延々と垂れ流され始めた。
(おっちょこちょいなノガたまに瑕ダナ)
アラヤは特に何も言わず、先ほど受け取った臨時職員パスで入口から堂々と進入する。中は大きな火災や損傷が発生した様子はなく、アラヤはほっと胸をなでおろした。
(……それニシても、わざわざコこを攻撃シナい理由はナんだ?)
視線を巡らせ、この施設の心臓部であるモニタールームから救難信号が発信されていることを、アラヤは突き止める。
「……」
アラヤは細心の注意を払って歩を進めた。辺りは不気味なほど静まり返っており、アラヤは最悪の想定をしておく。
モニタールームの前にたどり着いたアラヤは、そのドアを臨時職員パスで解錠する。ゆっくりとドアを開いていくと、中から押し殺したような悲鳴が聞こえた。
(生きテハいるか)
アラヤは安堵すると、警棒を構えてドアを一気に開け放つ。
「動ク……な?」
そこには、身を寄せ合ってガタガタと震えている白衣の職員たちがいるばかりで、特に変わった様子もなかった。明らかに怯えている様子だが、それはアラヤの今の格好も関係しているはずなので、アラヤはそこは思考から除外する。
「……全員、無事ダな?」
アラヤの問いかけに、数人の職員が不思議そうな顔になった。アラヤは武器をしまうと、両手を上げる仕草を取った。
「とりあエズ、誤解サセてすまない。俺は救助ニ来たンだ」
部屋の空気が一気に弛緩する。職員たちは口々に感謝を述べると、立ち上がった。だが、その瞬間、一人の職員の顔から一気に血の気が引く。
アラヤがそれを訝しんだのと、アラートが鳴ったのがほぼ同時だった。
「グッ!」
奇跡的に無傷で何かを弾き返したアラヤは、慌てて振り返った。いつのまにか、メインリアクターの機械の上に、見知らぬ人型が存在している。
「あれあれ?おかしいなあ。私はここで待機任務を命じられてたんだけど……何やってるんだい、キミ?」
そのフォルムも、仕草も、声も、電子音であることを除いてしまえば、完全に女性のものだ。
「お前ハ……何ダ?」
「フフッ」
アラヤの問いかけに飛んできたのは、鋭いスピードの物体。アラヤはとっさの判断でモニタールームのドアを再びロックする。
そして腕の装甲で飛んできた物体を流し、どうにか受けきった。
「んー、よくわからないや。ね、遊ぼうよ!どっちかが壊れたら負けね!」
有無を言わせぬ調子で勝手に決めつけると、人型ロボットはアラヤへと躍りかかる。
アラヤはそれをひらりと避けると、モニタールームから離れるように移動した。
「……なるほど」
それを見た人型ロボットは、すさまじいパワーを込めてモニタールームの窓ガラスに向かってパンチを繰り出す。
(シマっ――)
だが、幸いにもモニタールームのガラスには傷一つついていなかった。
「およ?思ったより硬いや」
すっとぼけた声を出す人型ロボットに向かって、アラヤはアンカーショットを放ち、がっちりとそのボディを捕まえる。
「お前ノ相手は……俺、ダ!」
「わぁお」
そのまま一本釣りの要領で振り抜くと、人型ロボットを地面へと叩きつける。
「あはは!やるじゃんやるじゃん!」
笑いながら起き上がる彼女に、目に見えた損傷はなかった。アラヤは小さく舌打ちする。
(コイつ……薄気味悪イ。感触も声モロボットだトイうのに……このザらつく感じはナンなんだ!)
「あっは!すっごい睨んでくる!怖ぁーい!」
ロボットはおちょくるようにわざとらしく可愛い声を上げると、あまつさえクネクネと身体を揺すって見せた。アラヤは光剣を出すのをすんでのところで踏みとどまる。
「はぁ。つまんないの。バカの一つ覚えみたいに人間を守ろうとして。キミもナナキ様の被造物なら、もうちょっとまともに稼働しなさいよ。イントネーション設定もバグってるみたいだし」
「ッ!」
アラヤは自身の心臓が跳ねたことを自覚した。
「自分の型番くらい言えるでしょう?まあ、ワタシにはナナキ様から賜った『イヴ』という素晴らしい名前があるけれどね!ほら、呼んでみなさい?麗しきイヴ様って!」
言い終わると同時に、一瞬アラヤの足が地面から離れかかる。すんでのところで踏ん張るも、腕が千切られそうなほどに引っ張られ、ワイヤーアンカーを繋ぐウィンチが悲鳴を上げていた。
「チィ!」
アラヤは今出ているワイヤーを意図的に切断する。バイザーに再使用まで3分かかると表示され、アラヤはそれを確認してから宙を舞うワイヤーの先端に警棒を巻き付けた。
「おお?諦めたと思ったらやっぱり諦めてなかった?いいよいいよぉ、失敗作らしくもっと無様にあがいて!」
今度は足元をしっかりと固定し、呼吸を整える。サイコマグネメタルの保護フィールドが展開されるのを待ってから、アラヤは手にした警棒の電流リミッターを外した。
一瞬、持っていた手に強い刺激が伝わったが、アラヤにはそれ以上何もない。だが、導体のワイヤーを伝っていった電流は、その威力を落とすことなくイヴを焼いた。
「ぎゃっ」
すると、イヴが悲鳴を上げる。アラヤはそのことに驚いて、イヴの拘束を緩めてしまった。
「いったぁ……!何しやがる!」
明らかに怒り心頭の様子でこちらにすごんでくるイヴだったが、アラヤの思考はすでにそこにはない。
(痛覚……?なンデ……?意味が分かラナい)
アラヤが上の空だったことが、イヴの逆鱗に触れたようだった。イヴはもはや何も言わず、視認ギリギリのスピードで突っ込んでくる。剣に変形した腕を振るい、アラヤを本気で殺そうとしていることが嫌でも理解できた。
「イヴ……」
アラヤがぽつりとつぶやいた声は、剣の振り下ろす音で引き裂かれる。アラヤはそれをいなすと、苦々しく続けた。
「傲慢ナ名だ」
「ナナキ様を愚弄するか!」
イヴの怒りに任せた刺突は精彩を欠き、アラヤは身体をひねるだけでそれを流すと、イヴの胸に手を添え、はっけいの形をとる。
「お前ゴトきがナナキを語ルな」
そしてアラヤの手から、衝撃波が発生するレベルの圧力が、イヴに叩き込まれた。イヴは横っ飛びにふっとぶと、壁にボディをめり込ませる。
「な、に……」
いくらか内部パーツにも損傷が出たらしく、若干のショート音が離れたところからでも聞き取れた。アラヤは敵意を完全に失うと、冷ややかに告げる。
「失せロ。時間の無駄ダ」
「ふざざざ……けるな。ワワワタシシは、ままままだ戦えるる」
己の口から出た音に気づき、イヴは眉をしかめた。
「別に無理しテモいいが、もれナくスクラップだ。お前はナナキ様とヤらの役に立ちタイんだろ」
「……」
苦々しげにアラヤを睨みながら、イヴは壁から身体を引き抜く。
「ややややっと、気づいいいいた。お前ががが、アラヤ。ドドドクターアアアラヤだな。哀れれれれな話ししし……」
「……なニ?」
アラヤが思わず声を出すと、イヴが恐ろし気な笑みを浮かべた。
「ししし知らららない方が、いいこともももある。ナナキ様をををわかっていいいないののはははは、どどちらかしららね」
「……人が人を百パーセントで理解デキたりするモのか」
アラヤが険しい口調で言うと、イヴはあざ笑うように天井を仰ぐ。
「計画は始まったの」
そして突然クリーンな発声に戻る。アラヤは面食らったが、すぐにショート音が消えていることに気がついた。
「計画ダと?――おい、待テッ!」
アラヤが思考リソースを他に割いたその一瞬で、イヴは壁を破壊して外へ飛び出していく。アラヤの手は空を切った。
「チッ」
アラヤは舌打ちすると、破壊された壁から青空を見上げる。イヴの後を追うことは、出来そうになかった。
「お疲れ様です、アラヤさん。何かが高速でその場を離れていく反応を捉えましたが、大丈夫ですか?」
オレンの声が通信機から聞こえてくる。アラヤはモニタールームに向かいながら応答した。
「強力な敵性ロボットと戦闘にナッた。向こうの戦闘能力自体は大しタコとなカッたが、かナリ厄介な相手ダった」
「ええ?」
オレンの素っ頓狂な声がして、慌ててキーボードを叩くような音が入る。
(レトロ趣味だナ)
アラヤがボーっとそんなことを考えていると、オレンのため息が聞こえた。
「……スまん」
「えっ、あ、いや違うんです!こっちがトレースし忘れてただけなので……ハイ……」
明らかな愛想笑いを聞きつつ、アラヤは改めてモニタールームのドアを開いた。不安そうに見つめる従業員たちにしっかりと頷いて見せると、先導するために背中を向ける。
「オレン。要救助者を発見シた。ここかラノ脱出ルートをモニターしテクれ」
「はい。一応、その近辺は我々で制圧をしたので敵性反応はありません。そのまま護送を開始してください」
「了解しタ」
アラヤは手で付いてくるように合図すると、戦闘した跡を避けつつ、出入り口へと進んでいった。臨時職員パスをかざし、出入り口のドアが開くと、医療局の人間がすぐに出迎える。
「要救助者は後ロダ。後は任せタ」
驚く医療局の救急隊員たちをすり抜け、アラヤは施設の出口へ向かう。けたたましいほどのサイレンが埋め尽くす道路は、関係車両がひしめき合う以外は思いのほか閑散としていた。
「ご無事で」
オオキが出迎える。アラヤは手を振って答えると、オオキに警棒を突き返した。
「すマん。壊れタ」
「え」
オオキが慌てて受け取り、振ったり叩いたりしていたが、警棒はうんともすんとも言わない。やがてオオキはがっくりと肩を落とした。
「ま、まあ。被害はほぼゼロのようですから……」
言い訳するようにつぶやくと、オオキは警棒を車に収納する。
「さて、これでエネルギー供給施設の奪還は完了しました。ドクターアラヤ、改めてご助力に感謝を」
「御託ハイい。次はどウスるつもりダ?」
アラヤの質問に、オオキは首を横に振った。
「他の二つの施設には、すでに別動隊が動いています。ドクターナナキへの手がかりがない以上、我々が動くのはあまり得策とは言えません」
アラヤは少し思案する。それから、ずっとモニターをいじくりまわしている女性警察官に声をかけた。
「オレン、お前ハどう思う?」
「えひゃい!私ですか!えっと、どう思う、とは……?」
素っ頓狂な声を上げたオレンは、アラヤの言葉の意味を理解できずに問い返す。
「……他の施設に、俺が交戦しタヨうな強力な敵性ロボットが置かれてイル可能性を、君はどのくライの比重で見てル?」
アラヤが明らかに苛立ったのを見て、オレンは生唾を飲み込んだ。
「そ、そうですね……。あれだけハイスペックな機体をそう量産できるとも思えないので、かなり低い確率なんじゃないでしょうか……」
冷や汗を拭うことも忘れて怯えるオレンをしばらく眺めていたアラヤだったが、しばらくして納得したように頷く。
「そウカ。ソう思うのか」
オオキも追従するように頷いた。
「交戦記録については閲覧させていただきました。あれほどの高性能機が他にもいるのは、考えたくありませんね」
「そうカ」
アラヤは突然グラップリングアンカーを射出すると、オオキたちを置き去りに建物の上へと移動する。
「どうしたんですか!」
オオキの慌てた声が通信機から入ってくるのを聞いて、アラヤは平坦な声で答えた。
「みンナがその認識なら、別動隊がカなり危ない。俺は治地拠点へ向カウから、ソッちは水の精製拠点の方へ行ってくレ」
「そんな!別動隊なら、鎮圧には十分――」
「道すガラ説明すル!急ゲ!」
アラヤは一方的に会話を切ると、一気にスピードを上げる。イヴと名乗ったあのロボットは、凄まじい性能を誇っていながら、サイコマグネメタルのような最新の高価な素材を用いているようには見受けられなかった。
悪くいってしまえば型落ちの素体。それはつまり――。
「安価で、量産が利くと?そんなバカな!あんなスペックを出したら素体の方が耐え切れない!」
「バラしてナイから憶測だが、ボーンと関節にカラクリがあるハズだ。それナラあの素体でも問題なイ」
オオキやオレンは大混乱しているようだったが、アラヤにとっては驚きこそあれ、パニックを起こすほどでもなかった。
(そこラノ警備ロボットたチダって、カタログスペックそのままを引き出せレバ、あれグラいのこトはデきる)
問題は、そのカタログスペックを引き出せる者がこの世にどれだけいるか、という点である。アラヤは、イヴとの戦いから、ナナキの背に暗い影を認め始めていた。
(俺と、ナナキにはデキることダ)
自然と、握りこんだ拳に力がこもる。だが、深い思考に陥る前に、警告音がアラヤの意識を引き戻した。