ミッシングリンク-4
目的の場所はすぐに目視で確認することができた。警備ロボが描く円の外側で、見物に来た人々が雲霞のごとく集まっている。どうやら鎮圧にあたっているロボットたちをはやし立てて応援しているようだ。
「がんばれー!」
「やっつけろ!」
新種の見世物やスポーツか何かのように、見物客たちは口々に声援を送っている。そしてそれを「立ち入り禁止です」と機械音声で繰り返し警告する、異様な光景がぎろがっていた。
「ドクターアラヤ。今どちらに?」
通信越しに、オオキの声が届く。
「上ダ」
アラヤは簡潔に応答する。しかし、さすがに簡潔過ぎたかと案じて、再び通信を開こうとした。その瞬間、オオキから連絡が返ってくる。
「確認しました。すごいですね、そのパワードスーツの性能は」
「……アア」
アラヤは肯定のみを返すと、再び群集に注目する。人々を抑えている警備ロボたちが、わずかに異常な動きを見せ始めていた。
「オオキ巡査、今そコから警備ロボたちノ動きハ見えルか?」
「え?……いいえ。人が多すぎて……。どうかしましたか」
アラヤはそれを聞くと、すぐさま端末に自分の視界の映像を共有し始める。
「明らカに様子がオカしい。最悪の場合武力介入すルから、そうナッたら、オオキ巡査は俺を逮捕すルヨうに動いテクれ。適当に離脱する」
「しかし、それは!」
「そノ方がお互いニ都合がいインじゃなイのか?」
オオキは承服しかねるように息を吐いた。アラヤとしては、どれだけ法で縛ろうとナナキを追うために好き勝手にやるつもりだから、これは相手の意思確認程度の質問だった。
しかし、その返事を待つ前に、アラヤの最悪の想定が的中する。
「お、おい?何かおかしくないか、あれ」
『お下がりください。ここは危険です、お下がりくだください。おおおおお下がりニンゲンは危険です。こここここ危険危険危険危険危険危険ニンゲンニンゲン危険危険危険危険危険』
警備ロボが、突然近くにいた男性に、持っていたシールドを振りかぶった。
「え?」
次の瞬間、男性が横っ飛びに吹っ飛ばされる。天をつんざくような悲鳴が上がった。
「チッ!」
壁を蹴って急降下したアラヤは、すぐさま暴走した警備ロボをねじ伏せる。
「早く逃ゲろ!」
助けられた女性は、アラヤをみて目を丸くし、先よりも大きな悲鳴を上げた。
「ヒッ!あ、悪魔!ナナキだ!」
「ハ?俺は違――」
アラームが鳴り、アラヤは咄嗟に身を屈めると、暴走ロボットの腕を引きちぎる。助けた女性は、その間に足をもつれさせながら逃げ去って行った。
(さッキまでまともダったものまでオカシくなり始めている!どうナッているんだ!)
アラヤは近接の光剣を取り出そうとして、ロボットたちの向こうにいる人々に気付く。
(ダメだ!あンナ威力のもノヲ使えば、巻き添えだけジャすまない!)
アラヤは咄嗟に下敷きにしていた警備ロボからシールドを拝借し、構えた。
『ギギ、ガガガガガ。お下がりニンゲンニンゲンニニニ危険です』
幸か不幸か、暴走したロボットたちの注意が全てアラヤへと向く。アラヤは右手をフリーにすると、下敷きにした暴走ロボットの胸に突き入れ、コアを奪う。
「コアのログ解析を……!」
サイコマグネメタルは、そのコアを取り込むと、すさまじいスピードで解析処理に入った。
「5分カ!そレマでに制圧すル!」
アラヤはシールドを構えて突進すると、もともと暴走していたロボットを粉砕していく。
(こレも元々警備ロボだッタやつラだ。いっタイ何の目的でコんなことヲ?)
あらかた撃破すると、新しく暴走し始めた警備ロボへ狙いを定めた。さながらブルドーザーのごとく、アラヤが通る後には瓦礫の山が左右に積みあがる。
そうして襲われていた人々が十分に離れたのを確認したところで、コアの解析結果がバイザーに表示された。アラヤは、暴走した原因は個体プログラムに侵入したウィルスによる認識齟齬、および攻撃性リミッターの解除であることを看破する。
(感染経路がワカらないコとも、ダケどな)
アラヤは改めて野次馬たちとの距離を測り直し、大事を取って暴走したロボットたちを人々から引き離すように引き寄せた。
不愉快な電子音と共に暴走ロボットたちが一気に彼我の距離を詰め――次の瞬間、一つ残らず爆発する。
「……ずいぶンナ数だな」
光剣をあまり見せないようにすぐに収納したアラヤは、散らばる金属片を見てため息を漏らした。顔を上げ、野次馬の方にオオキたちの姿を確認したところで、アラヤは何か軽い衝撃が腕に伝わったのを感じる。
「ウん?」
なにか小さなものが地面に落ちた音がして、アラヤはそれが散らばる金属片の一種だと気づいた。
「あ……当たった!ざまあみろ!」
野次馬の先頭列の若者が、カメラに向かってピースサインを決めている。
「……何の真似ダ?」
アラヤは言いようのない不快感で体中が支配されていくのを感じた。そうして詰め寄ろうとして、今度は後頭部に軽い衝撃を感じる。
「悪魔め!消えろ!お前なんか!」
今度は助けた時に悲鳴を上げた女性だ。
「死ね!マッドサイエンティストめ!被害者たちに死んで詫びろぉ!」
そして、まるで関係のない男の声。
口々に勝手なことを言いながら、無数のつぶてがアラヤに向かって飛んだ。
(何ダ、こレは)
人々を見回し、恐怖のどこかに喜色を浮かべる表情を見て、アラヤは純粋な疑問を抱く。
(こレが、人間の本性ダとでも言いたイノか?)
飛び交う金属片は、アラヤに肉体的な痛みも、損傷も与えることはなかった。アラヤはどこか冷めた気持ちで、ピッチングマシンと化した人々を眺める。
民衆は、アラヤが無反応であることで増長し、異様な石打ちは更にヒートアップしていった。
「やめなさい!」
どこかから、拡声器越しの声が届く。
「警察です!それ以上の行為は公務執行妨害として連行いたします!」
オオキの声だ。警察という強権の単語を聞いた瞬間、嬉々としてつぶてを投げていた人々の顔から血の気が失せ、クモの子を散らすようにどこかへと去って行った。
「単語を聞き分ケル程度の知性は残っテイたか」
ぼそりとつぶやくが、どうにもアラヤはみじめさが拭えなかった。大慌てで駆けてきたオオキに、アラヤは手を振る。
「助かッタ」
「いえ、遅くなってしまってすみません」
事務的に言葉を交わす。アラヤは、オオキに先に解析していたコアのログを開示した。
「これは……?」
「サッキ暴走してイタやつらカラ抜き取った。追跡デキないか?」
オオキが目配せすると、一人の女性がデータログを受け取る。
「やってみましょう。結果がわかり次第――」
「都市拡張開発反対!ロボットによる人権侵害を許すな!」
突然、割れ鐘のような大声が響き渡った。それまで我慢していたアラヤとオオキは、同時に精神的苦痛にまみれたため息を漏らす。
「我々自然派は、科学という不確かな原理による支配を認めない!母なる星、我らの地球を人の手から解放しろ!」
「解放しろ!」
瞬く間に、真剣な表情でそう連呼する集団が取り囲む。
「今度は自然派の赤チャンたチか。ツイテないナ」
「はは……」
立場上何も言えないオオキは、ただ乾いた笑いをこぼすばかりだった。すると、集団の中から得意気な雰囲気で一人の女性が歩み出る。
「やはりドクターナナキのテロは警察の、いえ、政府の陰謀に過ぎなかったのね!」
アラヤはバイザーの下で眉をひそめた。助けた人と言い、なぜかアラヤをナナキと勘違いする人物が多い。
(パワードスーツのデザインも色も違ウノに、なぜ見間違エル?)
アラヤが冷ややかに見つめる中、オオキが業務用の笑顔を浮かべ、女性をなだめにかかった。
「とんでもない言いがかりだ。彼は、そう、彼は――」
「何だというんです?」
オオキが言いよどむ。
(ノープランか!)
アラヤは咄嗟にサイコマグネメタルに命じ、簡易的なボイスチェンジャーを用意した。アラヤの口元がマスクで覆われたのを訝し気に見つめる女性に向かって、アラヤはなるべく機械的な動きで振り向いた。
「ワタシハ、緊急機動外骨格装備型暴徒鎮圧ロボット、K・TA8型デス」
発した言葉は粗雑ながら音声加工が施され、自立型のお手伝いロボットたちのような声音になる。
「……」
件の女性は、相変わらず訝しむような――否、汚物でも見るかのような眼差しでアラヤの頭からつま先を眺めていた。だが、やがて気が済んだようで、集団の先頭に戻る。
「まあ、この場は引いて差し上げましょう。あまり騒ぎすぎても体制が悪いですし。それに、面白いものも見れましたしね……?」
オオキは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、特に何も言わず、自然派を名乗る集団を見送った。
「……まア、自業自得程度に思ッテおくヨ」
オオキが恨みがましくこちらを見てくるのを、アラヤは肩をすくめてあしらう。
「お互い利用すルンだ。必要経費ダろ」
アラヤがそう言うと、オオキは何とも言えない表情で肩を落とした。
自然派と名乗るものたちは、自然という大仰なものを掲げているものの、言い分を要約すれば自分たちの社会的地位のノーリスクによる向上を求めている集団にすぎない。そしてその矛先は常に政府関係者、特に情報統制などにも携わる警察機構に向けられている。
エネルギー開発部門という、わかりやすいところが公的に失敗の原因を作ったとされている現状、アラヤの参入はスケープゴート的な意味合いを含んでいるのだ。
(今回は緊急性や市民の生命保全に関わッタこトデ庇われタが、状況が一つ違えば容赦なく俺の正体はオオキによって明かされテイただロうな)
人のいい笑みを浮かべながら頭を掻く大男を、アラヤは改めて警戒する。
「お二人とも、お時間よろしいですか?」
先ほどアラヤが暴走ロボットのコアデータを託した警察官から連絡が入る。
「どうした。進捗は?」
オオキがさっきとは打って変わって重い口調で尋ねると、通信越しに警察官が唾をのんだ。
「それが……。まずはこちらを見ていただけますか?」
「……ナルほど。まあそうナるヨな」
警察官から送られてきたデータは、バグデータ――ウィルスをロボットたちに送信したログに残されていた座標だった。
かなりの距離で、三つの点。トライアングルを描くように配置されたそれは、今の生活に欠かせないエネルギー供給拠点、水分の精製拠点、地殻変動を抑える治地拠点の三つを指し示していた。
「どれもこれもセキュリティレベルが高すぎる場所だ……俺たちでも入れるか怪しいぞ」
オオキが小さくぼやく。アラヤにも目配せをしてきたが、アラヤも黙って首を横に振った。
「その……」
「なんだ。まだ何かあったのか」
通信越しの警察官は、明らかに言いにくそうにしている。オオキは、今度は努めて優しい口調で問い詰めた。
「重要なことでなくてもいい。今は何か考え違いが発生するほうが危険だからな」
オオキが再びアラヤをチラっと見たが、アラヤは仁王立ちの姿勢を崩さない。
「どうしたんだ?」
「ええと、先ほどから割り出したその座標で働く職員さんたちから通報が舞い込んできてまして……ロボットたちが突然暴走を始めたとか……」
沈黙が場を支配した。
「お、おそらく、カウンターを食らいました。申し訳ございません……」
消え入りそうな警察官の声が、通信越しに届く。
「……あまり気に病むな。相手はあのドクターナナキだ。こちらの行動など想定内だろう」
「……ナナキじゃナくても、こノ手のプログラムならトラップが仕込まレテいるものさ。敵の目的がはっキリしただケデも十分だよ」
「うう……。ありがとうございます……」
警察官が申し訳なさそうにしている傍ら、アラヤとオオキは静かに睨み合っていた。
だが、アラヤはすぐに手を一つ叩く。オオキは少し驚いたような顔をした。
「大義名分は向こウカら来てクれたンだ。さッサと乗り込もウ」
オオキは少し恥ずかしそうに咳払いをすると、しっかりと頷く。
「しかし、どこから行きますか?」
「エネルギー供給施設に行かざルヲ得なイダろう。そコを絶たレタら終わリだ」
「……ま、最悪を想定すればその通りですね」
オオキはそう言うとすぐに車へ乗り込んだ。窓を開け、アラヤへ警棒を一つ投げ渡す。
「オイ、コれは?」
アラヤが声を上げると、オオキが真剣な表情になった。
「あなたの武装は強力すぎますから。エネルギー供給施設であんなものを振り回さないでくださいね」
それだけ言い残すと、車はサイレンを上げて走り出す。
取り残されたアラヤはしばらく遠ざかる車と手の中のそれを見比べて呆然とし、ため息をついた。
(お目こボシしてもラエただけマシ、か)
アラヤは警棒をサイコマグネメタルに命じて収納すると、近くのビルへグラップリングアンカーを射出する。
「ナナキ……」
不意に口からこぼれ落ちた声は、悔しさとも寂しさともつかなかった。アラヤを見上げた人々が指をさして何事か叫んでいたが、もはやそんなものは雑音にすらならないほどに、アラヤはナナキのことで頭がいっぱいになる。
『君は努力ができるのにさ。変わりようがないことを妬んでるなんて、もったいないよ』
いつだか彼に言われた言葉。アラヤにとっては今まで見ていた世界そのものを破壊する革新的な意見だった。
『つまらないな。当たり前のことを悩むなら、いったん目をそらせばいいじゃないか』
アラヤが弱点だと思っていたことを長所にして見せた。
『努力する天才はタチが悪いってよく言うけど、お前も大概天才だぞ』
アラヤにないものを持っていた。アラヤにあるものを高めてくれた。
『だから俺はお前が羨ましいよ、アラヤ。いるだけで俺をやる気にさせてくれるんだから、たまったもんじゃない。少しくらい休ませろ』
ナナキは紛れもない天才だ。努力ができる、他の追随を許さない男だ。
「何があっタンだ、ナナキ……!」
だからアラヤは、ナナキが孤独ではないと信じて疑わない。必ず裏がある。それを暴かねば何も解決しないはずだ、と根拠のない直感を覚えていた。
当然、オオキや警察官たちに明かせる話ではない。あちこちから黒煙が上がり始めているエネルギー供給施設を視界に入れたアラヤは、口を真一文字に引き結んだ。