ミッシングリンク-2
「ここがナカエダの住んでた――うっ、血の臭いがひどいな」
ナナキが堪えきれずに言葉を漏らす。アラヤも同じように顔をしかめた。現場に残っていた血はコップ一杯にも満たないほど少ない量だったが、いまどきの合成食料に慣れている身からすれば、とてつもない悪臭だった。
「そっちハどうでモイい。エネルギー反応ってヤツは?」
リストバンド型のエネルギー観測機を起動し、部屋の中を軽く見渡す。すると、窓の付近から見慣れない反応が返ってきたことをアラヤは確認した。
「明ラカに照明とかのエネルギー反応じゃなイナ」
アラヤがナナキの端末に情報を共有する。ナナキはそれを確認してから頷いた。
「どこも荒らされてないしな……オオキ巡査!」
ナナキが調査のためには物に触れる必要があると気付き、オオキの名を呼ぶ。
「――オオキ巡査?」
返事はない。それどころか、先ほどまで一緒にいた鑑識課や見張りをしていた他の警官、ロボットの姿すら見当たらなかった。
「おい、どうなってんだ」
「どウシた?」
「誰もいない。いなくなった」
「エ?」
アラヤも慌てて周囲を探すが、確かに人どころか警察の調査用ドローンすら見つけることはできなかった。
「……ナナ――」
突然、閃光が走った。ついで爆発音。アラヤとナナキは吹き飛ばされ、部屋の端までごろごろと転がっていく。
『ハッケン。ハッケン。ハハハハハハッケン。ニンニニニニンゲン』
耳鳴りの中、はっきりと聞こえる耳障りな電子音。異常な音声配列だからではない。身体中が痛みを訴えていたからでもない。
その音声に、紛れもない殺意が込められていたからだ。
「アラヤ!」
良く見えない目のまま、アラヤはナナキから投げてよこされた物を咄嗟にキャッチする。どうにか椅子の背に捕まって立ち上がると、アラヤはナナキと並び立つ。
「腕に……!」
それだけでアラヤはナナキと同じように動ける。アラヤは手に持ったそれを腕に貼り付ける様にして装着した。そのまま、装着したほうの腕を持ちあげる。
「エマージェンシー……コード。C:735!」
ナナキのそんな声と同時に、ちくりと腕に刺激が走った。アラヤはそれが、採血に似た痛みだと思い至る。
朦朧としていた意識の中で、アラヤははっきりとした嫌な予感を覚える。それを裏付けるように、意識が突然光の中に引き込まれた。
(こレは――)
次々と違う景色が脳裏に浮かんでは消えていく。どれも見た覚えはないはずなのに、不思議と懐かしい気持ちにさせられる。アラヤは高速で流れていく景色の中、自分を見失わないように胸を手で鷲掴んだ。
(デジャヴュ、だ。懐かしクテ、どこか恐ロシい――)
実時間にしてほんの一瞬。遺伝子の記憶旅行から意識を浮上させたアラヤは、混乱しかけた脳をフル回転させて踏みとどまる。
「アラヤ!リンクが済んだらそいつを起動しろ!」
隣でナナキが叫んだ。アラヤは返事の代わりに、腕から三角形のサイコマグネメタルを外し、両手で構えて唱える。
「コール!」
その瞬間、金属の外枠が大きく広がり、三角形のエネルギーゲートを形成する。それが自ら迫ってくると、何の抵抗もなくアラヤの身体をすり抜ける。すると、そこに全身を覆う白銀のパワードスーツを着た男が現れ、最後に三角形に戻ったサイコマグネメタルが背中のパーツに収納される。
頭を覆ったヘルメットからバイザーが降りてくると、エネルギーや各部のシステム系についての情報が表示される。アラヤはそれが、明らかに補助系パワードスーツに比べて過剰な数値を示していることに気が付いた。
「何ダ、これ……」
ふと隣を見ると、いつだかに見た覚えのある青と黒のパワードスーツが立っていた。しかし、記憶のそれよりも攻撃的なデザインになっており、出力されているパワーも比べ物にならないほど上がっている。
「ナナキ……?」
「ああ」
アラヤがおそるおそる声をかけると、聞き馴染んだ声が返ってくる。だが、その声には今までに感じたことのないほどの怒気が含まれていた。
「やるぞ、アラヤ」
肩を叩かれ、アラヤは自分の置かれていた状況を思い出す。いつの間にか数を増やしたロボットたちは、目を赤く光らせ、ときおり気味の悪い笑い声をあげていた。
「クッ……仕方ナイ!」
アラヤは指を四本、抜き手のような形にすると、左腕を支える。人差し指から小指にかけて指先が銃口に形を変えると、それぞれの指からエネルギー弾が次々に飛び出した。
前方に広がっていた暴走ロボットたちを吹き飛ばすことには成功したものの、その後ろの壁から向こうの部屋が見えるようになってしまったことに、アラヤは愕然とする。
(エネルギーの減衰距離が、思っタヨり長い!)
舌打ちを一つしたアラヤは、近接装備に切り替える。
腰部からバシュっと勢いのいい音がすると、十五センチほどの金属の棒が宙に飛び出した。アラヤが反応するよりも早く、パワードスーツがそれを捕まえてくれる。
「エネルギーリンク、正常ダ」
その言葉と共に、純粋なエネルギー塊が棒状に発生した。炎のように余剰エネルギーをまとうその光剣は、室内という狭い空間において、圧倒的な存在感を放つ。
「オオッ!」
一薙ぎで、最高硬度を誇るロボットたちの装甲をバターのように切り裂き、余剰エネルギーで他の複数機体が大破、爆発する。
「ナナキ!波が引イた!今のうちニ脱出しヨウ!」
その声に、暴走ロボットから何かを引き抜いていたナナキが頷いた。二人は並んで玄関ドアに突進する。
ドアを突き破ると、廊下にも数機の暴走ロボットが待ち構えていた。近くにいた一体を蹴り飛ばし、壁にめり込ませて無力化すると、残りを光剣で一掃する。
しかし、その余剰エネルギーによって、誘爆があちこちで発生し始めていた。消火器や機械がけたたましい音量でアラートを鳴らし始める。
「こっちだ、アラヤ!」
そのままエレベーターに向かって駆け出そうとしたところで、アラヤは小さなうめき声を捉えた。
アラヤは慌てて周囲を見回す。すると、瓦礫にまみれ、ボロ雑巾のように打ち捨てられているが、人間の男が横たわっているのを見つけた。そして、その人物に見覚えがあることも同時に思い出す。
「オオキ巡査!」
「うっ!マジかよ、おい!」
バイザーに手を添えると、アラヤが望んだ通りに生体のスキャンが行われる。算出された数値から、辛うじて命を繋いでいることが判明した。アラヤはわずかに安心して息を吐く。
「息ハアる!」
「……わかった!俺が援護する!」
アラヤはそっと、自分よりも大柄な男を背負う。パワードスーツの補助により、重量は羽毛よりも軽く感じられた。
ベルトが伸びて男を背に固定したのを確認して、アラヤはナナキに合図を出す。ナナキは頷くと、右腕を廊下の大窓に向かって突き出した。手首が収納されるように動くと、巨大な銃口に変わる。そこからレーザーが前方に拡散すると、窓がその熱量であっという間に融解した。
二人の視線が交差する。次の瞬間には、窓からその身を躍らせていた。それと同時に爆風が軽く二人の背を撫でる。アラヤはオオキの容態が気がかりだったが、贅沢は言えない状況だった。
「グラップリングを!」
ナナキの合図で、アラヤは左腕からグラップリングのワイヤーを射出する。ビルの壁に打ち込まれたアンカーを目安に、振り子のように壁面に近づくと、全ての勢いがサイコマグネメタルによって殺され、壁に吸着した。
手のひらと両足の裏で壁を掴んでぶら下がると、アラヤはナナキの無事と、背負っているオオキの生存を確認する。
「はア。散々な目に遭ッタけど、ようヤく――」
その瞬間、突如とてつもない地鳴りがアラヤたちに襲い掛かった。一拍遅れて巨大な爆音が響くと、強風が一気に叩きつけてくる。
「なんだよ、今度は!」
顔を上げたアラヤとナナキは、その顔を絶望に染めた。彼らの真正面、エネルギー開発部門のあったところから、天を割くほどの爆炎が立ち昇っている。
バイザーによって拡大された視界には、その爆発によってできたらしいクレーターが映っていた。
「な、ニ……」
呻き声を出すのが精いっぱいだった。アラヤ、ナナキといえど、ここまで目まぐるしく変化する状況を前に、頭が思考することを放棄しかけていた。
警察車両や救急車両のサイレンがいやに響いて聞こえてくる。それでどうにか正気を取り戻した二人は、兎にも角にも下へ降りることが先決であると判断した。
「今日だけで、何人死んだんだ」
「ナナキ……」
「すまん」
暴走したロボットを前に激高していたナナキは、いつしか憔悴しきった声になっていた。アラヤはかぶりを振って、ナナキを慰める。
地面に降り立つと、殺気立った警察官の何人かが銃を突き付けて二人を取り囲む。
「何だお前たちは!顔を見せろ!」
「落ち着イテ。俺たチはエネルギー開発部門のアラヤ・ティリティアとナナキ・アリスフィア。――ほラ、データを端末に送ッタぞ」
一人がデータを確認すると、慌てた様子で敬礼する。
「し、失礼しました!しかし、その格好はいったい?」
「そンナことは今どうデモいい。重傷者が一人いるンダ。担架ヲ!」
そこまで言われてようやくアラヤの背負うオオキに気づいたらしい。血相を変えた警察官が飛んでいくと、すぐに救護班がオオキを預かり、搬送していった。
ようやく落ち着いてあたりを見渡すことができたアラヤは、改めて渋い顔をする。つい先ほどまであれほど落ち着いていた街は一変し、あらゆる場所が炎に包まれていた。
アラヤとナナキは変身を解かずに、パワードスーツの利点を活かして救助隊の手伝いに回ろうとする。しかしそのタイミングで、二人の端末に連絡が入った。アラヤとナナキは顔を見合わせると、音声通信を開く。
「『ジ・アース』エネルギー開発部門所属、ナナキ・アリスフィアです」
「同じク、アラヤ・ティリティアです」
「ああ、通じたか。ご苦労。二人とも今すぐ局長室まで来てくれたまえ」
アラヤもナナキも思わず絶句する。局長室は今いる場所からほど近い位置にあるため、移動には大して労力は割かれない。だが、それが問題だった。
「……局長。一つおうかがいしたいのですが、この惨状がその場所から見えていない、という話ではありませんよね?」
「――聞こえなかったのかね?今すぐ局長室に来い。すぐにだ!」
一方的に怒鳴り散らし、切れてしまった通信に、ただ二人は呆然とするばかりだった。
「猛烈にいヤな予感がスる」
「……」
アラヤからはナナキの表情はフルフェイスのヘルメットによって見ることはできない。だが、おそらくはアラヤ自身と同じ表情をしているのだろう、と彼は思った。
「……どウする?」
「……行くしかないさ。クビはごめんだ」
言うが早いか、ナナキはグラップリングを使ってビル群を抜けて行ってしまう。アラヤは少しだけ瓦礫と炎を振り返るが、かぶりを振るとナナキの後を追っていった。
(多少保身的とハイえ、局長は賢い人ダ。きット、悪いヨうにはならない……はズだ)
口に広がる鉄と苦い味を疎ましく思いながら、アラヤはビル群を飛び越えていく。眼下に広がる悲鳴と地獄は、それでもまだましな方だ。
もう一度だけ、アラヤはクレーターに目を向ける。いまだにそびえたつ炎の柱は、地獄の釜の蓋が開いたかのようだ。あの場にいた者たちの生存は絶望的だろう。
(なんデ、こんナコとになってシマったのダろう)
いつの間にか頬を伝い始めていた雫は、地面に到達する前に炎になぶられて消える。