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009 姫が犬になるのってお約束じゃん?

「風の動きが読める……! 視界の外の動きまで伝わってくるし、わずかな動きの予兆さえ見逃さない……! これはすごい……! たしかにすごいが……!」


 ミカが叫ぶ。


「説明もなしに人の感覚を鋭敏にするな!」

「説明してる暇なかったろ!」


 ミカの声に私はそう答えた。


「いいから早くそいつを斬れ! 感度が高まるってことはその分、刺激が蓄積していくってことだ! そのうち空気の動きにすら耐えられなくなるぞ!」

「――まるで呪いだな!」


 ミカは舌打ちをしつつ跳ね、剣を振るう。

 その刃は真っ直ぐとワームの逃げる方へと向かっていった。


「受けろ! 審判の門(ヘヴンズソード)!」


 一閃。

 ミカの剣が、ワームの頭から尻尾の先まで両断する。

 真ん中から斬り裂かれたワームの断面から、赤い宝玉が姿を見せた。


「ビンゴ! ダンジョンコアだ!」


 私は指を鳴らす。

 同時にミカが膝を着いた。


「くっ……! 全身が……くすぐったい……」

「うーん。短期戦ならいいが、長期戦だと使い物にならなそうだなぁ……」


 私はそう言いながら、ワームの死体へと近付く。

 そして転がっていた目玉サイズのダンジョンコアを拾った。


「こりゃ結構な値段がつきそうな大きさだ」

「……おい、ルル。いいからこの魔法を解いてくれ」


 苦しそうに倒れたミカがそうつぶやく。

 私はミカに近付き、その背中を人差し指でなぞった。


「ひゃんっ!?」

「すまん。それ、あと数分ぐらい続くから」

「お……まえ……」


 ミカがバタリと倒れる。


「ぜったい……ころす……」

「あはは、ごめんて。次までにきっと改良しとくよ。わざとじゃないんだ許してくれ」


 笑う私の後ろで、王女が手を叩いた。


「……すごいです、お二人とも!」


 目を輝かせる彼女の方を向いて、私は胸を張る。


「ふふふー、そうだろうそうだろう。もっと感謝してもらってもいいぞー」

「さすがですルルさんミカさん! 二人とも凄腕のダンジョンマスターですね!」


 キャッキャと喜ぶ王女の前で、私はダンジョンコアを手のひらに乗せた。


「そしてこれをこうする」


 そのダンジョンコアを地面に叩き付ける。

 そうして赤い球は砕け散った。

 同時に、その周囲に青白い魔力の残滓(ざんし)が広がる。


「えー!? 何してるんですか!?」


 王女が声をあげる。

 私は笑って言葉を返す。


「これでいいんだ。赤い状態のダンジョンコアは活性状態で、周囲に様々な悪影響を及ぼすからな。さっきのオークみたく、銀髪になりたいってなら話は別だが」


 多少触れていたところで影響があるわけではないが、それが数週間数ヶ月となってくれば話は変わってくるだろう。

 私は赤い外殻の残骸の中に転がる、青い球を拾い上げた。


「こいつがダンジョンコアを壊して得られる魔石だ。こいつは岩に叩き付けたぐらいじゃ、傷一つ付きやしない。魔力の触媒となり、マジックアイテムの製作なんかに使われる」


 私はそう言って、それを王女に差し出した。


「じゃあ約束通りこれは王女様に渡すよ。こいつを持ち帰ればダンジョンを攻略した証拠になるはずだ」

「わぁ……! ありがとうございます! でも本当にいいんですか?」

「ああ、その代わり……そうだな、約束というか、『契約』して欲しいんだよ」

「契約?」


 私は王女の言葉に頷く。


「なに、大したことじゃないんだけどな。このサイズの魔石はギルドで買い取ってもらえば、金貨30枚ほどで買い取ってくれる。これは魔石採掘の報酬としては妥当な物だろう」


 私は慎重に説明をする。

 重要なのは――嘘をつかないことだ。


「金貨30枚と言えば、しばらく働かないで遊んで暮らせるぐらいの金額だ。まあ私たちは三人パーティだから、王女様が独占すると言うなら金貨20枚を私たちに支払う必要があるってわけだ。これはギルドでも一般的で公正な分配方式とされている」

「そ、そうですね……。すみません、でもあいにくと持ち合わせが……」

「いやあいいんだいいんだ! 気にしないでくれ!」


 あのナイフとかは値打ちがありそうだから、物で支払うなんて言われても困るところだった。

 ――そう、私が欲しいのは金でも物でもない。


「とはいえ私たちも慈善事業で冒険者やってるわけじゃない。ただで王女様にプレゼントするわけにもいかないんだ。……というわけで」


 私はポケットに入っているマジックスクロールを触る。

 これはさきほど、私の血を滲ませて魔術を仕込んだヤツだ。


「だからちょっとした『契約』をしておこうと思ってな。『王女様が私たちに借金を返すまで、私たちのお願いを聞いてくれる』って契約だ。なに、べつに受け取り拒否をして不当に強請(ゆす)ろうだとか、そんなことはしない。あくまでも公平な取引の約束をして欲しい……ということさ」

「……ほうほう」


 王女は頷きながら、私の瞳をじっと見つめる。

 ……やばい、バレたか?

 私は内心冷や汗をかきながらも、その笑顔を崩さないように顔の筋肉に力を入れた。


「……わかりました! もちろん王族として、責任は持ちます! その契約、取り交わしましょう!」


 ――かかった(フィッシュ)

 王女が魔石を受け取った瞬間、私は一瞬でスクロールを取り出し、そこに書かれた文字に指を這わせる。


「『契約締結(コントラクト)』――!」

「え?」


 魔術が発動する。


 ――これは、交わした契約を強制する呪いだ。

 発動の条件として、それが嘘ではない公正な契約である必要がある。

 もちろんたとえお互いが合意の上であろうとも、対価の釣り合いが取れていなければ契約は成立しない。

 本来であればとても騙し討ちに使えるような魔術ではない――のだが。


 今回、王女は強い意志と責任感を持って行動している。

 そうでなければ命を賭けてまでダンジョンに潜入するなどありえないことだ。

 つまりこのダンジョンコアの魔石は……王女にとって『命に匹敵するほど価値のある存在』!

 すなわち、王女はその命を取引の天秤に乗せたに等しい!


「王女マリン!」

「は、はい?」

「『犬になれ』!」

「え……」


 私は手を差し出す。


「『お手』!」


 王女はその手を見つめる。

 そして――。


「――わん!」


 彼女は蟹股(がにまた)でその場にしゃがむと、その右手を私の手に乗せた。


「……よっしゃあ!」


 私は思わずガッツポーズを取る。

 この契約は王女が私に魔石の代金を払うまで有効だ。

 実際に代金を用意されれば、契約は解除される公平なものではある。

 だが逆に言えば、それまでは王女は私の思うがまま!

 犬の真似はもちろん、土下座だってさせられるし、もっとすごいことだって――!


「はははははは! 大成功――」

「――何が成功したんだ?」

「……ひゅ」


 思わず息をするのを忘れてしまう。

 私の後ろには、感度3000倍状態からなんとか回復して怖い顔をしたミカが立っていた。


「え……いや、あの……その……」

「王女に何をした? ん?」

「いえ……これはですね……」


 私の後ろでは「わん!」と王女が鳴いていた。

 こ、こら……今は静かにしてろ! このバカ犬……!

 ミカは私を睨みながら、ドスの効いた低音を発する。


「王女に何か言うことは?」

「……えっと……そのぉ……」

「何か言うことは?」

「……『マリンさん、楽にしてください』……」


 私がそう言うと、王女はぺたりと座り込んだ。

 彼女は自分の手のひらを握ったり開いたりしながら、感心したような声を漏らす。


「……うわー、すごい。魔術ってこんなこともできるんですね」


 当然だが、王女には命令を聞いていたときの記憶は残っている。

 ……つい絶好のチャンス過ぎて後先考えずやってしまったわけだが、失敗したときのことは考えていなかったな?


 ふふ……。もしかしてこれ、私処刑されるんじゃ……?

 だらだらと汗を流す私の頭を、ミカがわしづかみにした。


「この……バカー!」


 ミカが勢いよく私の頭を地面に叩き付ける。

 頭の先が王女の方を向いていた。


「王女様、すみませんでした。連れが無礼を」


 見れば隣ではミカもまた同じ体勢となっていた。

 こ、これは私も謝らないといけないヤツか!?

 とりあえず謝っておくか!


「……すいませんっしたー! つい出来心だったんですー!」


 しばらく私たちがそうして頭を下げると、王女の口から笑い声が漏れ出た。


「……ふ、ふふ、ふふふふ。油断ならないですね。とても勉強になりました。ありがとうございます。頭を上げてください、お二人とも」


 その言葉に、私とミカは顔を上げる。

 王女は心底おかしそうに笑っていた。


「報酬は帰ってからお支払いします。ダンジョン攻略のエキスパートに、敬意を」


 彼女は存在しないスカートの裾を持ち上げるようにしてお辞儀をし、いたずらっぽく笑った。


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