008 豚のお肉には火を通せ
「……さてこいつを倒せば冒険は終わりだ。ダンジョンコアを破壊するときに溢れる魔力を使ってワープゲートを作ってやるから、安心して全力を出し切ってくれ」
「そんなこともできるのか……」
「私を誰だと思ってるんだ? 元大賢者だぞ」
私の言葉を受けて、ミカは前に出る。
私はその背中に声をかけた。
「オークぐらい任せていいんだろ」
「ああ、もちろんだ」
剣を抜くと、さっそくミカは巨大なオークに向かって飛びかかった。
「『審判の門』……!」
その剣に魔力が宿り、銀色のオークへと襲いかかる。
オークはデカいとはいえ、ここは狭いダンジョン。
その巨体のメリットが存分に生かせるほどには広くない。
「ぶもお゛お゛おー!!」
腹を切られたオークが、怒りのまま巨大な棍棒を振り下ろす。
しかしそれは途中で止まった。
「残念だが」
ミカは素手でそれを支えていた。
「頑丈さなら、こっちの方が上だ」
空いている方の手で剣を振るい、オークの腹に二撃目の斬撃。
深々と刺さったその刃は、ぱっくりとオークの体を二分するように斬り裂いた。
オークが血を噴き出しつつ、その動きを止める。
「あっけないな」
ミカがため息をつく。
……うーん、強い。
前世で私と戦ったときよりだいぶ強くなってないか? コイツ。
おそらくAランク冒険者なみの実力があるのでは……。
ミカがこちらを振り向いた。
「ダンジョンコアを探そう。手伝って――」
「――後ろ!」
私の声を聞いて、ミカはとっさにその場を飛んだ。
「――火弾ッ!」
私はミカのいた場所へと初級魔法の火の玉を放つ。
ミカを狙っていたそれはその場から飛び退き、代わりに魔法の火はオークの肉へと燃え移った。
「豚の脂だからよく燃えるな」
「い、いったい何が……!?」
戦いを見ていた王女が声をあげる。
私は笑って、洞窟の床に這いずるそれに視線を向けた。
「豚肉はきちんと火を通して食えって教わらなかったか? ……寄生虫がいるんだよ」
そこにいたのは、人の腕ほどの大きさをしたピンク色のワームだった。
まるで腸をそのまま切り取ったかのような姿で、細長いその体の先端にはいくつかの細かい触手が生えている。
豚に寄生していた一匹の虫。
おそらくはアレが、オークを操るこのダンジョンのボスモンスターだ。
あれがオークの体の断面に蠢いている姿が見えたので、私はミカへと声をかけたのだった。
「たぶんあいつ、ダンジョンコアを呑み込んでるな」
「最悪だな。……あの形状は見ていて吐き気がする」
私の言葉にミカはため息をつく。
どうやらあのワームの姿が気に入らないようだ。
……前世でミカを迎え撃ったときに似たような形の触手を使って何度か襲いかかった気がするが、きっとそれとこれとは何も関係ないはずだ。たぶん。
私が内心、前世の記憶を封印する作業をしていると、突然そのワームが飛び跳ねた。
「――速い!」
ミカを狙ったそのワームが、その脇をすり抜ける。
しかし地面に着くと同時に反転、ミカが反応する間もなく突進した。
「ぐっ――!?」
ミカの腕がワームの触手に触れ、血が吹き出る。
どうやら一瞬で肉がえぐり取られたようだった。
「おい大丈夫かー」
「話しかけるな!」
すでにミカの傷はその能力によって再生しかけている。
だがワームの攻撃は休むことなく、すでにミカに向かって跳びかかっていた。
休みなくワームが高速で動き周り、ミカの体のあちこちを削っていく。
……こりゃ分が悪そうだ。
ミカが再生するスピードは、ワームの攻撃によるダメージに追いついていない。
このままだとそのうちワームに体を食い破られて、オークのようにミカが乗っ取られてしまうかもしれない。
そうなったら私と王女はめでたくそのご飯になることだろう。
「……おいミカ。私に任せろ。考えがある」
「でも……!」
ワームに対峙しながらも、ミカは迷う様子を見せる。
私は声を張り上げた。
「このままじゃ王女もどうなるかわからない! それでもいいのか!?」
「くっ……!」
ミカは一瞬こちらを見た後で、観念したように口を開く。
「……わかった、何をするつもりか知らないが、頼んだ!」
「よしきた!」
私は杖を取り出す。
「一瞬だけお前の能力を解除してくれ! その瞬間に、お前に全力の強化魔法を叩き込む!」
「わかった! 合図をくれ!」
ワームの攻撃を防ぎながら言ったミカに向かって、私は呪文を唱える。
「其が司るは深淵なる混沌。其が戯れるは豊穣の理。快楽に悟る幻の果てに、一切超越せし夢想を見よ――!」
ターゲットであるミカに杖の先端を向けて、私は声を挙げた。
「……今だ!」
「――来いっ!」
今攻撃をまともに食らえばミカは死ぬ。
その前に、私は強化魔法を発動する。
「魂よ走れ! 『覚醒神経気孔』!」
「これは――!?」
魔力に刺激されたミカの動きが目に見えて変わる。
ミカが剣を振るうと、その刃が初めて襲い来るワームの攻撃を弾いた。
「体が軽い――!? いや違うこれは……神経が研ぎ澄まされて――疾い!」
「どうやらお気に召してくれたようだな」
私はミカの様子を観察しながらニヤリと笑う。
「それが私が開発した補助魔法『覚醒神経気孔』、またの名を――」
胸を張ってその名を言った。
「――『感度3000倍』だ」