006 この世の中は不公平過ぎる
「た、食べないで……!」
「食べちゃうぞー。がおー」
「こら、からかうな」
コツンと頭を叩かれて、私はその子から引き剥がされた。
ポニーテールにスカウトのような軽装、ついでにおっぱい。
おそらくこれが依頼のあった、ダンジョンから救出すべきターゲットだろう。
見たところ駆け出し冒険者のような服装ではあるが、ここまでモンスターの目を欺いて潜入したとなると見かけによらず手練れなのかもしれない。
私がそんなことを考えていると、ミカが目を細めてじっと彼女の姿を見つめた。
「……どこかで見た顔のような」
「え!? そ、そうですか? 気のせい……じゃないですかねぇ……」
少女は視線を逸らして口笛を吹き出した。
これはもしや……。
「……ナンパか!」
「違う、阿呆。黙ってろ」
怒られた……。
仕方ないので黙って彼女の姿を観察する。
するとその腰元に差したナイフの柄に、見覚えのある図柄を見付けた。
「ん? そのナイフ、王家の紋章?」
彼女は私の言葉にびくんと体を跳ねさせ、慌ててそのナイフを手で覆った。
そんなナイフを持っているということは、大きな功績を立てて下賜されたか、もしくは――。
ミカがポンと手を叩く。
「そうか! その栗色の髪に泣きぼくろ……第六王女、マリン様……!」
ミカの言葉に、彼女の顔色がサッと青ざめる。
「ひぃっ! バレたぁ……もうお終いだぁ……。わたしこれからとっても口には出せないような事されちゃって、とんでもない芸を仕込まれた挙げ句、そのままいかがわしいお店に売られちゃうんだぁ……」
どうやら正解らしい。
……というか。
私はミカに視線を送る。
「お前、王女様の顔なんて覚えてんのか? 王室マニア?」
「違う。数年前に何かのパーティで見たことがあったんだ。父上に連れて行ってもらった」
「え? 何? お前王女様の出席するパーティとか行くの? なんで?」
問い詰める私に、ミカは気まずそうに目を逸らす。
「……父上が爵位を持ってるんだ」
「はーーー!? お前貴族の生まれかよ! ずっる! ずーるーいー! 私なんて親もいない上に生まれたときから奴隷扱い、ついこの間ようやく死に物狂いで逃げて来たってのに!」
「前世のバチが当たったんだな」
「……っざけんなー! ずるいずるいずるい! なんでお前だけいい目見てんだよー!」
「言っても貧乏貴族だ。このままではボクの代を待たずして終わる。そんなに羨む物でもないよ」
幼少期のハードモードを楽々乗り切れるだけでも羨ましいんですけど!?
私は一歩間違えれば普通に死んでたからな!
そんな不満全開の私を物理的に押しのけ、ミカはマリン王女へと語りかける。
「ご安心ください。こっちの小さいのは信用してはいけませんが、ボクは信頼していただいて大丈夫です。サフラン家の者です」
ゆっくりと語りかけるミカに、王女は少しばかり平静を取り戻す。
「ほ、本当ですか……? 大勢の前で尊厳を踏みにじられるような芸をさせられたり、自由を奪われて無理矢理痛い目に合わせられたりしないんですか……?」
「しません。我々は依頼により王女を助けに来た冒険者ですから」
ミカの説明に、ようやく王女はホッとした安堵の笑みを浮かべる。
「よかった……。もう二度と公衆の面前に姿を見せられないような体にされちゃうかと思った……」
「なぜそんなに知識が偏っているのかは疑問ですが、ともあれ姫様はどうしてこんなダンジョンの奥地に?」
ミカがもっともな疑問を口にすると、王女は頷いてそれに答えた。
「……詳しくは話せませんが、今わたしの王宮での立場は微妙なものでして。このまま時が過ぎれば、わたしは権力の座から追い落とされてしまうことでしょう。わたし自身はそれでもいいのですが、それはわたしを立ててくれた周りの者の凋落を意味します」
王女の説明に私が「なんのこっちゃ」という顔をしていると、ミカはその説明を理解したのか頷いた。
それに王女が言葉を続ける。
「王家では代々、個々の力を重んじます。よってまだ時間の残されているうちに、自身の力を示す必要があるのです。それがこのダンジョンを攻略しに来た理由です」
「……なるほど。しかし危険です。ここは一旦帰還した方が良いのでは……」
ミカが何やら話を進め出したので、私は彼の首根っこを捕まえて引っ張る。
彼は不満げに口を開いた。
「な、なんだ突然。ボクは今王女と話しているんだが……」
「いや勝手に話を進めるな。ちゃんと私にわかるように説明しろ」
私の言葉にミカはため息をつく。
「……ボクの推測も含むが、王女の様子からするとおそらく現王が引退を考えているのだと思う。もしかしたら体調が悪く、崩御寸前なのかもしれないけどね」
「へ? 『王様が死ぬかも』ってこと?」
「そうだ。彼女の微妙な立場とは、それに起因するのだろう。彼女は生まれが市井の子だ。政治的な後ろ盾がない為、宮廷内に味方が多いとも思えない」
「妾の子だから、国王が死んだら王宮を追い出されるかも――ってことか」
「ああ。だが王宮内では、ダンジョン攻略に一定の評価が下される」
声を潜めつつ、ミカは話を続けた。
「理由は『スキル』だ。知っての通り、スキルは先天的なものもあれば、後天的に身につくものもある。ボクの『審判の門』も、何度もお前の禁呪に触れることで覚醒した特攻スキルだ」
「つまり私のおかげって事だな!」
「殺すぞ」
「すいません……」
情緒不安定かよ。
謝る私を無視しながら、ミカの説明は続く。
「つまり何度もダンジョン攻略をしている者ほど、王家にとって役に立つ……という因習が残っているということだ。だから王女はダンジョン攻略をして、箔を付けようとしているんだろう」
「ふーん。じゃあわざわざ王女様が一人でダンジョン攻略してるのは、『一人でもダンジョン攻略できる凄い王女なんだぞ!』ってアピールする為ってことか」
「そういうことだな」
ミカの言葉に私は頭の中でパズルを組み立てる。
そしてミカに見えないよう、うつむきながら笑った。
……い~いこと、思いついちゃった……!
私はミカの耳元へ囁く。
「――おいおいなんだよ、それなら好都合じゃんか」
「……何がだ?」
「恩を売るチャンス、ってことだよ」
私は口の端を吊り上げて笑う。
「いいか? ここは私たちでダンジョンを攻略して、その成果を王女一人のもの……ってことにするんだ。私たちは最初からここにいなかった、もしくは来たときには全てが終わっていた。そうしたらどうなる? 王女に対してドデカい恩義を売ることができる」
「それは……たしかにそうだろうが」
「王女は幸せ、代わりに私たちは何かあったときに王女にお願いを聞いてもらう……。な? 悪くない話じゃないか。誰も不幸にならないぜ?」
「だが王女が一人だったと嘘をつくのは……」
「おいおい、未通女じゃあるまいし……いや前世では処女だったか? それはさておき、育ててもらった恩を返したいとか思わないのか? お前んち、没落秒読みの貴族なんだろ?」
「う……それは……」
「ここで王女に貸しを作っておくのは悪くない。それに私たちならダンジョン攻略ぐらい簡単にこなせる。そうだろ?」
「たしかに……そうだが……」
――よし、堕ちた!
私はミカを放して、王女へと向き直る。
「やあやあ王女様、お待たせいたしました! 少し相談したのですが、どうか我々に王女様のお手伝いをさせていただければと思いまして!」
「ええ!? いいんですか!?」
「はいもちろんですとも! 我々はただの影。いなかったことにしますので、攻略の手柄は全て王女様がお一人で持ち帰りください!」
「そんな……でもそれじゃあ悪いような……」
「いえいえ、名声は王女様に。代わりに私たちは実利をいただきますので」
「なるほど……! それでいいなら是非お願いしたいです!」
「ええ、お任せを! 私は魔導師ルル、こちらは剣士ミカ。どうぞこれからも、よろしくお願いしまぁす……」
私は深々とお辞儀をしながら、笑みを浮かべる。
――よし、第一段階準備完了。
次は魔術で準備しておくものがあるな。
……くく。
王女には悪いが、一人でダンジョンに来たのが運の尽きだ。
崇高なる目的のため……私の犬になってもらうぜ!
そんな考えを誰にも悟られないようにしながら、私は二人に休憩を申し入れるのだった。