004 追放者の末路
剣士ミカと魔導師ルルに置いていかれた、斥候サリヤと回復術士アプリカ。
彼女たち二人はダンジョンの奥で、途方にくれていた。
「どうしてこんなことに……」
ダンジョンの中を歩きつつ、アプリカがそうつぶやく。
それにサリヤはため息混じりに言い返した。
「もう何度目? いい加減にしてよ……」
「……そもそもあなたが言い出したことじゃないですか。『ついでに保険をかければお金も手に入る』って」
「あんただって納得したでしょ? それにあのガキをパーティに入れたのはあんたじゃない」
「それは……あんな貧相な田舎娘がいればミカ様だって私の魅力に気付いてくれると思って」
「はっ、ライバルを増やしただけだったってことね。まさかミカがロリコンだったなんて」
「べ、べつに彼はそういう目であの子を見ていたわけではないと思いますけど。ただ少し優し過ぎるだけで……」
「頭の中で花畑でも耕してんの? 男に夢見過ぎでしょ」
「そ、そんなこと……!」
アプリカが顔を赤くしてサリヤに掴みかかろうとする。
だが先にサリヤが動いた。
「――あぶない!」
サリヤの投げナイフがアプリカを襲おうとしていたオークの顔に突き刺さる。
同時にアプリカがそれに気付き、その身を跳ねさせた。
サリヤが声をあげる。
「ダメ! あたしじゃ相手にできない! さっさと逃げるよ!」
「は、はい!」
そう言って二人はダンジョンの通路を駆け出す。
「チッ……! 追ってくる……! あんなデクノボー、ミカがいたらなんでもないのに……」
「……せめてあの子がいてくれたら、鈍化の魔術や転倒の魔術をかけて逃げられたんですけど……」
「そうね。あんたヒールしかできないもんね。あんたよりならあのガキがいてくれた方が良かったわ」
「なんですって!? あなただって大した戦闘力もないくせに……!」
所詮二人はDランクの駆け出しパーティのメンバーだ。
このランク帯の冒険者なら、それぞれができることなどはたかが知れている。
「……止まって! オークが待ち伏せしてる!」
アプリカが叫ぶ。
声と同時に、二体のオークが洞窟の影が姿を見せた。
「クソ……! どうする……!」
サリヤが腰に差した投げナイフを手にする。
同時にアプリカがつぶやいた。
「なら……こうしましょう」
同時にサリヤの背中が押される。
想定しない力に後押しされて、彼女は前のめりに倒れ込んだ。
「いった……! 何す――!」
彼女が振り向いたときにはもう、アプリカの姿はその場から遠のいていた。
「囮ですよ! 分かれた方が、生存率は上がりますから!」
「あんたふざっけんじゃな――」
サリヤはそう言いかけて、その後ろに立つオークの姿に気付く。
「あっ、やば……」
そう呟いた時にはもう遅い。
彼女の右腕に、オークの持つ棍棒が振り下ろされた。
「あああああっ――!?」
悲鳴が辺りに響く。
利き腕の骨を折られた彼女は痛みに倒れる。
しかしその場に寝ているわけにもいかず、這うようにして逃げだそうとした。
だが後ろから手が伸びて、その頭をわしづかみにされる。
「……やだっ! 放してっ! 誰かっ……誰か助けてっ!」
彼女は力を込めるが、オークの腕力相手ではびくともしない。
そもそも右腕は力を失っており、抵抗のしようがなかった。
「やだ、やだやだやだやだ……やだあぁぁ!」
ダンジョンの中、翼をもがれた鳥のような鳴き声が響き渡った。
* * *
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
アプリカはロングスカートをなびかせて、一人出口へと向かって走っていた。
迷宮で斥候を犠牲にするなど普通なら悪手ではあるが、ここはすでに一度通った道だ。
出口も近く、一本道に近い。
さきほどのオークの群れを越えれば問題なく帰れるはずだった。
アプリカはいち早く帰らなくてはいけない。
ミカに先に帰られて裏切りの噂を広められては、他のパーティに入ることができなくなる。
全ての責任をサリヤに被ってもらい、彼女は巻き込まれた被害者のフリをするつもりだった。
「私は……私は何も悪いことしてない……!」
彼女は自分に言い聞かせるようにそう言った。
全部他人のせい、他人が悪い、私は悪くない――。
それが彼女の生き方だった。
「――あぐっ!?」
薄暗い洞窟の中、足元の石に蹴躓いてアプリカは倒れ込む。
膝に血が滲んだ。
涙を滲ませつつも、壁によりかかりながら立ち上がる。
(こんなところで死にたくない……!)
そう思ったところで、体重をかけていた壁が崩れた。
「――きゃ!?」
その先は坂になっており、姿勢を崩した彼女は転がっていく。
「痛い……! なんなんですか、これ……!」
数メートル転がり落ちた先は完全な暗闇だった。
「隠し通路……?」
彼女は不思議に思いながら、来た道を探そうと手探りで辺りを調べる。
「なにこれ……」
彼女の手には柔らかな感触。
その正体に気付いたとき、すでに彼女の運命は決まっていた。
「ひっ……!?」
さわっていた柔らかな軟体が彼女の体に巻き付いていく。
何本ものぬらぬらとした生温かい感触が、彼女を捕らえた。
「触手……!?」
彼女を捕食すべく、その触手は腿へ、腹へと這い回っていく。
「これ……罠……!」
サリヤがいればこんな罠、事前に発見して解除しただろう。
ミカがいれば罠にかかったところで力尽くで救出していただろう。
ルルがいれば魔法の灯りで足元を照らし、そもそも転ぶことすらなかっただろう。
しかし彼女は――たった一人だった。
「いやっ! 誰か、助けっ――」
言いかけた彼女の口に、狭い空間を好む触手が入り込む。
「んぐっ……んんっー!?」
くぐもった声が暗闇の中に沈んでいく。
そうしてその声は表に出ることなく、闇の底へと引きずり込まれていった。




