003 こいつと二人きりとか気まずいんだけど
私は剣士ミカの肩に担がれつつ、ダンジョンの中を進んでいた。
二人の間に会話はない。
……き、気まずい~!
これまで一言も会話したことがないのだから、当然だ。
いったい何を話したらいいのかわからない。
私がそんなことを思っていると、唐突に彼が口を開く。
「……今回の任務はダンジョンに迷い込んだ要人の救出だ。それはこなす」
業務連絡だった。
今回ギルドから依頼されたのは、ダンジョンに入った要人を連れ戻すという内容だった。
相手の素性は伝えられていないが、若い女性らしい。
迅速に彼女を救出しないといけないということで、ちょうど暇だった私たちが第一陣として派遣されたのだった。
さきほど別れた黒翼のサリヤ曰く、その痕跡はダンジョンの奥へと続いている。
どうやらスカウト技能に長けた人物らしく、モンスターを巧みに避けて先へと進んでいるようだった。
しかしパーティのスカウト役がいなくなっては、詳細の探索までは難しいかもしれない。
そう思って私は彼に尋ねた。
「……あの二人と別れない方が良かったんじゃ」
私の不安げな声に、ミカはため息をついた。
「彼女たちは冒険者として最低の所業をしてしまった。ボクには彼女達を信用することはできない」
彼は少しだけ残念そうにそう言った。
きっと更生することを期待していたんだろうな。
ミカは付け加えるように口を開く。
「……それに何かあればボク一人でも対処できるが、彼女たちに邪魔される可能性を考える方が面倒だ」
「それを言うなら私も邪魔じゃないか……?」
「……お前にはいてもらわなくてはいけない理由がある」
彼は短くそう言った。
……理由?
――はっ!? ピンときた!
そっかぁ……。そうだよな。
私は美少女なんだ。
体はまあちょっと凹凸は少ないが、男ならそんな感情を抱いたところで仕方ない。
「もしかしてお前……私のこと、好きなのか……?」
彼はその言葉を聞いて、瞬時に私を地面へと放り投げた。
「ぎゃあっ!?」
衝撃に声をあげつつ、私は涙目で起き上がる。
「何すんだてめー!」
「……本気で言ってるのか」
ミカはいつもの冷たい目でこちらを見下ろす。
な、なんなんだよコイツ……わけわかんねーよ……。
彼は見下ろしながら、静かにその名を口にした。
「――ルルイエ・ディーパ。その邪悪な禁呪の魔力、別人とは言わせないぞ」
「へ……?」
私は思わず固まってしまう。
その名前は、私の前世の名前だ。
だが私はこの少女の肉体となってからは、ずっと「ルル」で通している。
パーティメンバーにも本名はバラしていない。
たしかに前世では私は賢者と呼ばれるほど有名だったし、殺されたときも大軍が動くほどだった。
名前が知られてもおかしくはないと言える。
だがそれは百年前のことだ。
ミカの年齢はせいぜい十七、八ぐらいだ。
エルフやドワーフといった長命種の血が入っているとも思えない。
それでも私の魔力を知っているということは……まさか、こいつも転生者か……!?
ミカはその顔に皮肉げな笑みを浮かべた。
「偽名も安直だな。……まあボクも人のことは言えないが。ボクの場合はこちらの名前も似ていただけなので、運命というやつなのかもしれないな」
「お前いったい……!?」
動揺する私を見つめながら、彼は名乗る。
「ボクの前世の名はミカエル。ミカエル・クレスト。……前世でお前を殺した者だ」
私を殺した相手……!?
そんな……じゃあこいつは……!
「まさか、あのときのおっぱい女勇者!?」
「誰がおっぱい女勇者だ!」
私の言葉にミカは全力で叫んだ。
「お前さぁ……! お前がボクのこと毎回おっぱいおっぱい呼ぶから、味方からも影ではおっぱい勇者って言われることになったんだぞ!? 年頃の女の子がそんなあだ名を付けられる辛さ、お前わかってるのか……!?」
「だってあのときはデカかったじゃん! あのおっぱいで勇者は無理があるだろ!」
そうだ、完全に思い出した。
前世で私を執拗に追いかけてきて、最後には追い詰めるにまで至った女勇者!
たしかにミカエルとか名乗ってた気がする!
この男、あの女の転生体かーーー!
「……久しぶりじゃ~ん!」
「なに旧友にあったときのように挨拶してんだ! ボクとお前は仇敵だろうが!」
そう言ったミカに私は首を傾げる。
「でも今は敵じゃないじゃん? 前世の因縁を持ち込むなんてどうかしてる」
「いきなり正論を言うな」
ミカはそう言うと、ため息をついた。
「……その様子だと、本当に気付いてなかったのか」
「当たり前だろ。そもそも男なんて眼中にない」
ミカは私の言葉に頭を抱える。
「ずっと警戒してたボクがバカみたいじゃないか……」
「やーいバーカバーカ」
「子供か……」
呆れるミカに、私は尋ね返す。
「……っていうか、それなら尚更だろ。なんで私を庇ったんだ? 私のこと恨んでたんじゃないのか?」
私は腕を組んで言葉を続ける。
「それにこうして連れてきたのも意味がわからない。あいつらを見放したとしても、私も一緒に置いてくれば一石二鳥だったじゃないか」
「それは――」
ミカが言いかけて、剣を抜いた。
そして地面を蹴る。
その剣は私に向かい――。
「この為だ」
ミカは私の横を抜けて、その後ろへと斬りかかった。
「……ぐもお゛お゛おぉー!」
そこにいたのはオークだ。
魔物の肌を斬り裂いたミカの剣に、光の魔力が煌めく。
「――審判の門。ボクの持つ、対異界用スキルだ。ダンジョン由来の邪悪な力を吸収し、自身の身体能力や魔力を飛躍的に上昇させる」
その剣を受けて、オークが倒れる。
……そうだ。
前世で私が討伐されたときも、この力に敗れたんだ。
「――だが」
ミカはこちらを向いて、さきほどボウガンに射貫かれた肩を見せた。
「それはあくまでも禁呪の力の自動反応に過ぎない。邪悪な力の発生源は、味方でもいいんだ」
彼の肩にはすでに傷一つ残っていない。
あのとき、ミカが私を庇った理由。
それは、私が持つ禁呪の力を吸収する為……!
「……え? じゃあ私、いつもお前に力吸い取られてたの?」
「そうだ」
……それかー!
私がダンジョンで上手く魔術が使えなかった理由がこんなところに……!
思い返してみると、使ってる所を見られて通報されないよう、禁呪は街の外でしか試してなかったんだ。
そしてそのとき、必ずその近くにコイツがいた!
「私が禁呪を上手く扱えなかった理由は……お前のせい……!?」
「すまない。黙っていた点については謝る。それによって不当な扱いを受けたのも、ボクのせいと言っていいだろう」
「お前ぇ……」
「……だがこちらにも言い分はある。前世あれだけ酷い目に合わされたのにお前を信用としろという方が無理があるだろ。それに前世で自分が殺した相手がパーティに入って来たら、誰だって復讐しに来たと思うに決まってる」
それは、一理あるかもしれない……。
私だって同じ立場なら、似たようなことをしたかもしれない。
「だからお前には無力でいてもらった方が、都合が良かったんだ」
ミカの言葉に私は腕を組む。
まさかこいつが私のダンジョン魔術をこっそりと封じていたなんて……。
「……ま、いっか! 教えてくれてありがと!」
私の言葉に、彼はまたも呆れたような表情を浮かべた。
「……随分とあっさり許すんだな。ボクはお前の前世での仇だぞ」
「でもさっき守ってくれたじゃんか」
私の言葉にミカは目を丸くした。
気にせず私は言葉を続ける。
「それに、正直お前に悪い印象はないんだよ。最後まで私の言葉に耳を傾けてくれたろ。他の勇者たちと違って、戦いの中でもお前だけは話を聞いてくれた」
「……お前はボクに何度勝っても、殺さなかったからな」
たしかに前世では何度挑まれたところで、その度にズタボロにして帰還させた。
……まあエロトラップにかけるのが楽しかっただけなんだが。
私はそのことをそっと胸にしまっておくことにして、ミカへと語りかける。
「……ま、過去のことなんて拘ってもしょーがないな。それに私の力が必要だってんなら、お前は私のこと見捨てずに守ってくれるってことだろ? ならそれでいいよ。義理だの道徳だのより、損得勘定で動いてくれる方がこっちとしてもやりやすい」
「……楽観的なヤツ」
「悲観的よりいいだろ?」
使えるものは使うのが私の主義だしな。
前世でどんな因縁があろうと、今味方になってくれるならそれで十分だ。
「こっちはか弱い女の子なんだ。護衛頼むよ? 勇者様っ」
上目遣いでウインクして見せた私に、ミカは眉間にしわを寄せて口を開く。
「……気持ち悪い。媚びるな」
「なんだよ、ノリ悪いなぁ」
そうして私とミカは改めて肩を並べて、ダンジョンの奥を目指すのだった。