020 でもそうはならなかった。ならなかったんだよ
「あ、ああ、あああぁぁぁ!」
アプリカの絶叫が森の中に響き渡る。
白濁した血液をまき散らし続ける触手は、その根元に繋がったアプリカの体から強制的に養分を奪い取る。
アプリカの肉体もまた、その触手と同じようにシワシワに枯れていった。
「私は、私は、私は、私はぁぁぁああ!」
汚い虹が空にかかる中、アプリカは叫びながらその触手を力任せに引き千切る。
切断された部分からは、黒く濁った血がボタボタと流れ出た。
「……お前が、お前がいなければぁぁぁ!!」
そんな姿になりながら彼女はこちらへと駆け寄ってくる。
まさになりふり構わず、アプリカは私へと飛びかかってきた。
……だがその手は私に届く前に止まる。
「……あ、ああ……。……あ」
その胸から、剣が生えていた。
「――『審判の門』」
その剣はまるでバターを切るように、アプリカの胴体を斬り裂いていく。
「ボクの能力だ。キミの放つような、『ダンジョンの力』に対して特効を持つ。……まだ、キミには話してなかったね」
アプリカの持っていたダンジョンコアが転げ落ちる。
「ミカ……さ……ま」
彼女は上半身が切り落とされてもなお、まだ息があった。
おそらくはモンスター化しているせいだろう。
「あ……あ……ミカ……さま……。わたし……は……ただ、ミカさまのこと、が……」
地面に崩れ落ちた彼女を、ミカが見下ろす。
アプリカはその瞳から涙をこぼす。
「もし……も……このおもい……つたえられて……いた、ら……」
息も絶え絶えに話す彼女に、ミカは少しの間見つめたあとに口を開く。
「……仮にキミが改心して、冒険者としてまっとうに過ごしていたなら。ルルとは仲が悪いなりにも、一緒のパーティを組めていたら。……もしかしたらボクとキミが仲良くなっている未来も、あったのかもしれないね」
ミカの言葉に、アプリカの表情が穏やかになる。
「そんな……みらい、が……。ふ……ふふ……。もうしわけ……もうしわけ……ありません……。わたしが……まちがって……おり、まし……」
アプリカの胸が最後の息を吐き終える。
そうしてアプリカは、二度と動かなくなった。
* * *
亡くなった冒険者の遺品と不活性化したダンジョンコアを回収して、私たちはワープゲートを通ってダンジョンを後にした。
生き残ったのは私とミカと、王女とリッカ、そしてレニスの五人だけだった。
それもこれもボスモンスターとなったアプリカが原因だろう。
あの存在は、Cランクダンジョンとして異質なほどに強力なものだった。
王都まで続く街道を歩きながら、私は口を開く。
「――ダンジョンの神とか言ったか。いろいろな条件があるのかもしれないが、ありゃあ厄介だな。しかもダンジョン間のワープまでできると来てやがる」
私の言葉にミカが頷く。
「ダンジョンの正体が侵略兵器……か。正直お前の言ってた話は半信半疑だったが、あんな存在を見たら信じざるをえないな」
……私が言ったときは完全にその場限りの嘘のつもりだったんだが、まあいいか。
私は前から知っていたということにしよう!
私は賢者だしな!
他のヤツが知らないことを知ってても全然おかしくはない。
私が内心そうやって手柄を自分のものにしようと決めていると、王女が口を開いた。
「……しかしみなさん、このことは口外しない方が良いとは思います」
王女の言葉にミカが訝しげな顔をする。
「それはどうしてですか? 異界の兵器だとわかった方が、ダンジョンに対する見方も変わるのでは?」
「それはそうなんです。ですが現実問題として、すでにダンジョンが各地で利用されてしまっているということは無視できません」
王女は口元に手を当てながら話を続けた。
「街や村の中には、近くのダンジョンを利用することで共生関係になっている場所もあります。『ダンジョンは邪神の手先だ』なんて噂を流したところでそのような街や村の反発を招きますし、たとえ信じてもらえたとしても『主要産業を失うより邪神の手先だろうがなんでもいい』と考える人が出てくるのは必至です」
たしかにその通りだ。
私としても、邪神がどうのこうのという理由でエロトラップダンジョンの研究を禁じられたら困る。
王女は人差し指を立て、自身の口に当てた。
「だからこの件、ご内密に。王族や権力者の中にも反発を持つ者が出ることでしょう。そして今の私では、その力からあなたたちを守り切れません」
王女の言葉にレニスが手を上げた。
「はいはいっ。うちは何も言わないから! ていうかもう忘れた! もうやだ! うちはただちょっと良い男や女とエロいことできればそれでいいのにっ! なんでこんなことにー!」
泣きそうな顔で彼女はそう言った。
彼女はパーティメンバーも失っているし、それが一般人なら普通の反応だろう。
私は王女へと疑問を投げかける。
「私だってダンジョンの研究をやめるつもりはないし、特段口外する気もないよ。……とはいえ、放置していい問題でもない気はするな。今回の件、もしかしたら何かの前兆なのかもしれないぜ」
私はそう言って、最初の言葉に戻る。
「私はダンジョンについて結構知識がある方だと思うが、アプリカのような例は今まで見たことがない。だからこれは、異界の邪神とやらが本腰を入れて侵略を始めたということの前触れの可能性もある……ってことだ。アプリカは『神の声を聞いた』と言ってたし、人間を利用する知恵を付けたのかもしれない」
私は笑みを浮かべつつ話を続ける。
「ということは、だ。これからこういうことがじゃんじゃん出てくるかもしれないってことだ。そうなったとき、この国は果たして邪神の侵略とやらに抗えるのか?」
その言葉に王女は眉間にしわを寄せた。
「……ちょっと、難しいかもですね。もし本格的な侵攻が始まったら、おそらく他の王子や王女を見ると、邪神の力を利用しようとしたり、国を売り渡そうとする人の方が多いかも……」
「そこでだ!」
私は王女にずいっと近付く。
「お前、王になれ」
「……はい?」
間抜けな声を出す王女に、私は言葉を続けた。
「お前が女王様として君臨して、この国のダンジョンへの依存を解消するんだ」
「で、でも今は周囲の国々とも平和な関係を築けているとは言えませんし、国力を低下してしまっては他国から侵略される危機も……」
「つまりそのためには四つに分裂した国を制圧して、帝国を再統一する必要があるわけだな? いやあ、やることが多くて大変だなぁ!」
「……ええ? 本気で言ってます?」
「大マジ」
私は王女の背中を叩く。
「前に『周囲の人々を助けたい』とか何とか言ってたよな?」
「そ、それは従者とか乳母とかお付きの人たちのことで……!」
「その範囲がちょっと世界規模に広がるってだけだよ。お前が王座に着いた方が絶対にみんな幸せになるって」
「そんな無茶な……」
「な、頼むよ? 私の『お願い』だ」
「う……!?」
王女は自身の胸に手を当てる。
私はそれを見て笑った。
「おー、すごいな。精神力だけで契約に耐えてる」
「……こればかりは……周りの人も、巻き込むんで……」
苦しそうに笑う王女に、私はため息をついた。
「まあいいさ。『強制はしない』」
私がそう言うと、王女はホッと胸をなで下ろした。
私は王女の肩を叩くと、囁くように言葉を続ける。
「……だけど考えてはおいてくれ。私たちには、お前を頂点に押し上げる準備がある」
そう言って私はミカに視線を送った。
「な?」
ミカは話を振られると、目を細めて王女に礼をする。
「……ご用命あればこの身、御身にお仕え致します」
「へ、かっこつけやがって」
そんな私たちの様子を見ていたレニスが声を漏らした。
「うへぇ……。なんか凄いことになってる……。うち、冒険者引退して田舎帰ろうかな……」
「あ? 何言ってんだ? ここまで聞いておいて一抜けできるわけないだろ? もうお前は巻き込まれてんだよ」
「う、うそっ! やだー! おうちかえる! きけんなことしたくないー! うちはいい男引っかけて幸せに暮らせればそれでいいのにー!」
幼児退行したように叫ぶレニス。
ははは、せっかく巻き込んだんだから逃がさんぞ。
いいおっぱいしてるしな。
そう思っていると、後ろから私の耳元にくすぐったい息が吹きかけられた。
「あの……ご主人様……!」
「うわっ。なんだリッカ。驚かすな」
「これ……いい加減……外してもらえませんか……!?」
「ああ、帰ったらな」
「そんなぁー……!」
後ろで身悶えしつつ、息を漏らすリッカ。
やれやれ、なんだかんだ賑やかなチームになったもんだ。
そうして私はそんなパーティを率いて、無事王都へと帰還するのだった。