017 誰がなんと言おうとハッピーエンドだ
「随分長かったな……大丈夫か?」
ミカに声をかけられ、私は頷いた。
「ああ。おかげで裏切り者を捕まえられたぜ」
私の後ろにはニコニコ笑う王女に連れられた、未だ顔を紅潮させた涙目のリッカがいた。
小一時間ほどの尋問の結果、リッカは洗いざらいを吐いてくれた。
自身の雇い主は第三王子の部下であること、彼にたぶらかされて王女暗殺を決意したことなどの情報を得ることができた。
「ひぐっ……! ひんっ……」
リッカは今も定期的に唇を震わせている。
そんな彼女の様子を見て、リーダーのマルトが心配するような表情を浮かべた。
「だ、大丈夫……なのか?」
「ん? 裏切りの心配はないよ。何かあったら私の命令一つで胎を食い破るようにしてるし」
私の不穏な発言にマルトともう一人の回復術士レニスが驚きの表情を浮かべた。
まあそんな黒魔術みたいなことを言ったら、そんな反応を返されるのも当然か。
「それにこいつはもうこっちに寝返ったからな。……なあ、リッカ? 私たち、仲良しだよな?」
私はそう言いながら彼女の首に腕を回す。
すると彼女はビクンッと背筋を跳ねさせた。
「ひゃいっ……! わ、わたしは……姫様とルル様に仕えることができて大変しあわせです……。お二人とも、大好きでしゅ……」
焦点の定まってない目で彼女はそう言った。
うーん、突貫ながらもなかなかの完成度だな!
そんな彼女の様子に満足していると、突然ミカが私の首を掴んで引っ張った。
「……おい、お前まさか……!」
責めるように顔を近付けてくるミカに、私は慌てて言い訳をする。
「な、なんだよ! こうするしかなかったろ! それとも政治に利用されただけのアイツを殺しちまった方が良かったってのか? 違うだろ?」
「それは……そうだが……」
「こうしておいた方が私たちも後味が悪くないし、情報も得られるし、戦力だって減らない。他の仲間にだって変に疑われたりしないし、良いことづくめでハッピーだろ? それにリッカが死んでたら王女への暗殺の手がさらに過熱するかもしれないし、アイツが生きて帰ったらその家族だってハッピーだ。ついでにアイツの頭もハッピーになったわけだし、もうハッピーエンドだろこれは」
「お前の頭が一番ハッピーだよ」
ミカはため息をつく。
それ以上責めないところを見ると、私のしたことは必要なことだったと認めてくれたらしい。
「……あれ? そういえばあの二人はどうしたんだ?」
私はここに残る三人にそう尋ねた。
ミカ、マルト、レニス。他にナンパ男とオッサンがいたはずだ。
私の問いかけに、リーダーのマルトが表情を暗くする。
「……やはり見てないか。実は少し前に『様子を見てくる』と言って、キミたちのことを探しに行ったんだ」
「ほぉん……。私たちは会ってない。ってことは……」
単純にはぐれただけか。
それとも、さきほどの『レジデントオブサン』の四人と一緒か。
私は地図を取り出す。
「これは私の魔術で作った、このダンジョンの予想地図だ。ここまで何時間か歩き続けてようやく完成したんだが……」
みんなの前で地図を広げて、その一点を指差した。
「もうすぐダンジョンコアのある場所へと着くはずだ。……そしていなくなった二人がもし道を間違えたのだとしたら、そっちに向かっているはず」
今いる場所と、さきほど私がリッカを尋問した場所の間にある横道はそこだけだった。
「私の意見としては、あいつらを探すにしてもここを目指すべきだと思う」
私はダンジョンの地図の中心部を指差す。
私の説明を聞いて、リーダーのマルトは頷いた。
「……わかった。俺もそれに賛成だ」
その場にいる誰からも異論は出ず、私たちは最深部を目指すことになる。
ダンジョンの終着点まで、あともう少しだった。
* * *
「っていうかさぁ。王女様殺そうとした黒幕って、結局誰だったの? やっぱ王宮の誰か?」
森の中を歩きつつ、レニスが口を開く。
私は口の片端を吊り上げて笑みを浮かべた。
「はぁん? それ聞いちゃう? 言っとくが、それ聞いたら『聞かなかったことにします』じゃすませらんねーぞ」
「……あー、うそうそ。やっぱり知らないでおく。うちはそういう難しいこと、興味ないから」
答えは第三王子だったわけだが、それを知ってしまえば政争に関わることになる。
私とミカはガッツリ王女の問題に関わる気まんまんだが、ただの冒険者であるレニスたちは知らないでおいてもいいことだろう。
……だが一つ、謎は残る。
「……まあただの『黒幕』って話なら、もう一つわかってないことはあるけどな。『レジデントオブサン』を殺したヤツは別にいるはずだ。見ての通り、リッカは訓練された暗殺者でもなければ凄腕の剣士ってわけでもない。冒険者で言えばせいぜいDランクかEランクレベルだろう」
私の背後で「んっ……」と今も声を漏らすリッカを親指で指しつつ、私はそんなことを言った。
あの仕業はおそらく人間業ではない。
だとしたら――。
「――止まれ」
声を発したのは、一番前を歩いていたミカだった。
場所は森の最深部。
私の計算魔法が正しければ、少し開けたこの空間にダンジョンコアはあるはずだ。
そして、私たちを出迎える二つの影があった。
「『やあいらっしゃい! お待ちしておりました!』」
その二つの影を見て、レニスが声をあげる。
「うそ……! レオ……バンガン……」
それは『メメントモリ』のメンバーである、ナンパ男と寡黙な爺さんの姿だった。
白眼を剥いて口を開けた彼らの体が、カクカクと動いている。
「『ようやく辿り付いてくれましたね!』」
高い女の声がする。
それは死体を使った人形劇。
仲間であるレニスは青ざめ、マルトはその顔に怒りの表情を浮かべていた。
私は声を張り上げる。
「おーおー、これは豪勢なお出迎えじゃねーか。……てめえいったいどこのどいつだ。悪趣味もいいとこだぜ」
私の言葉にその声は返事をする。
「……もうお忘れになりましたか? 私の声を」
二人の死体の奥。
ゆっくりと歩いてくる人影があった。
それは少しだけ紫がかった血色の悪い肌に、肌が透けてみえるぐらい薄い露出の多いドレスを身に纏っている。
肌の色や服装は大きく変わっているが、その顔には見覚えがある。
だが……だがしかし、なぜここにアイツがいる?
その名前をつぶやいたのは、私ではなくミカだった。
「……アプリカ……」
「ふふ、お久しぶりです。ミカ様」
それは私をダンジョンに置き去りにして殺そうとした二人のおっぱいの片方、『白き聖女アプリカ』だった。
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