015 サークルクラッシャーでもヒーラーやっていいのかよ
木から四人の遺体を下ろして埋葬した私たちは、彼女たちの遺品を回収しつつ先を目指すことにした。
ここから戻るよりも、再奥地を目指してダンジョンとしての機能を停止させてからの方が帰りやすいと結論付けたためだ。
しかしプロとはいえ、同業者四人の死体を見たあとでは気も滅入る。
そのせいか八人のチームメンバーの中では今、誰も口を開くものはいなかった。
そんな中、一人だけ私に近付いてくる女がいた。
「ねえ、あんたすごいじゃん。あんな魔法みたことないよ」
それはBランクパーティ『メメントモリ』のメンバーの回復術士風の女だった。
回復術士だというのに露出が多いし、おっぱいが大きい。
レニスと名乗った彼女は場を盛り上げるのが得意なムードメーカーらしく、彼女に引っ張られて私も軽く自己紹介をした。
今は私が一番話しかけやすかったのだろう、彼女は話を続ける。
「ごめんねー。うちのパーティ、ダンジョン攻略は専門じゃないからさ~。Bランクだってのに上手く指示できてないじゃん? ホントはうちらの仕事だかんねー」
「いや、そんなこたないよ。私の目から見たってリーダーの指示は合格点をあげられるぐらいさ。問題はこの森の方だ」
これはべつにお世辞でもなんでもない。
Cランクダンジョンだからって油断してたら四人が瞬殺されることだって十分ありえることだし、なんらおかしなことでもない。
だが死んだ『レジデントオブサン』のメンバーがダンジョン攻略の専門パーティだったことが気にかかる。
果たしてそんなパーティが、荷物を放り出したまま遠くへ行き、そのままモンスターに襲われるだなんてことがありえるだろうか……。
そして彼女たちの死体があんな飾り方をされていたことも不可解だ。
餌にするわけでも、嬲るわけでもない。
まるで縄張りを主張するかのような行為だ。
私はため息をつく。
「ハーピィでもいんのかね、このダンジョンは」
あんなことをするモンスターなんて半人半鳥のハーピィぐらいしか思い当たる節がない。
しかしそれに、レニスは首を横に振った。
「そんな気配はないけどね。ハーピィがいたら糞とか巣とかでわかるし」
「このダンジョンで遭遇したのは、コボルトやジャイアントスパイダーぐらいだもんな……」
どれも前衛であるナンパ男やミカが一人で処理できる程度のザコだった。
それはダンジョンに入る前に得た事前情報と変わらない。
このダンジョンの攻略難易度がCランクなのは、モンスターの強さよりもその広大な面積の方が問題だったからだ。
レニスはさきほどあったザコモンスターとの戦闘を思い返すように話を続けた。
「そういえばさぁ。さっきの戦い、凄かったよねぇ……。ミカさん、一人でコボルトの群れを相手にしちゃってさ」
「まあ、アイツ頑丈だからな……」
「ねぇミカさんってさぁ、ルルちゃんのカレシ?」
「ぶふっ」
思わず噴き出してしまう。
「んなわけあるか」
私の言葉にレニスは半笑いのような表情を浮かべる。
「えー、そうなんだ? じゃあまだヤってないの?」
「ヤ……!? ……や、やめてくれよ、鳥肌が立つ……」
一瞬アイツの裸を想像してしまい、私は慌てて頭を振ってその姿をかき消した。
私の言葉にレニスは不思議そうに首を傾げる。
「だって二人きりのパーティなんでしょ? なんで付き合ってないの?」
私は取り合うのが面倒くさくなって、話を変えるべく話題の矛先を変えた。
「同じパーティだと付き合うってんなら、お前はパーティの中に恋人がいるのか?」
「いや、そりゃいないんだけどさ」
「ほれ見ろ。お前があの三人の仲間の誰かと付き合ったら、たとえ他の二人にその気がなくても気まずくなること請け合いだぞ。どんどん飯が不味くなっていってきっとパーティ解散だ」
「あー、なるほどね。たしかに今までのパーティはヤったらすぐなんだかんだで解散しちゃったなぁ」
「……お前今までどんな人付き合いしてきたんだよ」
さすがの私もドン引きしていると、彼女は私にしか聞こえないよう声をひそめた。
「あ、でも今は大丈夫だよ。『メメモリ』のメンバーとはヤってないから。バンガンのじいさんはもう枯れててアレに強化魔法かけても無理だし、レオは軽そうに見えて小さい子にしか興味ないんだよね。ロリコンってやつ? マルトは男にしか興味ないしさぁ」
「いやお前、可哀想だからそういうこと他人に言うなよ……」
『メメントモリ』の面々の趣味嗜好なんて知りたくなかった。
ていうかレオってあのナンパ男だよな?
ロリコンだと? 私を幼女と判定して声かけてきたってことか?
……よし決めた、このダンジョンから帰ったら絶対あの男はっ倒してやる。
私はため息をつきながら頭を抱えた。
まったく……。
それにしてもどうしてあのナンパ男といい、この女といい、冒険者は恋だの愛だのに興味津々なんだ?
出会いを求めてダンジョンに入ってんのか?
間違ってるだろ、それは。
「いやー、でもミカさんいい男だよねー。ルルちゃんがいらないってなら狙っちゃおっかな~?」
こいつら冒険者は下半身と頭が直結してんのか?
……もっと私みたく崇高な目的を持ったりしろよ!
エロトラップダンジョンの作成とかさ!
内心そんなことを叫びつつ、私はチームの面々を眺めた。
男と、女……ねぇ……。
「……ん、待てよ」
そうか。
男と女……。
この状況なら、もしかすると……。
「お。どしたの?」
私の発想とは検討違いのことを口にしたレニスに、私は笑いかける。
「いや――男と女ってのは複雑だな、と思ってさ」
「哲学?」
「ま、そんなとこだ。それよりあんがと。おかげで作戦を思いついた」
首を傾げるレニスを置いて、私は王女へと声をかけに行くのだった。
* * *
「ごめんなさいルルさん。ちょっとだけそこで待っていてもらって……」
「はいはい、どうぞごゆっくり」
私は王女の言葉にそう答える。
私たちはトイレを済ませる為、王女たちと一緒にチームを離れていた。
つまり連れションである。
事前にミカに魔法をかけさせてもらうことで、私が生きている限りはたとえはぐれてもすぐに合流できる。
ダンジョンの木々たちが突然席替えを行ったとしても、森林型ダンジョンは完全に密閉されることはないので簡単に合流可能だ。
そうして王女が草の茂みに入る中、私は王女の従者リッカと二人きりでトイレ待ちをしていた。
「……お前も大変だなぁ。あんな王女のお付きをしてたら、命がいくつあっても足りないんじゃないか?」
突然私から話しかけられ、リッカは驚きの表情を浮かべる。
「い、いえ……。こう見えても少しは戦いの心得もありますので」
「それなら尚更じゃないか? 無謀な姫様に付き合って命を危険に晒すなんてさ。本人は戦えないってのに」
「そんなことはありませんよ。姫様には姫様の戦い方があります」
リッカの真剣な表情に、私は頭をかきつつ明後日の方向へと視線を向けた。
「……ま、それももう少しの辛抱だけどな。ダンジョンの構造を解析したが、あとほんの少しで最深部だ」
「え……そうなんですか?」
「ああ。攻略完了まで、本当に目と鼻の先でさ。ダンジョンコアの前にボスモンスターがいる可能性もある。王女がチビったりしたら締まらないだろ? だからこうして事前にトイレに――」
言いかけて。
私は振り返り、振り下ろされた剣を杖で受け止めた。
「――何しやがんだ、てめぇ」
当然だが、そこにいるのは抜き身の剣を持つリッカの姿。
彼女は思い詰めたような表情で剣を握っている。
「あなたには申し訳ありませんが――お命、頂戴いたします」
その表情は真剣そのもの。
私は獲物がかかってくれたことに感謝しつつ、笑みを浮かべる。
「ああ……てめぇがお姫様の命を狙う暗殺者ってわけか」
「……ええ。そうです」
リッカの剣に力が入る。
「姫様には姫様の戦いが――」
支えきれず、私は後ろへと飛んだ。
リッカがこちらを睨み付ける。
「――わたしには、わたしの戦いがあるということです!」
そうして距離をとった私は、王女の従者リッカと対峙した。




