014 美少女に生まれてナンパされたことない奴おる?w
「あ゛ー……疲れた」
「ルルさん、王女のわたしよりも体力ないんですね……」
「うるせー……」
魔術用の杖を本来の杖の用途として使いながら、私たち一行はダンジョンの中を進んでいた。
木々により日光が遮られた森林の中はひんやりとするほどの気温で歩きやすいが、それでも数時間も歩き続ければ疲れてしまう。
そんな私の様子を見て声をあげたのは、この連合チームの全体リーダーのマルトだった。
「あー、それじゃあ休むかい? ちょうどいいから、ここらへんで一旦休憩するとしよう。先は長いだろうし、あまり根を詰めてもしょうがないしね」
「賛成!」
手を上げて賛同する私に、周りのパーティから失笑が漏れる。
ミカが呆れるようにため息をついた。
……しょーがないだろ、体力がないのはさー。
さっそく私が近場に座って初級魔術で飲料水を生成していると、近付いてくるやつがいた。
「や。大丈夫? キミ」
「あ?」
知り合いではない。
Bランクパーティ『メメントモリ』のメンバーの一人の男だ。
彼は私の返事に構わず、その隣へと座った。
「いや随分疲れてたっぽいからさ。女の子にダンジョン探索は辛いだろ?」
は? 煽ってんのか?
他の女どもは王女すらも息一つあがっていない。
こいつはわざわざ私をバカにする為に話しかけてきたのか?
そんな私の感情を察知してか、男は苦笑する。
「そんな警戒しないでよ。同じチームメンバーなんだしさ。そうだ! 良かったら俺にも水くれない?」
そう言って彼は自分の革袋を差し出す。
……まあべつにそれぐらいならいいけど。
初級呪文を唱え、男の皮袋を水で満たす。
男はそれに口を付けると、笑みを浮かべた。
「いやあ上手い! すごいね、さすが魔術師だ」
……これぐらいはお前のパーティメンバーもできるだろ?
なんだこいつ、何が目的で近付いてきたんだ……?
へらへらと笑いながら、男はどうでもいい話を続ける。
この前はどんな依頼を受けただの、そのときに自分は剣で活躍しただの……。
死ぬほど興味がない話だったので「はぁ」とか「へぇ」とか「そうなんですか」と適当な相槌を打つ。
……もしかしてこいつ、交流を持とうとしてるのか?
たしかに同じ依頼を受けた者同士だ。
円滑なコミュニケーションはチーム全体の生存率を高める。
好意的に見るなら、彼なりにチームに貢献しようと必死なのかもしれない。
……こいつ、案外良いヤツなのかも。
「――おい」
頭上から声をかけられ、私は見上げる。
そこには怖い顔をしたミカの姿があった。
私は何事かと思って返事をしようとすると、その前にミカが口を開いた。
「ボクの女に何か用か?」
……え?
ミカの言葉に、男は焦った表情を浮かべる。
「い、いやべつにちょっかいかけようとかしたわけじゃないって。な? べつにあんたと争うとかそういう気もない。俺たちはチームメンバーだ。だろ?」
男はそう言って立ち上がると、へらへらとした笑みを浮かべつつその場を立ち去った。
私が声をかける間もなく去っていき、私とミカが取り残される。
改めてミカの顔を見ると、何やら悩むような小難しい顔をしていた。
「……なあ、今の」
「聞くな」
ミカは一言そう言った。
私はもう一度口を開く。
「いやだって」
「だから聞くなって! ボクだってもっと違うやり方があったであろうことはわかっている!」
ミカはそう言うと、少しだけ顔を赤らめた。
「しょうがないだろ。ああ言った方がさっさと追い払うのには都合が良かったんだ。それとも何か? お前はあの男とずっと話をしていたかったのか? だとしたらボクの見間違いだ。素直に謝ろう。ボクが悪かった。てっきり絡まれて困っているかと思ったんだ。ボクの意図はそれだけで、他には何もない!」
やたらと早口で言うミカ。
そんなに意識されてもこっちが反応しづらくなるんだが……。
それに実際に話の切り所がなくて困ってたのは事実だし。
だが重要なのはそこではない。
「それはわかるんだが、もしかして今のは……ナンパ、というヤツなのでは……?」
私が神妙な面持ちでそう言うと、ミカは呆れたような表情を浮かべた。
「……なんだと思ってたんだ」
「いや普通に親睦を深めに来たのかと……」
あとは相手が暗殺者で、こっちの情報を収集に来たのかとも考えたが、それは口にしないでおく。
私は去って行った男の後ろ姿をもう一度見つつ、思わず笑った。
「……そっかぁー! これがナンパかぁー! なるほどなー! ははぁ、ちょっとした優越感みたいなものがあるな!」
「……そんなこと言ってられるのも今のうちだけだぞ。しつこく来たり強引なヤツを相手にしてたら、心底ウザいと思うようになるからな」
「それはそいつがウザいだけなんじゃないか? いやぁー! それにしても美少女は困るな~!」
「物好きもいるもんだな。世の中には女であればなんでもいい人種もいるんだ」
「はー!? 私は可愛いだろがい!」
「……たしかに素材はいいが、肌も荒れてて髪の手入れも行き届いていない。ちゃんと睡眠は取ってるか? 目にクマがあるぞ」
「ぐっ……!?」
くそう、元女に言われたら何も反論できねぇ……!
クソ、帰ったら覚えてろよ!
そのうち絶対可愛いって言わせてやるからな……!
そんな話を二人でしていると、さきほどのリーダーが焦った様子でこちらへと駆けて来た。
彼は動揺した様子で、私たちへと尋ねる。
「なあキミたち、『レジデントオブサン』のパーティを見なかったか?」
* * *
「……参ったなぁ。四人同時にいなくなるなんて」
私、ミカ、王女、従者、そしてリーダーとさっきのナンパ男も含めた『メメントモリ』のメンバー4人。
合わせて8人が集合していた。
周囲に他の人間はいない。
「連れションかなんかじゃねーの」
私の言葉に、『メメントモリ』のメンバーである回復術士らしき露出度の高い恰好をしたヤケにノリが軽そうな女が答える。
「まあ、そうかもねー。荷物も置いていってるし」
彼女の言葉にさっきのナンパ男が口を挟んだ。
「……いや、だがもういなくなって15分も経ってるぜ。さっき声をかけようとしたから、間違いない」
……ん?
つまりあれか?
コイツ最初はあっちの女パーティに声かけようとしたけど、いなくなったから仕方なくこっちに声をかけてきたってことか?
補欠ってことか?
……は? 殺すぞ?
私が一人内心でブチキレていると、『メメントモリ』のもう一人のメンバーである白髪の魔道士風の老人が口を開いた。
「探しにいくか、それとも? ……何か意見はあるかね、皆の衆や」
じいさんは私と王女の方へと目線を向ける。
王女は黙り、うつむいた。
代わりに私が杖を取り出し、地面に突き立てる。
「ちょっと待ってな」
私はそう言うと、呪文を詠唱する。
それに周囲の面々は驚きの表情を浮かべた。
「――忘却の語り部」
呪文を放つと同時に、杖の先から周囲に光が放たれた。
その光が当たった木々の一部が、淡い紫色に発光する。
すると全部で二十箇所を越えるほどの面積がじんわりと光り出した。
「……私オリジナルのダンジョン攻略魔法だ。ここ一時間ぐらいでダンジョンの力による地形変化が起こった場所が反応している」
私の言葉にミカが「こんなに……」とつぶやく。
私はそれに頷いた。
「平たく言えば、これは異常事態だな。今このダンジョンは、百歩も歩けば元いた場所に戻れないような空間になってる。下手に動いて調べようとしても、合流できない可能性の方が高いぞ」
私の言葉に、リーダーのマルトが額に汗をかきつつ考え込んだ。
少しだけ悩んだ様子を見せた後、ゆっくりと頷く。
「……先へ進むことにしよう。なに、彼女たちもCランク冒険者だ。はぐれたのに気付けば、きっと脱出を目指すはずさ。無事外に出られたらなら待ってもらっていればいい。逆に深部へと向かってしまったなら、俺たちが奥を目指すことで合流できるはずだ」
彼はそう言って、王女へと視線を送る。
「……という感じで進めますが、いいですかね?」
不安げなマルトの言葉に、王女は胸を張って頷いた。
「ええ。きっと大丈夫です。そのようにしましょう」
マルトはその言葉を受けて少しばかり安堵したような表情を見せた。
……不安を取り去るのは上に立つ者の仕事だ、と言わんばかりの態度だ。
この王女様、なかなか王族としての資質もあるのかもしれない。
マルトは他の皆へ向かって声をかける。
「よし、彼女たちが戻ってきたときのことを考えて、荷物はまとめてここに置いていこう。そして我々の中でももし何かがあった場合、ここに集まってくれ。……よし、それじゃあ出発の準備を」
その言葉に従って、各自が準備を整え始める。
ミカが私の方へと近付いてきて、耳打ちしてきた。
「どう思う?」
「何かの前兆なのはたしかだ」
私は短くそう答える。
「明らかに作為的な物だとは思う。だが誰が何を考えているのかまではまだわからん。案外本当に連れションに行って迷っただけかもしれんし」
「……王女を頼む」
「任せろ」
そう言って私たちは二手に分かれる。
そうすれば少なくとも、二人が同時に死ぬことはないだろう。
そうして私たちは出発の準備を整え――。
「――あ、あああああ!?」
男の声が響いた。
「どうした!?」
地面に尻餅をついているナンパ男のもとへ、リーダーのマルトが駆け寄る。
「あ、あれ……! あれ!」
その指先の向こうへと一同が視線を向ける。
最初に声を出したのは、回復術士の女だった。
「『レジデントオブサン』の子たち……」
木々の幹へと、血が滴り落ちる。
そこにはまるでモズの速贄の如く、木の枝に串刺しにされた四人の女冒険者たちの死体があった。




