012 恩は押し売りしといて損はない
王女を助けてから一週間ほどが経過した。
その間、私はミカと軽いモンスターの討伐依頼などこなしながらも、現代の情勢を聞いていた。
私はミカと違って長い間田舎に引きこもっていたので、現在のこの国の状況をあまり知らなかったのだ。
どうやら私たちがいた約百年程前の時代から国は崩壊、四つほどに分裂したらしい。
ミカは私を倒した後で国に裏切られ謀殺され、それが原因で王族間で対立が発生。
国を分けるほどの戦争に突入して何十万人も死んだとか。
……どおりで当時よりも国が発展していないわけだ。
みんな貧乏になり、治安は荒れ放題。
技術は遺失し、最近ようやく復興の目途が立ってきた……というところか。
ミカが貴族として政治に介入してこの国を動かそうとしているのは、そういう事情があったらしい。
私たちが活躍した時代の繁栄を取り戻したいようだった。
……もしかすると、国の崩壊に責任を感じているのかもしれないが。
だとしたら本当にバカだ、こいつは。
そんなこんなで過ごしていると、予想できなかったトラブルが発生した。
「……金がない!」
「なんでだよ」
私はその日も酒場でソーセージをかじりつつ、ミカとテーブルを共にしていた。
ちなみに肉食の私と違って、ミカは野菜や魚などまんべんなく食べている。好みが広いやつだ。
「日銭ぐらいは稼げてただろ」
「全然足りないし!」
私は口を尖らせる。
そんな私の頬に、ミカが指を伸ばしてぷにぷにと触ってきた。
「……そういえばお前、血色良くなったな。少し前までガリガリだったのに」
「王都は食べ物が美味くて良い。一日中大通りの屋台を回ってるだけでも時間が潰せる」
「美味しいと言うよりは、大味なだけだと思うけどね。まあ体力を付けるのは悪いことじゃない」
思えば王都に来てから毎日のように食べ歩いていた。
財布が軽くなった理由の一つは間違いなくそれだ。
だが元々スラムの子供みたいな体型だったので、もう少し栄養は取っておいても問題はないだろう。
そう考えつつ大角闘牛のステーキにフォークを突き立てる私を見て、ミカが眉をひそめた。
「……服も買いすぎじゃないか?」
「え……だって、女子はこれぐらい買うのが普通じゃないのか……?」
私は動揺して切り分け用のナイフを落としそうになる。
私の今の恰好は赤紫を基調にしたドレス風のワンピースだ。
大通りを歩いていたら服屋の店員に声をかけられて買ったものである。
……だが考えてみれば、庶民がおいそれと手を出せる値段ではなかったような気もする……。
そんな私の様子に、ミカは呆れるようなため息をついた。
「そういうのは上流階級の貴婦人方のたしなみだよ。冒険者はオシャレより装備にお金を使うのがほとんどさ。そりゃ冒険者でもワンポイントのアクセサリーや清潔感ぐらいには気を遣うだろうけどね」
「う……それは……その……」
まずい。
私は案外浪費家だったのかもしれない。
たしかに貯金はそんなに得意ではないかもなぁ。
……いや、それもこれも研究できるダンジョンがないのが悪いんだ。
研究する環境さえ整えば、そこに無限に金を投資できる。
早いところ、ダンジョンを研究できる環境を作らないと。
改めてそう思っていると、そんな私たちのテーブルに料理を運んで来る女性がいた。
ギルドの受付のお姉さんだ。
名前は知らないがおっぱいはそこそこ大きい。
「やあ、お二人さん。なんだか景気悪そうな顔だねぇ」
後ろで束ねた髪を揺らす彼女から、私はマッシュポテトを受け取る。
「なに、ちょっと財布が心許なくなって来たなって話をしてたんだ」
「なるほど。そういやルルちゃん、最近オシャレさんだもんね。『彼氏できて変わった』って噂になってるよ」
「誰に彼氏ができたって? 気持ち悪いこと言わないでくれ。寒気がする」
私の言葉に乗っかるように、ミカもまた口を開く。
「同感だな。ボクもコイツと付き合うよりならゴブリンに求愛した方がマシだと思っているよ」
「ほーん、どうやら私とお前じゃ美的センスが壊滅的にズレてるみたいだ。でもたしかにお前と恋人になるぐらいならオークに嫁入りした方が幸せになれそうだと思ってたところだから、その点は気が合うみたいだな」
「皮肉すら人真似とは、感性だけでなく言語力も劣っているようだな。冒険者としての腕を磨くより、まずは人と会話する方法から学んだ方がいいんじゃないか?」
「そっくりそのままお返しするぜ。お前が学ぶべきは言葉の品性の方だと思うけどな?」
私とミカの間でおろおろする受付兼ウェイトレスのお姉さん。
……この一週間話しているうちにお互い罵倒しあうのが普通になってしまったので、端から見てたら険悪なパーティに見えるのかもしれない。
ミカはどうしたものか迷っている彼女に助け船を出す。
「それで、何か用かい? ありえもしない噂を伝えに来たわけでもないだろう?」
「あ、ええと、まあ……」
ミカに言われて彼女は頷く。
飯時から外れた今の時間、ウェイトレスは暇しているはずなので、わざわざ受付の彼女が来たのは何か話したいことがあってのことだろう。
「実はね、紹介したい仕事があるの。依頼主が二人をご指名なんだけどさ」
「へえ、どんな依頼だ?」
私の言葉に彼女は説明を始める。
「それが大きな声では言えないんだけど、王族直々の依頼でね。この前見つかったダンジョンを攻略するための護衛をして欲しい……っていうやつ」
「王族……となるとアイツか」
「うん。この前の依頼で救助してもらった王女様からの依頼で間違いないよ」
お姉さんが頷く。
私は第六王女マリンの顔を思い浮かべた。
私たちに依頼するとなると、彼女以外にいないだろう。
お姉さんは私の言葉を気にせず、話を続けた。
「依頼主は何組かのパーティを雇いたいってことで、あなたたちの他にも高ランク帯のパーティに依頼してるの。でもあなたたちがダンジョンの専門家ってことで、名指しで依頼をしたみたい。王族からの正式な依頼だから、ギルドとしても報酬にちょっと色は付けるよ」
ギルドとしても成功すれば王族に恩が売れるので、中間マージンを多く取る意味もないってことだ。
王族の護衛なんてもんは、冒険者にとって面倒な依頼だ。
無茶を言われても言うことを聞かなくてはいけないし、足手まといが増えることになる。
高ランクダンジョンの攻略はそもそもハイリスクハイリターンなのに、わざわざ不安要素を増やすようなパーティはほとんどいない。
だが私たちにとって、あの王女様の依頼なら話はべつだ。
「正式な依頼、ってことはあの王女様が正面から権力レースにエントリーすることを許されたってことか」
私の言葉にお姉さんは黙って否定も肯定もしない。
知ってていても知らなくても、ギルドから王宮の情報が漏れたとなれば問題なので言うことはないだろう。
だがもし違っていたら否定はしてくれるだろうから、おそらくはそれで正解だろうとは思う。
この国ではダンジョン攻略の功績は王族としての影響力に直結することになる。
当然、本人以外の王位継承権を持つ者はそれをこぞって妨害する。
後ろ盾のないマリンのような存在は、そもそも攻略すら許されない。
しかしそれが今回表立って行われるということは、以前のダンジョン攻略の功績が認められて一歩進んだということだろう。
チャンスだ。
次期国王とまではいかないまでも、彼女が高い地位を持てばそれだけ私たちが権力に近付けることにもなる。
それは私がダンジョンを研究するための近道になるはずだ。
それに……。
「ミカ、お前が他の王位継承者の立場なら、何を考える?」
私の問いにミカは少しだけ考えて、それを口にした。
「攻略の妨害。もしくはもっと手っ取り早く……攻略に乗じた暗殺」
ミカもバカじゃないらしい。
この案件、放っておけば後味の悪いことになりかねないぞ……。
「よし、その依頼受けよう。ミカ、それでいいな?」
「……ああ」
私たちの言葉にお姉さんが頷く。
「暗殺だとか物騒だね……。仮にそんなことがあったらギルドの信用問題になるから、くれぐれも変なことが起きないようお願いね」
「任せとけ」
私は親指を立てる。
「無事にダンジョンを攻略して王女の立場が強くなるならそれもよし。いるかはわからんが、妨害者や暗殺者をあぶり出して王女に恩を売りつけられるならそれもよし。……つまり一挙両得、一石二鳥だ!」
私の言葉にミカは頷いた。
「王女護衛任務、たしかに引き受けた。報酬の話をしよう」
こうして私たちは、お姉さんから詳しい説明を受けることになった。




