011 一人でできるもん
「んん~……! 依頼をこなしてダンジョンも攻略、借金も返し終わってめちゃくちゃスッキリしたな~!」
王女を送り届けた翌日。
私は宿の窓際から清々しい朝日の光を浴びてそう言った。
借金を返し終わっただけでなく少しは余裕が出来たことで、明日食べる物を心配する必要もなくなった。
これで当面の生活は安泰だ。
とはいえのんびりしていては、いつまで経ってもエロトラップダンジョンの研究は始められない。
「とにかく必要なのは金だ」
生きていくだけでなく、研究には何かとお金が必要である。
「これはミカと一緒にダンジョン攻略していけばそのうち貯まるだろう。優先度は下げていい」
ミカと私の能力は、二人合わせるとダンジョン特効と言っていいレベルの戦力だ。
パーティが二人きりと言うのも、分け前を考えるなら意外と悪くない。
「そうなると次は実際にエロトラップダンジョンを作る敷地だな……。領地レベルの広大な土地が必要になる。できれば近くに研究用として天然のダンジョンも欲しいところだ」
私は机の上に座って、安紙へとペンを走らせる。
ちゃんとした計画書ではないが、野望の全体像は明確にしておいた方がいい。
「なんか知らんが王女には気に入られたようだし、もうちょっとあの子には王宮内の発言権を持ってほしいところだな」
どうやらダンジョンの件は、家臣たちに止められた王女がこっそりと一人で王宮を抜け出したのが発端だったらしい。
元より発言権があれば家臣を説き伏せることもできたろうし、それならもっと護衛を付けて高難易度のダンジョンを攻略することだってできたはずだ。
彼女はそれができないぐらい、王宮での地位が下ということでもある。
「まあスタートとしては悪くない。当面はあの王女との繋がりを強化しつつ、ダンジョン攻略だな。……それにしても」
私はふと隣の部屋に泊まっているパーティメンバーの姿を思い浮かべる。
「ミカがいなければもうちょっと手段を選ばずにやれるんだがな……。くそー、いちいち邪魔をしやがって」
手段を選ばなければ、金の稼ぎようも名声の得方ももう少しやりようがある。
だがミカは潔癖過ぎる。
アイツと一緒にいたら無駄に遠回りすることになるかもしれない。
「……よく考えたら、アイツがいなければ禁呪は使えるんだよな」
禁呪。
ダンジョンを研究して編み出した、オリジナルのダンジョン魔術。
その威力はオーク程度なら相手にならないほどの力を持つ。
「それなら何も、ミカと仲良しごっこをする必要もないのか……?」
ぼんやりとそんなことを思う。
たしかにアイツとは前世からの腐れ縁だ。
だがアイツのスキルは私の力を吸収するもので、わざわざ一緒に行動してやる義理はない。
「だったら一人で行動すれば……」
そうだ。試してみよう。
私はそう思い立つと、隣の部屋でまだ眠っているミカを起こさないように気を付けながら部屋を出た。
* * *
「――お、いたいた」
そして昼。
私は王都の南西にある草原に来ていた。
「間違いない。ラヴァーフロッグだな。たしかに群れが巣作りをしかけてる」
そこにいたのは、何体もの大蛙だった。
周囲には水場があり、おそらくはそこに卵を産んで繁殖しようとしているはずだ。
ラヴァーフロッグは雑食で、人も食う。
王都の近くに巣を作られては旅人や行商人が被害に遭いかねないので、討伐依頼が出たというわけだ。
私は朝、そんなちょうどいい依頼をギルドで見付けて受けてきていた。
ミカがいなくても一人でも大丈夫だと証明するためだ。
それに私が強い事を証明してみせれば、ミカがデカい顔することもなくなるはずだ。
むしろ私に許しを請うて、少しは素直に言う事を聞くようになるはず……!
「ふふ、ふふふふ……!」
そうだ!
アイツを見返してやる!
私がアイツに着いて行ってやるのであって、断じてアイツに面倒を見られているわけではない!
私はそんなことを思いながら、岩陰に身を隠す。
「蛙相手に真っ正面から行く必要はないな」
まだ蛙たちは私の存在に気付いていない。
ならここから触手を召喚すれば、一方的に蹂躙できるってことだ。
私は杖を構える。
「――其が司るは深淵なる混沌」
そして詠唱を開始する。
「其が戯れるは豊穣の理。イドの慟哭、ゲノムの螺旋、満ち足り溢れるは逆月の祝杯」
それは時空を歪め、ダンジョンという異空間の力を呼び寄せる因果律の操作魔法。
「――現し身に堕ちろ」
杖を頭上に掲げた。
「醜悪なる魔触の化身!」
杖の先から発生した液体が、頭上に円形の門を作る。
これは水生成の初級魔法を召喚門の作成に組み込んだ呪文だ。
そしてそこから触手の先端が顔を覗かせた。
「……やっちまえ! 餌だぞー!」
触手が伸びて、蛙へと向かっていく。
蛙はすぐにそれに気付くが、反応する間もなくその腕を、舌を、腹を引きちぎられていく。
「はーははー! 女の子に使うときは大人しくさせるが、全力だせばこんなもんだぜー」
よし、あとは池のほとり辺りにあるであろうヤツらの卵を破壊すれば――。
「……おお?」
途端、世界が歪んだ。
視界が傾いて、ドサッ、という音が近くでする。
すぐに自分の意識が途切れたのだと知って、膝を着いた。
「っぶね、気を失うとこだっ――」
言いかけて気付く。
やば、触手が……!
すぐに顔を上げる。
するとコントロールを失った触手の一本が、こちらに伸びてきていた。
「このっ……! 『掌握』!」
杖を向ける。
触手のコントロールを取り戻すべく魔力を込める。
――が。
「うおおおお!?」
触手の興奮度を制御して何とか四肢切断は免れたが、しかし……これは……まずい!
「やめろっておい! 私なんて嬲っても全然楽しくないから……!」
触手が腕に、太ももにと絡んでくる。
そしてその先端が――。
「……ひんっ!?」
いや自分で触るのとは全然違いますね!?
ていうかヤバい!
いろいろとヤバい!
何がどうとか具体的には言わないが、これ以上は私の尊厳がヤバイことになる!
とにかく早くこの状況を何とかしないと……!
「あぐっ!?」
腕を捻り上げられ、体の自由を奪われる。
私の手を離れた杖がコロン、と地面に転がった。
……あー! 終わったー!
こういうときはどうしたらいいんだ!?
そう、まずは深呼吸……息を整えて、ひっひっふー、ひっひっふー……ってそれはまだ早いってなー!
現実逃避のノリツッコミをしている間に事態はより深刻になる。
私のパンツは脱がされ、すでにそれは秒読みだった。
ああ……さようなら……私の清らかな体……。
――と、全てを諦めたとき。
触手の動きが弱まった。
「――ったあああぁぁぁっ!」
その声は聞き覚えのある男の声。
刃が反射する光が煌めいたかと思うと、私を捕らえていた触手が半ばから切断されていた。
そこに立つ、金髪の男。
思わず私はその名をつぶやいた。
「……ミカ」
触手の力が弱まり、私はその強烈な抱擁から解放される。
そして先端を失った触手はやる気を失ったのか、その根元はゲートから引っ込み消えていった。
あとには引き千切れた蛙の死体と、私とミカの二人が残る。
「……バカ。阿呆。勝手に一人で出歩くな」
ミカの罵倒に、私は何も言い返せない。
私は地面に座り込んだまま、視線を逸らした。
「……生きてる」
「……ボクに言う事は?」
「……すまん」
「他には?」
「……私が未熟者でした」
「それで?」
「……助けていただいてありがとうございました!」
「よろしい」
ミカはクスリと笑うと、私の方に近付いて杖を拾った。
「朝から何をこそこそしているのかと思ったら、一人でモンスター退治とは。そんなにボクが信用ならないのか」
「そうじゃ……ないけど」
少なくともミカは私を裏切ることはないだろう。
ミカはそんな器用なことができるヤツじゃない。
でも……。
ミカは私の顔を見ながら、呆れたようにため息を吐く。
「……なんだ? 自分が役立たずだとでも思ったのか」
「ち、ちげーし! そんなんじゃねーし!」
「安心していい。ボクは結構、お前のことを頼りにしている。ダンジョンに対する知識の深さは買ってるんだ」
そう言ってミカは手を差し出してきた。
……くっそー。なんか負けた気分だ。
「……わかったよ。もう無茶はしない」
「うん、そうしてくれると助かる」
なんだよ。
これじゃあ私が悪者みたいじゃないか。
私はそう思いつつ、ミカの手を取る。
だが足に力が入らず、立つことはできなかった。
「……あ。すまん。腰抜けてるわ。立てねー」
「……やれやれ」
ミカはそう言うと、私の背中に手を回す。
「おわっ!? 何す――!」
「これが一番持ちやすいんだ。黙ってろ」
それは冒険譚で良くある、勇者がお姫様を抱っこする恰好だった。
こ、これは……恥ずかしい!
「やめろって! 普通におぶったりしたらいいだろ!?」
「恨むなら腰を抜かした自分を恨むんだな」
そう言ってミカは私が立てるようになるまで、そんな体勢のまま歩き続けた。
誰かに見られたら死ぬところだったので、街に入る前には立てるようになって良かった。
ちなみに蛙の部位を持ち帰るのは忘れたが、巣はわかっていたので後日確認してもらって報酬はもらえた。
……くそ、今回の借りはいつか絶対返してやる。




