010 敵の敵が味方とは限らない
ダンジョンコアの外殻を破壊する際、それによって放出する魔力がしばらく滞留する。
その魔力はしばしば空間に亀裂が生じさせ、ダンジョンの外へと繋がるワープゲートと呼ばれる門を作った。
そして私なら、放出された魔力の方向性を操作することで、ワープゲートの発生率を100%に引き上げることができるのであった。
ワープゲートを作ったことでまたもや王女とミカの二人に感心されつつも、私たちはそれを使用してダンジョンの外へと出た。
そこから街へと王女を連れ帰り、王宮に送り届けて今。
私たちはギルドへと戻ってきていた。
「……いやー、疲れた」
私は椅子に座り、ギルドの店員に飲み物と食事を注文する。
冒険者ギルドは待ち時間が長くなることが多く、冒険後に食事を欲する者も多い為、この街では酒場も併設されていた。
「ほら、今回のギルドからの報酬だ」
受付に要人救出依頼達成の報告をしに行っていたミカは、金貨袋をテーブルに置く。
その袋は思っていたより大きかった。
「多くね?」
「王女側で色を付けてくれたらしい。それに分け前としては二倍になっているからな」
「……ああ、あの二人の分か」
どうやら彼女たちはまだダンジョンから戻ってきてはいないようだった。
二人協力すれば、抜けられないレベルのダンジョンではないとは思うのだが。
急いで無茶をしたりしなければ、普通に帰ってこれるはずだ。
そんなことを考えると、ミカは私の対面の席に座りつつため息をついた。
「ダンジョンの奥地での殺害や暴行は、未遂であろうと重犯罪だ。そうじゃなかったら裏切りが多発するからな。ギルドには、二人のことは報告しておいた。帰ってきたところで二人は罰せられるだろう」
「そっか。まあどうでもいいや」
おっぱいの大きいパーティメンバーを失って、元女とはいえ男と二人きりのパーティになってしまったのは悲しいが、それはともかくこれでギルドへの借金は返せるはずだ。
万が一にでも私が身売りしなくてはいけないような事態はなくなった。
私は運ばれてきたソーセージの皿を自分の前に引き寄せつつ、その芳ばしい香りを吸い込む。
そんな私の様子に、ミカは苦笑した。
「さすがにパーティメンバーの補充も考えなくちゃダメかな」
「そうか? ダンジョン攻略メインに仕事を受けるなら、二人でも大丈夫だと思うけどなぁ。お前強いし」
そう言いながらソーセージを噛む私に、ミカはいつもよりも少し穏やかな笑みを浮かべる。
「かつてのライバルからお褒めいただき光栄だよ。ボクも少しは強くなったかな」
「知らんけど。それにしても、お前なんで冒険者なんてやってんだ? 一応は貴族の家の生まれなんだろ?」
私の言葉にミカは眉をひそめる。
「言った通り、貧乏貴族だからね。コネもツテもないし、名を挙げるには冒険者にでもなるしかなかったんだ。幸い腕には自信があるし」
「ふーん。お互いやむにやまれず冒険者になったってことか」
「そういうことだな。……お前はこれからどうするんだ? 冒険者を続けるのか?」
「もちろん」
私はそう言って、鶏肉にフォークを突き立てる。
「私にはダンジョンを研究するっていう目的があるからな。それを達成する為には、ダンジョンを保有できるだけの領地や資金が必要だ。せっかく幸先良く王女と仲良くなれたんだし、このコネを生かさないわけにはいかない」
私の言葉に、ミカは目を細めてこちらを睨み付けた。
……あれ? 何か気に障るような言ったか?
ミカがこちらを見据えながら口を開く。
「……まさか、誰かに迷惑をかけるようなダンジョンを作ろうなんて考えているわけじゃないだろうな」
ギクッ!
「お前の前世での悪行を考えると、やはりここで退治しておいた方がいいかもしれないな?」
「い、いや待て、それは早計だ!」
私が前世で何したっていうんだよ!
たしかに前世のミカを触手トラップに陥れたり、おっぱいをさらに大きくしたり、興奮しやすい体にしたり、催眠にかけたり、淫紋刻んだり、いろんな場所を開発したりはしたけれどもさ!
でも処女だけは残したじゃん!
……うん、冷静に考えると殺されても文句言えないな?
今の自分の体に置き換えて考えると、改めて酷いことをしたなとちょっとだけ反省する。
だがそれを認めたらここで締め殺されかねないので、何とか言い訳を考えることにする。
「……いやさ、お前は不思議に思ったことないか?」
「何がだ?」
何がだろう。
えーとえーと、考えろ考えろ……そうだ!
「……ダンジョンだよ」
「……ダンジョン?」
ミカは訝しげな表情を浮かべる。
私はそれに頷いた。
「ああ。だってそうじゃないか。一度現れればモンスターが無尽蔵に湧いてくる。道中にはトラップが発生する。こんなの、人為的に作られたとしか考えられないだろ?」
「それは……たしかにそうだが」
「な? 考えてみればダンジョンの存在そのものが、おかしいんだよ。お前だってモンスターの起源がダンジョンだっていう説ぐらいは知ってるだろ? だから今みたく場当たり的に対処しているだけじゃダメなんだ。ダンジョンは研究する必要があるんだよ」
「ふむ……」
よし、チョロい!
私の出任せの言葉にミカは考え込む様子を見せる。
「……ならダンジョンとはなんだと思う? お前の意見を聞かせろ」
「え!? ええと……それは」
エロトラップダンジョンはロマンだと思うが。
私は少し考えつつも、まっすぐとミカを見つめて口を開いた。
「ダンジョンは……おそらくだが、侵略兵器だ」
「侵略兵器……!?」
ミカが焦ったような表情を浮かべる。
私は大真面目な表情を作りつつ、言葉を続けた。
「あくまでも私の予測だけどな……。そう考えればいろいろと辻褄が合う。別の国からモンスターを転送して、こちらにダメージを与える為の兵器だ」
「なるほど、それならたしかに……」
……まあそう考えるにはちょっとおかしなところもある気がするが、とりあえず今は押し通すことが重要だ。
私は言葉を畳みかける。
「つまり私はこの国の為に、ダンジョンを研究する必要があるんだ。そのためには土地や金、権力が必要だ。……だから平和の為に、協力してくれ!」
私はじっとミカの目を見つめる。
しばらくミカはそれを見つめ返した後、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。その目、嘘はついてないようだな」
チョれ~~~!
こいつ前世のときからそうだったけど、騙されやすいな……。
ちょっと注意しとこ。
私以外に騙されて裏切られたら洒落にならんし。
私が内心そう考えていると、ミカはその右手を差し出してきた。
「ボクも当面は領地や爵位を得ることが目標だ。ゆくゆくは貴族として、この国を変えなくてはいけないとも思っている。……お前の生まれのような境遇を、見過ごすにはいかない。一旦協力することにしよう」
私の生まれは、ほとんど奴隷みたいなもんだ。
表立ってはこの国でも許されないことだが、それでも裏には何千何万と奴隷のような扱いをされている人間がいる。
そういう虐げられる存在がこいつは許せないんだろうな。
私はミカの手を握り返す。
「ああ。――それじゃあ改めて、仲間だな」
私がそう言うと、ミカは首を横に振った。
「いいや、仲間じゃない。ただの、利害関係だ」
それは仲間と何が違うんだよ。
私はそう思いながらも、その言葉は胸にしまっておいた。
さーて。
頼もしい元勇者様と一緒に、改めてダンジョン攻略していきますか。




