001 ダンジョンでの置き去りは犯罪です
エロトラップダンジョンとは、男の浪漫である。
当然、私はそれを人生の目標に掲げた。
危険なダンジョンを廃止し、この世界をエロトラップダンジョンで埋め尽くす。
そんな誰もが望む未来を目指し、生涯を捧げた。
――っていうのに!
『ダンジョンの賢者』とも呼ばれた善良なダンジョン研究家であった私を襲ったのは、その崇高なる目的を理解しない凡百な者たちだった。
愚衆たちは私が研究の果てに得た異端の魔術を『禁呪』と評して迫害した。
そして私を討伐すべく、軍勢を差し向けてきたのだった。
私はエロトラップダンジョンの力で対抗したものの、研究はまだ完成しておらず無念にも命を失った。
そんな経歴を持つ私が今、何をしているかというと……。
* * *
「ちょっと、もう出発したいんだけどまだぁ?」
「は、はい、ただいまっ! 少々お待ちを……」
ダンジョンの奥地で黒髪の女性に声をかけられた私は、慌ててそう答える。
そんな私の喉からは、幼さの残る甲高い声が出ていた。
「……ふぅ、洗濯は重労働だなぁ」
やれやれ、と前世のクセが抜けず肩を回す。
洗濯桶代わりの洞窟のくぼみに張った水面を見下ろす。
するとそこには金髪の美しい少女が映っていた。
――自分で言うのもなんだが、紛う事なき美少女だ。
……そう。
私、ルルイエ・ディーパは美少女に転生してしまったのだ。
私の場合は一般的な物語に存在するような生まれ変わりと違い、成長するに連れて前世の記憶を理解できるようになっていった。
おそらく肉体が発達して、精神が適合したのだろう。
生まれた村では親もおらず、孤児達が集められ奴隷のようにこき使われていた。
どうも女性らしい体付きをしていない為かずっと農奴として扱われていたのだが、さすがに十四も過ぎた頃になると身の危険を感じるようになったので脱走してきた。
あのままあそこにいたら一生を使い潰されていたに違いない。
その後私は街の冒険者ギルドに転がり込むと前世の魔術知識をアピールし、役に立つと信じ込ませることに成功した。
そうして私は冒険者として働くことを約束し、代わりに借金をさせてもらったのだった。
その金で装備を整え、ルルと名乗って冒険者をやっている。
今は何とかDランクのダンジョン攻略パーティへと潜り込み、今回はとある依頼でダンジョン探索へと来たところなのだが……。
「――まあ私は雑用しかやってないんだけど」
私は初級の水魔法を使って、パーティメンバーの服を洗濯していた。
私が生前(であってるか?)に研究していた魔法は、ダンジョンを分析して編み出したオリジナルの召喚術などだ。
その使用には魔石を使った杖などが魔力媒体として必要な為、長い間使用することができないでいた。
しかし借金をして魔法を使う為の準備を整えたものの、なぜか魔法は発動しなかった。
――おそらくは肉体の耐久力不足によるものだろう。
だが金を稼がなくては身売りしなくてはいけなくなる。
そんなことはごめんだ。
だから私は冒険者として成り上がり、エロトラップダンジョンを作り出す為にここにいる……!
「早くしなさい、置いていきますよ!」
後ろから声をかけてきたのは、今度は銀髪の女性だった。
見ればさきほどの黒髪の女性と一緒にこちらを見下していた。
彼女たちは二人とも、私が入れてもらったパーティ『ゴールデンクロウ』のメンバーだ。
『白き聖女アプリカ』と『見えぬ黒翼サリヤ』。
それぞれ回復術士と斥候である。
……私が彼女たちのパーティに入れてもらったのは、話せば長くなる事情がある。
それはギルドから借金をし、装備を調えた直後のこと。
入れるパーティがないか探していたところ、彼女たち二人が前を通りかかったのだった。
「おっぱいでけぇ!!!!!!」
私は気が付けば彼女たちにパーティに入れてもらえないかと頼み込んでいた。
そうして私は今、ここにいるのである。
当初は魔導師として入った私ではあるが、戦闘で使い物にならないと見るや二人は私を雑用扱いするようになっていた。
しかもそれだけではなく――。
「あ、あれ?」
洗濯物の周囲を見回す。
するとその様子を見て、二人はクスクスと笑った。
「何か探してるんですか?」
「もしかしてこれ?」
黒翼のサリヤが、指先に引っかけるようにして白い布を回していた。
「あ、私のパンツ……!」
どうやらサリヤはそれをこっそりと盗んでいたようだった。
手癖が悪い奴……。
私がそう言って彼女に近付くと、黒翼のサリヤの手からパンツが飛んでいく。
「あら、ごめんなさーい♪」
「ほらパンツなんて履いてる暇があったら、早く進む準備をしなさい。ここはもうダンジョンなのよ」
そう言って二人は笑いながらその場を後にした。
うう、さっきモンスターの返り血をしこたま浴びたから、パーティメンバー全員分の洗濯したっていうのに……。
私は地面に落ちたパンツを拾いつつ、乾燥の準備を始める。
……まぁ、いいか。
パンツなくても死にゃしないし!
スカートはいてるから大丈夫だろー!
私はそう開き直って、乾燥用の風呪文をかける。
するとそんな私の様子を見つめる視線と目が合った。
「……あ、ども……ッス……」
私と目が合ったのは『ゴールデンクロウ』のリーダー、『不死身のミカ』だ。
彼は身長が高く金髪碧眼で、顔がいい男だった。
さぞかしモテるようで、実際パーティのあのおっぱいねーちゃんたち二人はいつも彼の後をついて回っていた。
……畜生、正直言って羨ましい!
なんでわたしはこんなちんちくりんな女に生まれてしまったんだ! 美少女だけど!
さてそんないつもモテモテな彼だが、どうやら私のことをよく思っていないらしい。
このパーティに入ってからというもの、一言も口を利いたことはなかった。
いつも遠くからこちらを見つめており、その冷たい目で見下ろしてくるのだ。
……誓ってもいい。
あの目には人間を見るような感情がこもっていない。
私のことをそこらの犬やゴブリンどころか、穢らわしいゴミぐらいに思っている目だ。
今も私が挨拶をすると、ため息をついて彼はその場を後にしていった。
……うう、あいつ苦手だなぁ。
おっと、早く準備しないといよいよ置いて行かれるかもしれない。
私は急いで準備をして、三人のパーティメンバーの後を追うのだった。
* * *
「……へ? 解雇?」
ダンジョンの最奥の手前。
二人のおっぱいに呼び出されて行ったその先で、私は突然パーティからの解雇を言い渡された。
「そう、解雇。あんた役に立たないし」
そう言ったのは黒翼のサリヤだ。
黒髪とおっぱいを揺らしながら彼女は笑う。
「だからここでバイバイ。わかる?」
「い……いやいや、冗談キツいですよ」
私はヘラヘラと笑みを浮かべながら、手を振って見せた。
「だってここダンジョンの奥地ですよ? 置いて行かれたら私、死んじゃいますって……」
私の言葉にサリヤは眉間にしわを寄せる。
「そんなことこっちの知ったことじゃないの」
「……もう三回目ですからね、あなたを連れてのダンジョン探索は」
続けて聖女アプリカが口を開いた。
「その間にあなたの実力はよーくわかりました。あなたは連れて来ても意味のない、ザコだってことが」
「う……」
彼女の言葉に反論できない。
多少の明かりを灯す呪文や水を生む呪文を使えたところで、それはこのパーティに必要ないものだった。
アプリカが笑う。
「大方ミカ様に憧れて入ったんでしょうけど、実力が伴っていませんわ」
「ええ、だからここで死んだ方があなたの為ってこと」
そう言ってサリヤはボウガンを構えた。
「ひえっ……! う、嘘ですよね……!?」
――殺される……!?
そんな……私のエロトラップダンジョンを作る夢が……!
「さようなら、おチビさん」
そう言って矢が発射された――。
「……あれ?」
私は思わず目を閉じてしまっていたが、衝撃はいつまでたっても来なかった。
恐る恐る目を開けると、そこには大きな影が出来ていた。
その姿を見上げる。
「あ、あんた……」
そこにいたのは、肩からボウガンの矢を生やし、そこから血を流している金髪の男だった。
「……見損なったぞ、二人とも」
彼は私を庇いつつ、後ろの二人に向かって声を放った。
「――恥を知れ!」
ダンジョンの中、剣士ミカの声が響き渡った。
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