めしうま
大学三年ともなると粗方の単位も取り終わり時間に余裕が出来る。
研究室での課題やら何やらはあれど、やれる事もやれる時間も一番ある時期じゃないだろうか。
その時間はバイトやら資格を取る為の勉強やらをしてダラダラ過ごしたりはしていない。
してはいないのだが、寝る時間は不規則、家事は後回しとだらしが無いのは否定出来ない。
今日は昼前に目覚めてスマホを確認。
下らないニュースだの天気だのの通知の他に、地元の親友と言っても良いだろう。
仲の良い友人からメッセージが一通。
『やべぇ。今からそっち行く』
???……訳がわからない。
まぁ特別出掛けなきゃならん用事もないし、断る理由がない。
『別に良いけど、飯がないから何か食い物買ってきてくれ』
この友人、石橋悠太は家が近い事もあって長い付き合いだ。
ひょろっとしていてどちらかと言うとインドアな悠太に対して、俺は外で遊ぶのが好きだったのだが
たまに悠太が薦めてくる漫画や小説、ゲームなんかは俺の趣味にがっちり合う物ばかりだった。
何と表現すべきか、人が欲する物を察知する能力が高い、とでも言うのだろうか。
何だかんだとウマが合い、いつも一緒に居るわけではないけど、心を許せる友人だった。
友人が来るって事で散らかりきった部屋を軽く片付け、シャワーを浴びる。
シャワーから出たら日課になりつつある資格試験の勉強をしつつウィスキーの水割りを腹に流し込む。
酒を飲みながら勉強をするとか効率は悪そうだが、身に付いてはいるから問題はないだろう、多分。
なお、ビールも好きだが勉強をしながらちびちびやるには向かない。
勉強に集中して日も落ちてくる頃になっても、悠太からは音沙汰がなかった。
地元からここまで、ゆっくり歩いても途中でコンビニに寄ったりしても、普通ならとっくに着いている頃だ。
何度か来ているし住所も知っていてナビがあるから迷う事もないだろう。
あと、酒のツマミにちょっと菓子を食っただけだから空腹も限界だ。
まだ時間が掛かりそうなら自分で食い物を調達せねばなるまい。
『おーい、大丈夫か?なんかあったか?』
『悪い、着いたわ』
……ピンポーン
ややあってあいつから返信があり、直後にインターホンが鳴った。
また、えらいタイミングの良い事で。
ドアを開けるとダボダボのジャージに野球帽を目深に被った不審者が、両手に買い物袋を下げて立っていた。
「……おぅ悠太、今日はどうした?随分奇抜な格好だな」
「ジロー……」
「声が変だけど調子悪いのか?」
なお、ジローは俺の渾名の事だ。俺は次男なのに名前は一郎。
意味が分からない。大昔かよ。
で、それが何やらツボにハマったらしい悠太が付けた渾名がジローって訳だ。
「……?取り敢えず上がれよ」
「あ、あぁ」
靴を脱いで玄関から上がった悠太は……。
「なぁ……お前、なんか小さくねぇか……?」
悠太は俺の言葉にびくりと反応する。
よくよく見れば履いていた靴は足のサイズと全然違う。
何か後ろめたい事がある時に、左腕を右手で抑え、爪先に視線を彷徨わせる癖は間違いなく悠太だ。
最後に見たのは悠太にノートを貸した時、涎で何ページかダメにした時だったか。
なんて、ただならぬ気配を紛らませる為か、どうでも良い事が頭をよぎった。
暫く沈黙していた悠太が徐に帽子を取った。
ばさりと音を立てて髪がこぼれ落ちる。
無茶苦茶に結ばれているから正確な長さは分からないが、腰くらいまではありそうだ。
最後に会ったのは先月、二ヶ月は経っていない筈だ。
男にしちゃ髪は長めだったが流石にここまでは長くならないだろう。
顔は……まぁ端的に言えば整った可愛らしい顔立ちだと言えるだろう。
悠太とは似ても似つかない。
「おいおい……」
「ごめ、ごめんなさ」
「悠太、お前、全身整形でもしてきたのか……?」
「い……は?」
ぽかーんと口を開けて間抜け面を晒す悠太。
あぁ、俺も動転して随分間抜けな事を言った自覚はあるさ、畜生。
「全身……整、形……?ふ、ふふ、あはははは!!
全身整形って!!全身整形ってなんだよ!?それでこんな変わらないだろ!!」
「うるせぇ、じゃあ何でそんな事になってんだよ!?」
「あは、あははは!やっべぇ、おっかしーの、はははは!」
おい、笑い過ぎだろ。意味わかんねぇ、誰か状況説明はよ。
「あは、はは、は……は、ぐすっ、ふぇ、えええぇぇぇ!じろぉぉぉぉ!!」
「は!?ちょ、おま」
大爆笑したと思ったら号泣し始めたぞ。情緒不安定過ぎるだろ。
しかもとんでもない勢いでタックルかましてきやがった。
何とか受け止めたけど、悠太が元の大きさなら転倒していたかもしれん。
落ち着くまで待ち、宥めすかして話を聞いたところによると、朝起きたら女になってたとか何とか。
で、動転して家から抜け出し、俺のとこまで来たらしい。
見た目が全く別物になっていたら家族に見つかるのが怖くなる気持ちは分かるが。
「ほんとは、ちょっと前に着いてたんだけど……インターホンを押すのが怖くなって」
「ずっと家の前に居たのか?」
さっきの号泣といい、ご近所さんにどう思われているのやら……。
「でも、何で僕が悠太だって、信じてくれたんだ?」
「んー、いや、悠太本人からメッセージ来てたし、話し方や癖も悠太だったしなぁ……」
「そっか、うん、そっか」
まぁ正直意味不明だし、半信半疑なんだが……。
さっきまでの態度が全て演技なのだとしたら超一流もいいところだ。
「あ、やべぇ」
「ど、どうした?」
「いや、俺さ、目が覚めてから酒のツマミしか食ってねぇ……」
緊張が解けて一気に腹が減ってきた。
腹が減り過ぎて逆に気持ち悪いくらいかもしれん。
「あ、そっか、ごめん」
「気にしなくていいけど、弁当買ってきてくれたんだろ。
貰っていいか?」
「う、うん、だから、ごめん。食材しか買ってないんだ」
「……マジかよ……」
食材ってお前、すぐ食べられないじゃないか。
つか、料理なんて出来ねぇわ。
「ちょ、ちょっと待ってて、すぐ食べられる物作るから」
悠太はそう言うとぱたぱたと慌ててキッチンへ向かった。
5分程して、悠太が肉を皿に乗せて戻ってきた。
「これからちゃんとしたの作るから、これ食べてて」
「おぉ……さんきゅー」
うま、この肉うま。
普通の鶏肉に見えるのに良い具合に塩胡椒が効いている。
小腹が満たされて人心地がついた。
悠太はキッチンでくるくると目まぐるしく動きながら料理をしている。
あの狭いスペースで良くもまぁ料理が出来るもんだ。
俺が一人暮らしの最初の頃に料理という物にチャレンジした時は、狭くて不便な上に不味い飯が出来上がり
後片付けもクソ面倒臭いというコンボを食らい料理は断念したのだ。
使う人間が違えばちゃんと使えるスペースだったのだと感心してしまう。
……つか、料理出来たのか、あいつ。
「お待たせ。あまり品数は用意出来なかったんだけど、材料はまだあるから」
と悠太は言うが、ご飯、味噌汁、肉、サラダ……欲しい物は一通り揃っているように見える。
「やべぇ、味噌汁とかすげぇ久し振りに見たかもしれん」
「味噌汁を見るって……そう言えば前遊びに来た時は出前とかコンビニ弁当ばっかだったっけ……」
いただきます、と手を合わせて箸を付ける。
「は?やべぇ。うめぇ、なんだこれ」
「あはは、喜んで貰えて何よりだよ」
飯にがっつく俺を、悠太は苦笑しながら見ていた。
しかし美味い。
いや、もちろん一流のプロの料理人の方が美味い飯を作るだろう。
そう言うのじゃなく、しっくり来るのだ。
俺が一番好みの味だとでも言えば良いだろうか。
「くっそ、なんだこれ。うめぇ。悔しい、くっそ」
「はは、なんか、褒められてる様な、そうじゃない様な」
「いや、褒めてる。マジで美味い。毎日でも食いたい」
「え?」
ん……?悠太の言葉が止まったと思ったら、呆気に取られた様な表情をしている。
心なしか顔が赤いような。
「その、毎日食べたいなら、暫く作ってあげようか?」
「マジか!?」
「あ、あぁ、まだ両親に話をする勇気もなくて。
少しの間置いて欲しいし……」
「おぉ、いつまででも居てくれ!……ってのはマズイだろうが。
まぁ落ち着くまではゆっくりしてくれよ」
「う、うん、じゃあお言葉に甘えようかな」
俺は一つ見落としていたんだ。あまりにも悠太が普通にしているから。
見た目が可愛い女の子で、料理上手で、そんなのと一つの布団でいてみろ。
俺はあっという間にあいつに惚れ込み……。
悠太が実家に説明に行く時、一緒に帰り、息子改め娘さんを下さいと言う事になった俺が悠太より緊張していたなんて、説明するまでもないだろう?