第八十六話 それで安寧の日々が手に入るなら
「......分かりました。はい」
加羅忍が重苦しい表情で受話器を置くところを見てしまった。
あまりいい知らせではないのか、俺と目が合っても愛想笑いするのが精いっぱいらしい。
俺の首筋にはキスマークが大量にあるというのに。
「夏鈴が呼んでたぞ」
「......はい」
関わらないが吉だ。まだ一般庶民のスケールならなんとでもなるが加羅忍家のスケールは俺の手に負えない。
「なにがあったか聞かないんですか?」
「ああ。面倒事なのは確実だろうし、俺が出来ることなんてなにもないからな」
「助けてください」
「さっき言っただろ、俺に出来ることなんてなにもない」
「両親と面識がある間宮さんなら」
「無理だ」
話し相手が両親ならもっと俺の出る幕はない。
これ以上人様の家庭に口出しをするものじゃない。
「このままじゃ私、海外に転校になるんです......」
「行けばいいだろ」
「嫌です!私は!日本に残って皆さんと過ごすんです!折角出来たお友達なの......」
加羅忍が声を荒らげるなんて初めてかもしれない。どんなに煽っても笑って煽り返してくるのに。
今だけは子供のように声を荒らげている。その目には涙がうっすらと浮かんでいる。
「そう親に言えばいいだろ。俺に言うな」
「私の言い分なんて聞いてもらえません」
加羅忍家がどういう方針にしているか知らないが、俺になにが出来るというのだ。
友達が必要なら、男の俺じゃなく女の十六夜達がやればいい。
その方が同性の友達がいて安心と思わせられる。効果で言えば俺よりあるはずだ。
「もし助けてくれたら金輪際、加羅忍真尋は間宮さんに逆らいません」
「よし、やろう」
そういうことなら話は別だ。策略家が消えた軍勢に恐れることなんてなにもない。
勝ち確定演出からの高難度クエストだ。
だが勝たなければならない。将来の安寧のために。
加羅忍の部屋に行き、作戦を練ることに。相手は世界を飛び回り国内でもトップの事業の大きさを誇る。
やろうと思えば、ただの学生の俺の人生を壊すことだって可能だ。
「怖くないですか?」
「怖いな。だが今目の前にその縮小版がいるわけだし、今この期を逃したらこの先ずっと心理戦しなきゃいけないと考えると楽勝な気がしてな」
約半年間、加羅忍真尋と一緒に居れば多少なり使う手というのは限られる。
例え親としても立ち回り次第でいくらでも勝ち目はある。
「話合いで解決しようとしているなら無理だと思いますよ」
「なぜ」
「私に一度も言い合いで勝ったことないのにお母様とお父様に敵うと思ってるんですか?」
「うぐ......それはそうか」
「はい。ですので、相手の言い分を聞く前に決めてください」
「決めるって言ってもな......話が噛み合わないなんてこともあり得るからな」
「噛み合わなくてもいいです。間宮さんが伝えたいことを伝えればいいです」
「『自分の娘の教育をしっかりしろ』としか言うことがないんだが」
ちゃんと自分で育てないから性格が螺旋の如くひねくれるんだ。
ちゃんと親の愛を受けていれば......マシになっただろうに。
「ちゃんと私は私ですよ?他の誰でもありません。それに、間宮さんの言葉をそのまま使うと「なら手元に置く」となるだけですよ?」
「ならなんて言えばいい」
「『真尋は俺が守るから気にするな』と言えば間宮さんがなにを言いたいのかは伝わるかと」
「もっと無難なのないか」
「最初が肝心です。そこで弱いと言いくるめられます。確固たる意志を見せつけるべきです」
確固たる意志ってのは分かるが、加羅忍の言い方だと『娘さんを僕にください』という告白とほぼ一緒なんだが......まあ、でもそれで安寧の日々が手に入るなら安い。
「恥も外聞も捨てよう。安寧の日々のためだ」
「間宮さんならそう言ってくれると信じていました。ご迷惑をおかけします」
何度でも言おう、それで安寧の日々が手に入るなら安いものだ。




