第八十話 冬、水族館、寒い
冬に入り始めた十月のある日、俺は駅舎にいた。
赤い門を基調とされたその門は一番の待ち合わせスポットになる。
右を見れば海が風を冷やしていた。
「寒い」
「デート初の言葉がマイナスかよ!」
「そもそもこのデート自体がマイナスだからな。当たり前だ」
「なら、この服褒めろ」
「カッコイイ」
「適当だなおい!もっとあんだろ!」
夏鈴が着てるのは黒のパンツに中白の黒ジャケットという海外のモデルが着てそうな服。
だから別にカッコイイという表現が間違っているわけじゃない。まあ、面倒だから適当に言ったけど。
「似合ってると思うぞ」
ただ男の俺よりカッコ良くなるのだけはやめて欲しい。割とマジで立場ないから。
デートの時に男からカッコよさをとったらなにが残るのか。可愛さか?特段可愛くもない男のぶりっこがそんなに見たいのか。
「ほら、行こうぜ!折角のデートだし」
「進行は任せる」
「は?リードしろよ男だろ!」
デート初心者の俺になんという難題を……ま、いいか。俺の匙加減で。
「行くぞ。寒い」
海辺に建つ水族館は地元から電車で一時間のところにある。
遠いというわけじゃないが、もう女子と電車には乗らないと誓った。
「寒いなら温めようか?」
「いんやいい。ポケットに突っ込んどけばなんとかなるから」
夏鈴の背を向けるのは失敗だったかもしれない。
後ろからの怒気が強まっていつ刺されるか分からなくて怖い。
「こうしろって意味だよ!」
腕を引っ張られ手を強引に繋がれた。
「手ぐらいいだろ?」
「分かったからそのギャップやめろ」
冷たい風と相まって風邪引きそうだから。
「これでいいか?」
夏鈴の手をギュッと握り返せば応えるようにギュっと握り返してきて顔を赤く染めた。
「ああ」
水族館に行くとここでも試練が。
「普通に入るのでいいよな」
「カップルで入ろうぜ」
「いやいや、詐欺だから。カップルは詐欺だから」
「よし、これ持て」
「えぇ、人の話聞かないじゃん」
「カップルに定義なんてないんだよ!気にすんな!」
そういう豪快さがあれば俺も学校生活を謳歌出来たんだろうか。少なくとも女子達の意味不明行動を恐れることはなかっただろう。
水族館の中に入ると休日ということもあり人が多かった。
「人多いな」
「はぐれるなよ。面倒だから」
「ならもっとくっつかなきゃな」
嬉しそうに俺の腕を折ろうとする夏鈴はとても嬉しそう。
どうかこの水族館を抜けるまでに俺の腕が無事でありますように。
この水族館は入ってすぐに広く吹き抜けがあり大水槽がある。その中には大小様々な魚が泳いでいる。
上から光が注ぐためかなり光って見える。
「久しぶりに来たが結構迫力あるな」
「だろ!一回恋人と来たかったんだよなー!」
「本物じゃないのに」
「そういうこと言うなよな!今日はおれの彼氏なんだから!」
「分かったよ。今日『だけ』な」
「いじわるー」
当然だ。
だが夏鈴ならと心の中で思ったのも事実だ。家庭的であり活発で明るい。そんな夏鈴の性格に惹かれる男子はいるだろう。
さらに、言動は荒っぽいが思考は乙女という矛盾を有しているとなればガチ恋勢が出てきてもおかしくない。
なにも恐れぬ勇者よ。十塚夏鈴の乙女心を奪うのは君だ。
「狼斗が最後に水族館に来たのっていつだ?」
「んー。小学校以来じゃないか?中学二年の時には颯太が生まれてあまり外出しなくなったし」
「あーそれはおれんとこも一緒だわ」
「まぁ、別にだからといって不満に思ってるわけじゃないが」
「だよなー。弟達は手、かかるけど可愛いよな」
「そこの意見は一致だな」
「おう!」
お互いに幼い妹、弟がいる同士。積もる話もある。
「まだ読み書きとか出来ないのに手紙とか書かれると泣くわ。軽く号泣出来る」
「それ分かるな〜。象形文字みたいになっても『ありがとう』だけなぜか読めるんだよな」
「本当に泣く」
ん?これがデートでする会話でいいのか?完全に子持ちの高校生みたいな話になったけど。
「お、この魚って食えるんだぜ」
「夏鈴って水族館行った後に寿司食えるよな絶対」
「ん。当たり前だろ。別にここの魚食ってるわけじゃないし」
「そりゃそうなんだがな」
世の中には水族館行ってその足で寿司屋に行けない心優しいクソ女がいるんだよ。
可愛いのは魚じゃなくて可愛い〜って言ってる自分だろうに。自惚れるな。
「お、イルカだぜ!見にいこ!」
この力、本気で引っ張られたらそのまま引きずられるな。
今みたいに。




