第七十九話 強制ヤンデレアイテム『包丁』
広い台所に水が流れる音とカチャカチャといった食器がぶつかる音だけが響いた。
軽率に手伝うと言った俺は俺自身を呪った。
なぜ女子と気軽に話せると思ったのか、なぜ相手から会話が来ると思ったのか。
半年一緒に居た弊害か。
「手、震えてるぞ」
「まだ緊張してるんだよ。渡す時はしっかりな。拭いてる途中に落としそうだ」
「立場逆だと思うけどな」
俺は男子高校生で夏鈴はヤンキーJKだ。
今となっては恐怖どころか緊張もしないが、出会った当初は冷や汗出まくりだった。
だが今は立場が逆転している。
「おれさ、出会った当初はお前を好きになるなって思わなかったんだぜ?」
「そうかよ。そのまま好きにならなきゃ良かったのにな」
「でも無茶じゃね?あんだけ面倒見良くてさなんだかんだ言いながら付き合ってくれんのお前だけだぜ。しかも下心はないってならそらもう。惚れまくりよ」
「下心がない?そんな男いないだろ。俺も持ってたぞ」
「今なら許せる」
遅かったか。もっと変態チックに夏鈴達の水着とか浴衣を見ておくべきだった。
そうすればこんな状況にはならなかっただろうに。
「今回だって、断ろうと思えば断れただろ?」
「加羅忍が理由もない俺を見逃すと思うか?それに、俺は夏鈴の好意に嘘ついたんだぞ」
「嘘に関してはイラついた。殴ろうかと思ったけどそれで嫌われても嫌だし、なんでも一つ言うこと聞くって言うから許した」
「なんでもじゃないけどまあ、これで全員分だと思ってる」
そう考えたら一回の地獄で複数の地獄を回避出来るんだったら全然安い。超お得。
「は?」
「その包丁を今すぐにしまって欲しい」
「まさこれで全員分チャラになるとは思ってなよな」
「考えを改めました」
「おう。んで、おれにはなにしてくれんの?」
「それはもう。お好きなように」
「なら今度デートしてくれよ。デート」
「どこに」
「王道の遊園地とかどうよ。狼斗さえ良ければ水族館近くのさ」
そんな頬を赤らめないで欲しい。
さっきまで闇堕ちしかけてた夏鈴はどこに行ったのか。今は完全に恋する乙女だ。
「遊園地デートかぁ……あまり気乗りはしないな」
「は?」
「ごめんて」
事あるごとに包丁を振りかざすのだけはやめて。勢い余って刺されそう。
刺されるならちゃんと、数行の改行のあとに「さよなら」っていう察せる文が欲しい。
そのメールが届いたら俺は夏鈴達によってズタズタに引き裂かれるだろう。
「分かった。日はまた今度決めよう。そろそろ包み終わってる頃だろうし」
「やった!戻ろうぜー!」
上機嫌となった夏鈴と共に作業場へ戻ると不揃いの餃子がトレイに乗せられていた。
餃子を見るだけで誰が作ったのか分かる不思議。
俺が分かるなら料理上手な夏鈴が分かってもおかしくはないだろう。
「いいんちょータネすくねーよ。もっと詰めろ。美咲は欲張りすぎ。真尋は……綺麗すぎて気持ち悪い」
「性格出てんな」
「な、楽しいだろ?」
あくまでこれは副産物だ。皆で作ったことが一番の楽しみだろう。
あとは焼き上げるだけ。俺は邪魔なため颯太の元へ。するとどうだろう。
颯太の後に兎がやってきたじゃないか。兎は食べられるってテレビで見た。
「近寄ってくるな暑苦しい」
「間宮っていい匂い。颯太くんは柔らかい匂いなおに間宮になると硬い匂いになるよね」
匂いって固形だっけ?あれ?
「意味分からんから」
「時雨ちゃんは少し大人の匂いしてたし」
「まだ根に持ってやがるのか」
「うん。わたしがお願いすること楽しみにしててね?」
「それまでになんとか俺の存在を忘れてくれ」
超絶イケメンさん。どうか十六夜美咲の恋心を奪って俺のことなんかアウトオブ眼中にしてくれ。頼む。
「いつの予定だ?」
「言わないよ?だってアルバイト入れられたら困るし。予定がない日にするから」
無休で働こう。時雨というスパイがいるこの場では俺の行動はこれしかない。
学校時間外と高校生が働ける夜十時までは働こう。高校卒業後に数年ニートになろう。それくらい貯めるくらいの気持ちでやろう。
「楽しみにしててね?」
「労働基準法の馬鹿野郎」




