第七十五話 トラウマに感謝する日
十六夜のベタベタから拘束され、家に帰った。
空からは大量の雨が降り、まるで俺の心の中みたいだった。
疲れという名の雨がずっと降り続けている。
親が帰ってくるのはもう少し後。家には俺一人。
だから家のチャイムが鳴ると俺が対応するしかないんだ。
「はーい」
玄関を開けるとびしょ濡れの時雨が少し上目遣いでこちらを見ていた。
「ごめん……なさい。家の鍵を忘れちゃって……」
「入れ。んで、風呂も入れ」
夏より冬が近いこの時期に水浴びは自殺行為だ。
確実に風邪ひく。馬鹿以外。
「でも服が……それに」
「俺ので良ければ貸す。文句、注文は一切受け付けない」
時雨の腕を引き家に入れるとそのまま洗面所へと放り込んだ。
「世話が焼ける」
普段は問答無用で踏み込んでくるくせに自分の事となると尻込みをする。
時雨の悪い癖だ。
部屋で少しスマホをいじっているとぶかぶかTシャツと半ズボンを着た時雨が俺の部屋に来た。
分かってはいた事だがあまり視界に入れたくはない。
「あ、ありがとう……」
「照れるなよ。いつもはもっと踏み込むくせに」
「えっと……あうぅ」
「しばらくゆっくりしてろ。親はいつ帰ってくる?」
「明日……」
「は?」
「多分今日夜勤で二人とも遅い」
「マジかよ……」
この状態の時雨と一晩一緒ということか?
いや、今から加羅忍に相談すれば……やめよう。これ以上借りを作るわけにはいかない。
「なにもしないなら俺はいい」
「なにもとは?」
「とぼけるな。お前が一番わかってんだろうが。分からないとか言ったらそのまま外に放り出す」
外で喚こうがなにしようが絶対に玄関は開けない。
「わかった」
時雨は少し不貞腐れたように言った。言質はとった。
「狼斗さんはお風呂入らないんですか?」
「颯太と入るんだ。そういう決まりでな」
三歳の颯太を一人で風呂に入れるわけにもいかないしな。
俺だって五歳からだし。
「いつ頃帰って来るんですか?」
「もうすぐじゃないか?なにを気にしてんだよ」
「いえ、その……今下着全部つけてないので……二人きりは恥ずかしいです」
「全部?」
「ブラもショーツも……」
時雨は二人きりじゃなきゃ聞こえないような声で言ってくれた。
通りで時雨の緊張が取れないと思った。
リラックス出来るわけないよな。服の下は全裸なんだから。
ん?待てよ?ブラだと思っていたあの服の出っ張りは……やめよう。これ以上はなしだ。
「そうか。別に興奮はしないぞ?」
「そうであってください」
「良かったな。俺が女子恐怖症なるものを持ってて」
「いえ、襲われたら襲われたで既成事実が出来るのでいいんですけど」
「マジで良かった」
人生で生きててトラウマに感謝する日が来るとは思わなかったぜ。
と言っても興奮しなければいいだけの話。幸運なことに時雨は恥ずかしがってクッションを抱きしめ座るだけだし、俺が向かわなければR18展開にはならない。
と思っていたけどもそれはもう遠い昔の話ですねと。
「なんで近寄って来るんだよ!羞恥はないのか!」
「あ、あります!でも!負けたくないんです!」
「時雨には他にいい所がある!それは強硬策だろうが!落ち着けよ!」
時雨は立ち上がると俺のベットへとダイブ。十六夜の時に学習して置いて良かった。
ベットから回避したが狭い部屋の中を一定の距離を保っていた。
「私のいい所ってなんですか?」
「切り替えが早いとか、優しいとか真面目とか」
「……可愛くないですか?」
「めっちゃ可愛い」
「彼女にしたいと思いませんか?」
「……」
「……」
「近寄るんじゃねぇ!」
「なんで無言なんですか!」
「即決しろってか!俺に!」
威嚇する猫のように「ふーっ!ふーっ!」と言い続ける時雨。
まだ敬語は抜けないが緊張が解けてきたのか動きが出て来る。
ここでさっきの復習だ。
天月時雨は雨に濡れた。風呂に入った。俺のぶかぶかの服を着ている。ここまでは多分大丈夫だろう。
そしてここが一番重要なポイント。天月時雨は下着類を一切身につけていないと言った。
つまり、時雨が動くたびに揺れる。とにかく揺れた。
「ふーっ!しゃーあ!しゃーあ!」
「しゃーあ!じゃねぇよ!座れ!」
「にいに?」
「おお、帰ったのか。危ないからお母さんとこ行っててくれ」
「だめ!いやなことだめ!」
「嫌なことされてるのは俺じゃな……しまっ!」
颯太に視線を移したが最後、猫が俺目掛けて飛び上がってきた。
俺が反射神経の鬼であれば良かったんだが生憎俺は普通の高校生だ。
「にゃー」
「人間に戻れ。さもなくば追い出す」
この猫と一夜を共にしろと言うのか……布団でぐるぐる巻きにするか押し入れで寝てもらうか。
そこは流石に選ばせてあげよう。




