第六十五話 好きという難しい表現
次に夏鈴が目を覚ましたのは二時間後だった。
日がいい感じに傾き空は薄らと赤みがかってきた。
「おはよ」
「よく寝れたか」
「ああ。お陰様でな」
夏鈴は伸びをした腕を下げると自分にかかっている上着に気付いたらしい。
ほんのりと頬を染め尖った八重歯を見せながら笑った。
「ありがとな」
「俺が夏鈴のこと置いて帰るとは思わなかったのか?」
「そんなことすんのか?」
「例えばの話だ」
「思わなかったぜ?もしそうなら元から来ないだろ」
「よく分かってんな」
「だろ?」
夏鈴は身軽の上半身を起こすと俺に密着するように肩を寄せてきた。
元々広くはないレジャーシートの上で肩を寄せ合うことになった。
性格は男らしいのに髪から香る匂いはしっかりと女性のもの。キツイ花や甘い匂いではなく優しくふんわりとした香りだった。
「なんだよ。おれ、そんなに臭うか?」
「いや、いい匂いだなと思っただけだ」
「これでも女子だからな。気を使うんだよ」
「なんか意外」
「クソ失礼だなおい。なんならお前の反応でおれが女か試してやろうか」
「十分出てるから。見ろこの鳥肌」
袖を捲ると情けないほどの鳥肌が立っていた。
いくら男勝りの女子と言えども実際は女子。しかも夏鈴の場合はその性格や服装から想像もつかないほどに胸がある。
だからこうして密着をされると嫌でも胸が押しつけられその存在感を分からせられる。
「普段そんなの胸ないだろ」
「お前が!女子苦手っていうから競技用のスポブラ付けて押さえつけてんだよ!」
「え、あ、そうだったのか」
通りで胸がないと思った。
まあ、ブラジャーなんて見たことないし見たいとも思わないから分からなくて当然だと俺は主張したい。
十六夜とかになら見せてと頼めば見せてくれそう。その後の代償が重すぎて潰れるだろうから言わないけど。
「ほら見ろ!今日は普通のブラだけどよ!」
「馬鹿。外で見せようとするな」
「家でならいいのかよ」
「訂正する。家族以外に見せようとするな」
ブラジャーなんて誰彼構わず見せていいもんじゃない。
「別に減るもんじゃないしいいだろ」
「お前らは貞操観念が低すぎる。もっと自分を大切にして」
「おれ達だってそんな誰でもいいわけじゃないぜ?お互いを知ってるから許せることもあるわけだしな」
「じゃあ聞くが、俺の魅力ってなんだ。なにが夏鈴達をそこまで動かす材料になる」
クラスが一緒だから同じような過去、状況にあるからと言ってそう簡単には人は心を開かない。
相手の過去の傷を聞き、更に自殺未遂や登校拒否などのアクションを起こしたと聞いたとしても怪しい所がある。
「自信持って言えるのすごいな」
「自信がないから聞いてんだよ。自己評価はそんな人に好かれるような態度でも性格でもないってのが俺自身の評価。女子への接し方なら佐藤の方が断然上手いだろうよ」
「んー。優しいしツンデレだし可愛いし頭の回転凄い。狼斗は十分カッコいいと思う」
「そいつはどーも。かなり評価が高いようで」
「ああ。だから何かに誘われたり一緒に居たいって思われてもおかしくないんだ」
俺に優しい一面があったか?なんだかんだ言いながら付き合っているのは加羅忍とかいう女狐が退路を塞いだ挙句逃げ道も尽く潰していくため結局『やる』という一本道しかなくなるだけであって俺の意思じゃない。
「細けぇこと気にすんなって!誰かに好かれるなら少なくとも一つは良い所として見られてるってことなんだからよ!」
肩をバシバシと叩かれ痛い。
「おれだって!狼斗のこと好きだぜ!」
「それはLikeの好きだろうが」
十六夜と時雨から寄せられる『好き』は『love』の好きだから困ってんだよ。
Likeならそのまま放置でもいいのにloveはちゃんと答えなきゃいけないというクソみたいな常識がこの世界にはある。
答える先が一人ならいいのにそれが二人もいるし断った所でそう簡単には諦めてくれそうにない。
それで「じゃ、バイバイ」と言われ愛想を尽かされた方が俺としては楽なんだが、そうなる未来は一向に見えてこない。
十六夜達と知り合ってから半年経つんだからもうそろそろ見えてもいい未来ではあるんだが。
「お前、おれの好きが軽いとか言いやがったか?」
「軽いとは言わないが意味合いが……」
俺はその先の言葉を言うことが出来なかった。
頭を強引に引き寄せられ俺の口を柔らかいものが塞いだ。
驚きのあまり瞬きを忘れ、目を伏せた夏鈴の顔が目の前にある。
秋の冷たい風に乗ってほんのりと優しい匂いが鼻をつく。
口からやらかさが消えると名残惜しそうに夏鈴の唇が潤んでいた。
「これで分かったろ」
「意味不明ということがな」
「おれだって、なにも思わないわけじゃない。好きでもない男にキスなんて……しねーんだよ」
だから意味不明だって言ってんだ。そんな素振りはこの半年の間で見せなかっただろうに。
今、俺の目の前には空と同じ色の頬をした美少女が鋭い目つきで俺を睨んでいた。




