第六十一話 肝が冷えすぎて氷点下に達する
「真島はしてないって言うし天月はしたって言うし……どうなんだ?」
「皆!あてぃしそんなことしてないよね!?」
この小慣れた範囲拡大。
普段は自分達だけで物事を決めたりするくせにこう言う時だけ『皆』というのは『クラス全体』を指している。
ま、これは俺の偏見に過ぎないが……現場の当事者である時雨は強く感じているはずだ。
「いい加減に!」
「落ち着け。言わせておけばいい」
俺は一旦時雨との電話を切り、再び着信を入れた。
すぐに時雨は応じ俺は先生に渡すように頼んだ。
「先生。塗装を支援していただいた会社からお電話です。是非担任の先生に代わって欲しいと」
その補足はすごくありがたい。
おかげで使う嘘が鮮明になる。
「はい。お電話代わりました、多摩川高校二年一組担任の香川です」
「どうも。お忙しいなかわざわざすいません。拝島塗装の拝島です」
「あ、いえ。とんでもないです」
「先日。そちらの生徒さんがね、文化祭で使う背景を描きたいっていうから作業場を貸したんですわ。そしたら物凄い綺麗に仕上げてたもんでね。気になってしまいまして。なにかあればーと言われてた番号に電話したんですよ」
「あーそれはご丁寧にどうも……」
さて問題はここからどうやって『問題化』するかだ。
正直、教師陣からすればまた作ればいいという話になる。
だがそこまで単純な話ではない。もし今ここで作り直した所でまた壊されるだけだ。
そうならないためには釘を打つ必要がある。
「先生も見ましたでしょう?あの波の絵」
「いや……それがまだ見れてなくてですね……」
「おや。彼女が近くにいたのでもう見たのかと。結構いいペンキを使って作った力作らしいのでね。是非見てほしいですよ!『壊されたりしたら大損害』ですわ!あははは!」
さぞ肝が冷えるだろう。
その絵は目の前になく、それを壊した壊してないかで議論しているのだから。
これで火種は撒いた。あとは引火させるために風を送るだけだ。
で、風を送るのは俺じゃない。
「その絵とはこれのことかな?」
掴み所のない喋り方。タイミングを見計らったような登場が出来るのは鳴川先生を除いて他にいないだろう。
「こ、これは……!?」
香川先生。今日はお腹温めて寝てください。
肝が冷え過ぎて氷点下に達しようとしてるんで。
「ゴミ捨て場に捨ててあるのを見つけて来た。このクラスだと思ったんだが違うか?」
「ええ……おそらくうちのクラスの物ですが……」
「これ高そうな塗料使っているな。特有の薬品の匂いがまだする」
「先生。どうかしましたか?」
「ああ!いえ!大丈夫です。ちょっと生徒達が盛り上がっているだけです」
「そうですか。なにか物々しい雰囲気が漂って来たのでまさか絵が壊れたのかと思いましたよー」
「あは、あはははは」
笑いが乾いて来てるぞ香川先生。
「そちらも忙しいでしょう。私はこの辺で。どうもすいません。急にかけてしまって」
「い、いえいえ。生徒達がお世話になりました」
電話を切るとしばらくしてまたかかって来た。
「真島達がやったのか?壊したのか?」
「先生。落ち着いてください」
香川先生が止めたのはカーストトップに君臨するキング、佐藤だった。
無駄な正義感か自分の保身か。どちらにしろ面倒だな。
「真島達が壊したという証拠はないでしょう?」
「なら佐藤はどうしてこれが壊れたんだと思う?」
「それは……十塚が押しつけられた腹いせにと最初は思いました」
「あいつ……ふざけんのも大概にしとけよ……」
教室内での夏鈴のイメージは完全にヤンキーなんだな。
俺が見る夏鈴はよく出来た姉だ。家事も出来て年下の相手も出来る。こんな女子高生がいるのかと
思うレベルには。
「ならなぜ十塚は完成させた上で壊したんだと思う。ちなみに、いつも溜まり場にしている保健室にはこの塗料の匂いはしなかった」
「そんなの本人に聞いてください」
あくまで真実を知りたいか……だから夏鈴を悪とはせず疑惑のままで止めた。
「仕方ない。香川先生、ここは保健医として止めさせて貰う」
「え、どういうことですか?」
「これ以上の犯人探しはしない。が、彼女達に背景の仕事を振るのもなしということだ。正直、文化祭の背景なんて誰でも出来る。この完成度には程遠いし、塗装会社の社長さんはがっかりするだろうが」
不安を煽るのが本当に上手い。
外部の人が関わっていると事前に知っていればなんとしても背景を用意する必要がある。
しかも一度作ったものと同じクオリティのものをだ。
だがそれが出来るのは時雨達しかいない。頼み込むしかないが今言った所で時雨達は『いいえ』と言うだろう。
実際に一度壊されているんだから。
「なんでぇ鳴川先生にそんな権利がぁあるんですかぁ?」
「ドクターストップという奴だ。彼女達は精神がそこまで強くない。彼女達でなくとも、一度完成したものが壊されたら誰だって悲しい。だから止める。問題ないだろう?」
「仕事しない人がいてもぉいいんですかぁ?」
「知らないな。私はサボってた人間だからな」
なんとなく理解できる。
「さ、話は終わりだ。私は戻ろう」
鳴川先生の声が遠くなると教室は静まりかえった。
引っ掻くだけ引っ掻き回してくれたし十分だ。
「じゃあぁ、背景よろしくねぇ」
「鳴川先生の話を聞いていましたか?」
「ふふ。いつまでも調子乗ってるとぉ。痛い目見るよ」
おそらく時雨にしか聞こえない程度の小さな声なんだろう。
だが俺は鳥肌が止まらなくなった。別の意味で女子が怖くなりそうだった。
現場にいる時雨はもっと怖いだろう。今すぐに塞ぎ込みたいだろう。
だから俺は応援する。することしか出来ない。
「断れ。なにを盾にしてもいい。絶対にうなづくな。もし危なくなったら出来る限りなんとかする」
酷く曖昧で意味不明な応援だが時雨にはちゃんと届いたらしい。
「嫌です。もう壊されたくはないので」




