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第六十話 踏みにじられる青春

大まかな塗装が終われば今度は塗装屋チームが細かい修正を入れていく。

乾き切るまえならコテで均したり剥がしたり出来る。

塗られた色を少しだけ渦状にするともっと波っぽさが出る。


「よし、これでいいだろ。波は」

「写真撮ろ!写真!」

「なら俺が取るから並べよ」

「え。間宮も入るんだよ?」

「逃げられると思ったら大間違いですよ」

「……そこまで馬鹿じゃないか」


作業としては基本的にこの繰り返しのため次の背景からはサクサクと進む事が出来た。

これでサボってると言われなくなるだろう。

そう思われたのだが……事はそう上手くはいかない。


目の前では十六夜が声を上げて泣き、普段マイナスの感情を出さない夏鈴ですら重苦しい雰囲気を纏っていた。

夏鈴の怒号が保健室にまで届いていたから大体の状況は理解しているつもりだが……説明を求められる空気ではない。


「壊されちゃった……皆で作った背景が……壊され……ううううぅ」

「悪い。おれが止められたら良かっただけどさ。結構簡単に破られたもんだから」

「なんでわざわざ頼んだ背景を壊した」

「彼女達はなにかイチャモンをつけたかったんだと思います。けどかなり完成した物を持ってこられたから頑張った苦労を踏みにじろうとしたのかと」


なんというか……その頭の回転をもう少し社会の為に使えないのだろうか。

時間の有効活用、金銭の管理などなどまだまだ未熟な事が多いだろうに。


「ならまた作ればいいだろ。幸い、専門業者だからな」

「無駄だと思います」

「またなんで」


俺にしては前向きな考えだと思ったのに時雨がそれを否定した。

元々マイナスな時雨だが、今回だけは確信を持っているようだった。


「彼女達の目的が『努力を踏みにじる事』だとしたらいくら作ろうと結果は同じです」

「だいぶ嫌われてるなー。クラスで」

「それはそうだよ。保健室行ってるくせに体育祭には出たし修学旅行にも行ったし……」

「私の場合は少しだけ騒ぎを起こしてますからね」

「参加しなくて良かったと心から思う」


問題はそいつらをどうやって黙らせるかだ。

相手は生徒。先生を使うのが手っ取り早いが必ずしも味方してくれるとは限らない。

特に生徒間の問題だとサボり気味の十六夜達が不利になるだろう。


「今壊された背景はどこに?」

「彼女達が回収して今どこにあるかは……」

「そうか。なら探そう」

「この学校を?バラバラにされたら無理だぜ?」

「塗料塗ってるんだ。そう簡単には粉々には出来ない。それこそ工事現場にあるような重機を使えば別だけど」

「探しているのかこれか?」


姿が見えないと思ったら……この先生普段なにしているのだろうか。

扉を開けた鳴川先生の手には一枚の板があった。

と言っても欠けていてこの前完成させた絵ではなかった。


「どこでそれを?」

「校舎裏の粗大ゴミ置き場だ。まだ作られて新しいしなーんか辛気臭かったから持って来たら……」

「他にはありませんでしたか?本当はちゃんと波の絵なんです!」

「いいや。見当たらなかったな」


過去最高に十六夜達に協力してもいいという気分になっている。

折角作った背景をそのまま壊されたというのなら黙っている必要はない。十分悪だしな。


「作戦は?」

「頼んできた女子になんでもいいから話題を振れ、担任がその場に入れば必要ない。俺が塗装屋を装って電話するから担任に代われ」

「その先はどうするんですか?」

「脳死でデマカセ喋る」


バレない程度に嘘挟んでかき混ぜる簡単なお仕事。十六夜達四人の相手しろと言われるよりはかなり楽だ。


十六夜達を教室に送り俺は時雨との通話で状況を確認する。


「真島さん」

「なぁに?」


時雨の委員長モードは久しぶりに見た気がする。こんな固い印象になるんだな。

それにしても……姿は見えないが……なんだこの脳を溶かすような声は。

これがデフォルトだったら変成器いらないぞ。


「私達が作った絵はどこでしょうか」

「きぃてどうするのぉ?」

「修復します」

「いや。あれもうぐちゃぐちゃになっちゃったしぃー」

「出来ます。ので板をください」


委員長モードの時雨はかなり強気だな。俺の前じゃ表情コロコロ変えて忙しいのに。


「ないよぉ。今ごろ可燃ゴミと一緒にバイバイだねぇー」

「背景はどうするつもりですか?」

「そんなのそっちで考えてよ。暇でしょ?」

「木材にも限りがあります。あの大きさが壊してしまったのなら背景はない方がマシになりますけど」

「だからぁ。自分で考えてって言ってるの。わかる?いいんちょー」


電話越しでも教室がピリついているのが分かる。


「まぁまぁ。喧嘩はなしにしようぜ」


入って来たのは男の声。だが教師にしては若過ぎる。

男子生徒だろうが……女子の言い合いに割り込めるとかどんな地位持ってんだよ。


「佐藤だろ?間宮のクラスのリーダー的存在。真島がクイーンなら佐藤はキングだな」

「なるほど面倒だ」


俺の作戦は敵が多ければ多いほど逆転出来る可能性が上がる。

ただしそれはある一定の立場にいなければならない。一番いいのは教師のように中立であること。

中立の人間を煽って味方につける。敵が多いならその煽りの影響も期待出来る。

が、一番面倒なのは中立ではあるが確固たる立場のある人物だ。


「佐藤が面倒とは?」

「なにを言っても許される存在っていうのはこっちの煽りを消される可能性があるんです。ただの危険分子でしかない。しかも、十六夜達にはサボっているというマイナスがある。それを棚に上げての作戦ですから。こういう地位を確立した人っていうのは面倒なんですよ」

「なら私に任せろ。手段はある」

「邪魔だけはしないでくださいね」

「ああ」


鳴川先生は白衣のポケットに手を突っ込むと意気揚々と保健室を出て行った。


電話口に意識を向けると中々に険悪ムード。

もし俺がこの場にいたら胃に穴が開く自信がある。

状況は変わらず劣勢。

スクールカーストの頂点に立つキングとクイーンに比べ、こっちは欠陥のあるポーン。

正直言って勝ち目はない。無策ならな。


「おいちょ。なんだよこの空気」


またしても聞こえて来たのは男性の声。今度はしっかりと大人の声だ。


「香川先生。新しい板の申請をお願いします。出来るだけ早急に」

「この前渡しただろ?あれ、渡してないっけ?」

「いえ、壊されてしまって」

「誰に?」

「真島さんに」

「そんなごと……してないよぉ」


電話越しで聞き取りづらいが泣いている?真島が?なぜ?


「あてぃしの事恨んでるでしょぉ?人手が足りないから背景全部頼んじゃったから」

「そんなことは……」

「あるんのぉ!じゃなきゃ……こんなこと……ううぅ」


十六夜の涙を見た後じゃ嘘というのはすぐにわかる。

三歳の颯太でももっと上手い嘘泣きを見せてくれるのに……ド三流が。三歳児に弟子入りをした方がいい。

不利になればなるほど逆転のチャンスが大きくなる。

今のうちに嘘泣きの練習でもすればいい。これから本当に泣くことになるから。

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