第五十二話 感謝されることはあれど怒られることはない
麻耶は遊ぶと言ったが俺が参加して十分もしないうちにバテて今は日陰でかき氷を力なく食べている。
「早すぎだろ。もっと耐えろ」
「陰の者が陽の下に長時間いられるわけがない。二人でラブラブしててよ」
「しない」
「え……」
時雨の方を見ると眉を潜め物凄く不安そうな顔をしていた。
なにを望んでいるのだろうか。間宮狼斗という普通の男に。
「独り占めしたい」
「俺は自由に行きたい」
「今だけ」
時雨は俺に側に寄るように手招きをした。
青い浮き輪の上に浮かぶ時雨はなんともセンシティブ。
白い肌に細い腕、なのにあるものはあるというモデル体型。
横に麻耶が並べば相乗効果により大人の女性感が出る。
「人が多くて遊ぶに遊べないだろ」
「違うよ。こうして一緒にいるだけでいいの」
「甘えるな。いくら時雨とて反応しないわけじゃない」
背中にゾワゾワした感覚が襲い力が入らなくなっている。
まだ手を繋がれているため軽傷だが抱きつかれたら俺はきっと麻耶の隣に座ることになってしまう。
「もっと近くに来てください」
「浮き輪が邪魔なんだよ」
「ならもっとこっちに……あ」
水場という不安定な場所で体重移動をしたらどうなるか。
よほどの体幹があれば耐えられるが学級委員長を務める時雨には難しい。
ならどうしたか。
俺の顔には住みにくいこの世界のオアシスと言っても過言ではない柔らかさに包まれていた。
耳から聞こえる音からばバッシャーン!という豪快な水音が聞こえたあと音が急に篭った。
「お前……ゴホッ!ケホッ!浮き輪の上で暴れんなよ……」
「すいません……でも……ありがとう」
「いや……まあ。こちらこそ?」
「え?」
咄嗟だった時雨は分からないようで首を傾げた。
俺は真っ先にその感触が感じられたから今でも覚えている。
「震えはない?」
「ああ。時雨はもう慣れた。てか慣れないと仕事にならないだろ」
時雨とは塗装屋もカフェも同じで毎回震えてたんじゃ仕事にならない。触れられたとしても時雨なら大丈夫だ。
「嬉しい」
「そうかい。んで、早く離れてくれると助かる。水の中とは言え抱きつかれると恥ずかしい」
「へ」
ようやく自分の状況に気がついたのか時雨は顔を真っ赤にして静かに俺の首から腕を解いた。
恥ずかしかったのかもじもじして腕で胸をぎゅーっと押しつけ胸は形を変えた。
誰だ正面ならそうでもないとか言った奴。無事攻撃力カンストだよ。おめでとう。
「どうしたの?」
「なんでもない。鼻に塩素が入ったから少し痛いだけだ」
嘘だ。
俺の顔は時雨の胸でいっぱいだったから水には上がる直前までは触れていない。
鼻にも水は入っていない。
ではなぜ嘘をつくのか。単純に恥ずかしいから。
同年代女子の胸に顔を埋めて恥ずかしくないわけがない。
「おりゃ」
後ろからの勢いに俺は前に押され時雨を抱きしめる形になってしまった。
「麻耶!危ないでしょう!」
「え。なんかイチャついた雰囲気を感じ取ったから実力行使しただけ」
「そうか。溺死か撲殺か刺殺。好きな死に方を選べ」
「感謝されることはあるだろうけど殺されるのは間違い」
「お前の行動がまず大間違いなんだよ!」
麻耶の肩を掴み水に沈めようとするがそれよりも先に、肘に体重がかかり麻耶よりも先に水に顔が浸った。
「時雨。なんのつもりだ」
「殺すことはないでしょう?……私は嫌じゃなかったから……狼斗さんは嫌でしたか?」
「別に。ただ恥ずかしかっただけだ」
「お互い嫌じゃないならWin-Winってことで」
「テメェが言うなや」
その澄まし顔は非常にイラッと来る。
「そんなに怒ることないじゃん。女子恐怖症克服になるし好きな男には抱きつかれるしで良い事しかない」
「やかましい。それとこれとは話が別だ。まず第一に頼んでない」
「頼まれてから動くんじゃ遅いって教えて貰ったから」
「普段は言っても聞かないくせに」
こういう時に限っていらん行動力働かせなくていいから。
「で、どうだった?時雨の胸は」
「お前最低だな」
「割と褒め言葉。でどうだった?柔らかいでしょ?揉みしだきたいでしょ」
「ノーコメント」
「ほう。否定はしないと」
「あー言えばこう言う……俺は先に出るぞ。体が冷える」
俺はプールの中に時雨と麻耶を残し荷物置き場へと向かった。
「お、どうした狼斗。喧嘩でもしたか?」
「そんなんじゃないです」
「でも顔、真っ赤だぞ」
「暑いだけです」
「熱中症には気を付けろよ」
加羅忍を欺くために身につけたポーカーフェイスがここで役立つとは……今回ばかりは加羅忍に感謝だ。
一般の男子高校生が同年代の女子に抱きついてなにも感じないわけがない。
ただ俺の場合は嬉しさより恐怖や焦りが強くて勃たないだけだ。
「めっちゃ柔らかかった……なんなんだあの柔らかさは」
まだ胸に残る感触が心臓を加速させた。




