第四十七話 安請け合いはしない主義
結局俺が寝たのは朝日が登って疲れがピークに達してからだった。
おかげで本当に眠い。
「眠そうだね」
「だれのせいだと思ってやがる」
「くま、出来ますよ」
たっぷり寝て元気いっぱいの十六夜達は相当に元気そうだ。
俺は眠くて今すぐにでも寝てしまいたいのに。
「午後からは休みだから寝かせてもらう」
「え。そんな時間ないでしょ?」
「昨日の夜から時間使ったんだから十分だろ。人の部屋でぐっすり眠りやがって」
「なんか気付いたら寝てた」
「ならもういいだろ」
朝のバイトはエナジードリンクを飲めば乗り切れるだろうが、流石に昼過ぎに効果は切れる。
「あれは!間宮が夏鈴ちゃんと添い寝したとか言うから……その代償?」
「なんでなにもしてないのに代償を払わなきゃいけないんだ。意味がわからん」
「……地元に戻ったら覚えといてね」
なんか怨嗟混じりの恐ろしい言葉が聞こえたが寝不足故の空耳だ。きっとそうだ。そうに決まっている。
海の家に行くと相園さんが開店の準備を始めていた。
「やーやーおはよう」
「おはようございます」
「昨晩はお楽しみだった?」
「このくま見ても同じこと言えますか?」
「楽しみすぎじゃない?」
「違うそうじゃない。くっつかれたんですよ!女子に!しかも寝言とか寝顔とか心臓によろしくないものばかりが側にある!そんな状況で寝れるわけないでしょう!」
「なにそれ自慢?」
「そうじゃないんですって!」
なにが自慢だ。俺からすれば恐怖でしかない。
背筋と手足はビリビリしっぱなしだし心臓も変な鼓動したせいで痛い。
そんな状況が自慢なわけがない。
よほどのドMでなければ自慢にはならない。
「静かだったから文句はないけど。新人君はキッチンを担当しようか。フロアは十分だろうし」
「分かりました」
俺達も開店準備を手伝っていると店の側に行列ができ始めた。
炎天下、陰もないのに人が並んでいる。
「まだ開店まで少しありますけど」
「だ、大丈夫っす。自分、何時間でも待てるんで!」
「ちなみになにが目当てで?」
「勿論女神様っすよ!」
「女神様……」
その単語には見覚えがあった。
Twitterにてハッシュタグ付きで大拡散されていた『女神のきまぐれ』だ。
たかが普通の女子高生を見に炎天下待つというのか。正直ドン引きだ。
「倒れないようにしてくださいよ」
「分かってるっすよ」
開店準備が終わり開店を告げる時には長蛇とまではいかないものの少し長い行列レベルのものが出来上がっていた。
当然すぐに満席になり注文が殺到。
「間宮、相園さん。三番テーブル冷やし中華」
「五番テーブル生ビールです」
「生ビールはもう出来てる。持ってってくれ」
「分かった!まかせろ!」
「冷やし中華ももう直ぐ出来上がるよ」
「分かりました」
店内は大忙し。
俺と相園さんは休むことを許されず十六夜達は厨房と客席を行き来していた。
客が出ていけばすぐに客が入る。そして注文が入る。
九割が男というむさ苦しい空間の十六夜達はさぞ女神だろう。
本当は女神の皮をかぶった閻魔なわけだけども。
だがお陰で繁盛しているのは確かだ。
忙しくなれば眠気など忘れてしまう。
気がつけば時刻は午後の二時。
「今日はこれで閉店です!」
十六夜が外に出て叫べば残念そうに客達が帰っていく。
人気すぎて用意していた材料が切れただけでなく、この暑さの中での労働は正直五時間が限度だ。
十六夜達は交互に休んではいたが俺と相園さんはほぼ無休状態だ。休憩と言えば水分補給のほんの数秒だ。
「お疲れ様です」
「……死ぬ。多忙で過労死する」
当の相園さんはこのざまだ。バテバテのバテ。
「閉店作業は自分がしとくから、先に帰っていいよ」
「あ、でも」
「眠いでしょう?夏場での体力低下は命取りだよ」
「それは相園さんも一緒なんじゃ……」
「自分はもう最底辺でこれ以上減ったら死ぬだけだから大丈夫」
なにを思って大丈夫と言っているのか聞きたいが光を失った目をしているからこれ以上聞けないl。
十六夜なら問答無用で踏み込むんだろうけど。
「じゃあお言葉に甘えて」
「あい、お疲れー」
宿に戻った俺は畳まれた布団を広げ寝っ転がった。
今朝まであった布団がない所を見ると、加羅忍の使用人達が撤収作業をしたんだろう。本当に優秀というか陰が見えない人たちだ。
昨日からの寝不足と労働で体力を消耗した俺はすぐに意識を手放した。
次に俺が目を覚ますと横には白髪のおじ様が立っていた。
「おわっ!……あれ、貴方は」
「お久しぶりでございます」
初めて加羅忍の家に仕事に行った時に俺達に案内をした人だ。
執事長(仮)は「失礼します」と言った後に俺の前に座った。
「こんな所まで来るんすね。使用人も楽じゃなさそうだ」
「いえ、今回はお嬢様には内密にして頂きたく」
「またなんで」
「今日は間宮様にご依頼があって参りました」
「塗装の仕事なら会社に……」
「そうではありません」
少し重苦しく明るくない話題なのは目の前の執事長の様子から容易に伺えた。
「お嬢様をお守り頂きたいのです」
「……結婚の話か」
「はい」
言ってたな加羅忍が。
答えはもう決まっている。
「無理だ。加羅忍にも言ったが安請け合いはしない。相手は一流企業の御曹司だろ?普通の家庭で暮らす男子高校生が勝てる相手じゃない」
俺が一流の俳優だとか世界を股にかけるアーティストとかなら話は別だが、生憎俺にそんな才能はない。
「私めでは守ることが出来ないのです。使用人という立場、理由を増やすなら年齢、経歴もそこまで明るいものではありません」
「俺だって同じだ。バイト三昧の青春棄権者だ。そんな男に守られるくらいなら御曹司と結婚なりした方が幸せだと思うが?」
「そんなことはございません!」
狭い空間に執事長の声が響き渡る。
「申し訳ございません。お嬢様は人形ではございません。ちゃんと意思を持っております。なにがしたい。なにが欲しい。それを家の都合で隠して欲しくはないのです。幼少の頃から仕えて来て親のような感覚に陥ってしまっているのかもしれませんが……」
言いたいことは分かる。
だが本当に俺になにが出来る?
警察に知らせる?無理だ。警察は事件が起きてからじゃないと動かない。
周りの大人に助けを求める?それも無理だ。事情が分かっているのは俺だけだ。マスターも説明すれば協力してくれるだろうが、巻き込みたくはない。
総評、不可能。
「お嬢様を救えるのは間宮様しかいません」
「そんなことはない守ろうと思えば誰だって」
「間宮様ならお嬢様クラスの権力を知っているはずです」
権力……バイト……うっ頭が……。
「あ、ああ。知ってるさ。嫌というほどにな」
「知っていることの強みはあります。ご学友のいなかったお嬢様と対等になった間宮様なら必ずお嬢様を守ることが出来ます」
「そんな無責任な」
「もしお嬢様を守ることが出来なかったとしても恨まないと誓います。私に責任をどうか押し付けてください。私の不甲斐なさからご依頼していることです……どうか……」
ここまで食い下がられると国民性というものが出てくる。
「保証は一切しないぞ」
「ありがとうございます」
安請け合いはしない。
だが熟考した結果やる価値ありと判断したまで。
一流企業の御曹司相手にどう立ち回るのか。それはその時の俺に丸投げしよう。




