第四十五話 店長と獅子と化け狐と
少し気温が落ち着いた海。
砂浜前の防波堤に腰をかけた。今俺の宿は女子更衣室と化し男子禁制となってしまった。
なぜ俺が追い出されなきゃいけないのか。そのままホテルに帰って着替えればいいのに。
「よ。黄昏てるなー新人君」
「相園さん。どうも」
「海風に当たりたいお年頃?」
「家に女が五人着替えてるんですよ」
「ほほう……壁薄いから多人数プレイは気をつけてね。私は推奨した手前、ノイズキャンセリングのイヤホンなり耳栓して耐えるけどさ……ね?」
「昨日の今日でそれが出来るならそれ絶対に嘘ですから。そいつに深刻な悩みなんてないです」
「嘘だったの?」
「勝手に占拠されました。追い返したら朝まで叫ぶと」
俺以外にも迷惑がかかるから追い返すわけにもいかず協力者がいない俺は大人しく野盗に滞在を許すしかない。
「なら声は平気?大丈夫?予め言ってくれないよ急には困っちゃうからさ」
「安心してください。絶対にこの命にかけてもないです」
俺と相園さんが話しているとサンダルをひっかけた獅子が迎えに来た。
相園さんは気を使ってか逃げるように部屋に戻った。
「まだ真尋達は着替えてる」
「そうか。やけに早いな」
「おれは狼斗が応急処置してくれた状態だったからすぐに脱げたぜ」
なら男たちを転ばした時は中々に危ない状況だったのではないだろうか。
もう一人とやりあったらか確実に浴衣がはだけてしまっていた。
「お前ってさ、結構後先考えない時あるよな」
「なんだ急に。俺は自身の身の安全のためならいかなる犠牲も払うつもりだぞ」
「嘘こけ、身の安全第一ならおれを庇って男の前に出ないだろ」
「庇ってないが?てか必死すぎて覚えてない」
「ありがとな」
夏鈴は八重歯を出しながら笑った。
「楽しいな!去年の夏は妹達と遊んでばっかだったからな!」
「それでいいだろ。特別なことは望まない」
「狼斗にとって美咲達は特別か?」
「んなわけないだろ。特別ならもっと扱いを改める」
「特別なことは望まなくて美咲達が特別じゃないんだったら……」
「うるさい黙れ」
「美咲達がいることが当たり前になってやんのー!」
からかい混じりに指を突き刺すな。
「まあ、居てもいいかなとは思う。くっつきさえしなければ」
「あれか。デレか」
「違う。俺だって暇に思うことはあるし、高待遇のバイトをしたいと思うのは誰にだってあることだ」
「ふーん。女嫌いの狼斗がね……進歩したのか?」
「大進歩だ。前まで女子と話すことすら嫌だったからな。女子と同じ家で泊まったり寝たりするのも今では難しくはない」
「触れられるとダメなのか」
「ああ、鳥肌が凄くてな。あと手足が使い物にならない」
「じゃあこれは」
夏鈴は俺との距離を詰めるとそのまま抱きついた。
しっかりとした筋肉に柔らかい所はしっかりと柔らかい。
「お、平気なんだな」
「夏鈴は……俺の前で腹出して寝るし女子って言うより、男友達に近い」
「そうかよ!悪かったな!色気がなくて!」
「そうじゃねぇって。ありがたいんだよ。本当は女子でも男みたいな口調とか性格であれば平気ってのが分かったからな」
「……よかったな」
「なんで不機嫌なんだよ」
「女として見られたかった!」
「なぜ?」
「ふんっ!自分で考えろばーか!」
夏鈴は防波堤から飛び降りると宿に走って行ってしまった。
なにが言いたかったのだろうか。
俺に女子として見られていいことなんて一つもないのに。
……せいぜい「近づくな」とか「黙れ」って言われる程度だが……夏鈴はマゾっけがあるのか。
「間宮さん」
獅子と入れ替わりで来たのは化け狐。
「なんだ。終わったなら戻るぞ」
「いえ、まだ十六夜さんが全裸です」
「え?なんで?なんで下着まで脱いだ?」
「気分だそうです」
アイツならやりそうで怖い。男の宿で全裸になんかなるなよ。
「私もここでお話しいいですか?」
「応答を求めないのであれば」
「構いません」
加羅忍は防波堤に登ろうとするが夏鈴ほど運動神経はよくないため中々登れない。
「助けてくださいよ」
「わざわざ登る必要はないだろ」
「見下されているようで落ち着かないんです」
「おーよくわかったな。俺は今すこぶる気分がいい」
加羅忍は少し頬を膨らませると
俺の腕を掴みよじ登った。
「これで対等です」
「さよか」
加羅忍は得意顔の後に眉を少し下げて話した。
「私、今求婚されてるんです」
「自慢か?羨ましくもないし相手が気の毒だなとは思うけど」
「違います。相手は私より少し小さな企業を持つ人で次の社長になる人です」
「ふーん。で?」
「今は断っていますがいつか実力行使が来るかもしれません」
「実力行使?相手は女子高生だぞ?」
「だからです。経済権が私に移ればそれはもう会社同士の話となり話が運びにくくなる。ならば今の、高校生の時期に話をつけたいと思うのは自然なことですよ」
「金持ちの世界は大変だな」
「助けてくださいと言ったら助けてくれますか?」
「無理だな。安請け合いはしない」
一般の高校生が大企業の次期社長に勝てる要素なんてない。
例え加羅忍が死ぬかもしれないとしても俺にはなにも出来ない。
「一番心配なのは修学旅行です」
「見知らぬ土地だからか?」
「それもありますが、連れて行ける使用人も減りますし車での移動が出来ないので狙われます」
なるほど。確かに加羅忍は学校から家まで車移動で狙える時間というのは少ない。
「今も危ないと言えば危ないですが、間宮さんが側にいるのでないと思います」
「それは良かった。俺の前で面倒事とか起きて欲しくない」
「なぜですか?」
「当たり前だ。知らぬ存ぜぬが通じないし事情を聞かれたりするのは俺だ。それに、助けに行かなきゃいけない」
「間宮さんの近くで襲われることにします」
「俺、修学旅行には行かないからな」
普段、授業に出ていない奴が修学旅行だけに来るのはおかしいしズルいと思う。
青春を棄権した俺はバイト漬けの日々を送るだろう。
「修学旅行が楽しみですね?」
加羅忍の意味深な笑みが非常に怖かった。
いくら加羅忍家の財力や権力が凄いからと言って一つの家庭を思い通りに動かすことなんて出来ないはずだ。そうだ。出来るはずなんてない。
間違っていたら大人しく従っても構わない。




