第四話 恐怖を越えた先に友情があるよ(適当)
「ねーねー!きーいーてーよ!」
「うるさい。忙しいから帰れよ」
6限目が終わり放課後、俺はまだ4限目のノートを作っていた。
体育だとか芸術のコマがあればノートは少なくて済む。
が今回は完全座学の日。
故に忙しいんだ。
「初見はもっと大人しいイメージだったが?」
「そりゃ怒ってる人を目の前にしたらそうなるよ。殴られたら抵抗出来ないし」
「別に怒ってたわけじゃ......」
「『女子恐怖症』の一つでしょ。口が悪くなる。あとは心拍数の上昇と目線が凄く動くとか」
「よく見てんな」
「目線や手足の動きはそのまま心理状態を描写するからね。人の癖が分かれば気持ちを理解するのは簡単だよ」
「あっそ」
俺から話振ってなんだがこれ以上つなげられないです。はい。
そもそも俺は人とのコミュニケーションがド下手くそなんだ。
ラインだって大抵返信するときは「了解」とか「わかた」とか端的なものが多い。
「!」や「?」すら使わない「w」なんて使った記憶は久しくない。
そのおかげで麻耶に「感情出せ!」って怒られたこともある。
「間宮狼斗。多摩川高校二年一組で中学時代のトラウマが原因で保健室登校を開始。三歳の弟がいて弟の養育費を稼ぐためにアルバイトをしている。バイト先はカフェやファミレス、メインは塗装屋」
「なにその情報。どっから持ってきた」
「鳴川せんせいが教えてくれた」
ほんとあの人......。
純粋無垢な顔は今発覚した犯罪のことなど分かっていないようだった。
教師という立場の人間が生徒相手に生徒の情報を流すなんてな。あの先生はいい先生......ではないけど敵対はしない先生だった。
「わたしの情報いる?」
「いらない」
「手つないでようか?」
「いらない」
「じゃあ授業ノートは?」
「いらな......い」
「あ、迷った」
そら迷うわ。
授業ノートさえあれば教科書という広大な野原から重要箇所という小石を探す必要がないんだから。
だがここで頼れば十六夜を調子づかせるだけだ。
「ノート見せようか。ほらほら、字は勘弁してほしいけど板書はちゃんとしてるよー」
「目の前で動くな。邪魔だ。うざったい」
シャーペンを持っていない左手を机と結婚させて絶対に手を伸ばさない。
「用がないなら帰れ。委員会がある日じゃないだろ」
「委員会じゃなきゃ保健室にいちゃいけないってルールはないよ?」
「用事がない生徒は速やかに帰宅しましょうって毎回放送で言われてるだろが」
「帰宅部による放送だよね。でも用ならあるから」
「ならとっとと済ませて......っく!」
顔を上げるとまたもや目の前に大きな瞳があった。
なぜこうも毎回至近距離まで近づいてくるのか。
紫紺の瞳が俺を映して放さない。
「わたしの用は間宮狼斗の情報を集めること。もっと知りたい。一方的に情報を渡すのが嫌なら情報交換という形でもいいよ?あ、でもエッチな情報はもっと仲良くなってからね?」
「だから情報はいらないってあれほど......」
「教えて?」
十六夜が机から身を乗り出し迫ってくる。
夕日が雲に隠れたからか紫紺の瞳に呑まれたからか俺の視界は暗く、目の前には十六夜しか映らなかった。
「どうして震えてるの?」
「別に震えてないが?むしろ武者震いだが?」
「なんで武者震いしてるの?戦いに行くの?」
今現在進行形で戦ってんだよ!
目の前の紫紺の瞳からな!
「悪いが!俺は女に興味ないんだ!」
咄嗟の一言だった。
相手が相手ならドン引き確定の危ないワード。
これが引き金となった。なってしまった。
「そうなの!?もっとそういう情報を頂戴!もっと間宮のこと教えて!」
「強情な」
ドン引きさせるためのワードも好奇心の前にはただの記号に過ぎないというのか......!
俺は唯一の防衛線である机を脚で支えるが十六夜はそれを乗り越えようとしてくる。
「もっと......知りたい......」
情報の亡者と化した十六夜を止めることはもう不可能。
そう思っていた時だった。
「その辺にしておけ、十六夜」
天使、いや女神だ。
白衣の女神が扉を気だるそうにあけ佇んでいた。
「鳴川先生......説明してください」
「いいだろう。間宮の情報を渡したんだ十六夜の情報も渡そう。いいな」
「......うん」
十六夜は大人しくなっていた。
さっきまでの亡者は消え女神の後光によって浄化されていた。
「十六夜はちょっとばかし性格に難があってな。『相手の情報を知りたい欲』がある。簡単に言えば探求心と好奇心の権化だ。が、誰しも踏み込んでほしくない事ってのはある。十六夜はその境界線が分からないんだ。それ故に、クラスでは一人だ」
あれか、地雷を踏み抜いても無傷でいる戦車みたいなものか。
そりゃ厄介だよな。踏み抜いても自覚がなければドンドン進んでくる。
嫌われるタイプの奴だ。
「献身的って言ったのは」
「情報を知って十六夜がとる行動は相手に合わせるということだ」
「なるほど、言い方次第ってやつですか」
一歩間違えれば彼女は傷つく。
俺のようなヘタレ陰キャならまだしも、陽キャヤリチンに合わせてしまったら十六夜は確実に傷つく......いや、それすらも喜びとするかの二択か。
どっちに転がろうと奴隷のようになるということに変わりはない。
「もし相手から情報を全て取り終えたらどうなるんです?」
「さあな。経験がないから分からないな」
「面倒な癖持ってんな」
「え......」
そんな目を大きく見開かなくたっていいじゃないか。
率直な感想を言っただけなのに。
「引かない?」
「まあ、そういう人もいるんだな程度だな。だけどエキサイトしだした時は引いた」
あれは誰でも引く。仏ですら恐怖するだろうよ。
「私から出せる十六夜の情報は以上だ。それを知っているのと知らないのでは間宮の対応も変わってくるだろ」
「いや、変わらん。だって女子だし」
そこがまず大前提だ。
女子である以上は俺と仲良くするのは難しい。
「仲良く......してくれる?」
十六夜は座り込みながら俺の制服を小さな手でぎゅっと握った。
紫紺の瞳は潤んで見えた。
俺の厄介な所は恋愛対象が女だということだ。
『同年代はダメだけどそれ以外は大丈夫』という面倒なトラウマ。
だからこういう仕草をされると恐怖よりも庇護欲だとか他のものが勝ってしまう。
だが一時の感情に任せれば後々後悔するのは俺自身。
だから冷静にならなければならない。
「お、俺でよければ......」
目をそらしながら俺は言った。