第三十六話 たのしいなつやすみのはじまり
夏休み。
去年までは家と学校とバイト先の三角形を行き来で済んだはずなのに今年は家から少し離れた海に来ている。
砂浜と海面に反射する太陽光が眩しい。
「お、新人早いね!」
「折角紹介してもらったんでしっかり働こうかと」
「上からの推薦ってことはかなりのお坊ちゃまだったり?」
俺に話しかけてきたのは今年三十路を迎える店長、相園さん。
「友人のツテですかね。自分は凄くもなんともないですよ」
「ちょっと残念。玉の輿狙おうと思ってたのに」
「残念でしたね。あ、そうだ。確認なんですけど、従業員は俺と相園さんだけなんですよね?」
「そうだね。席もそんなにあるわけじゃないし他の家もあるから二人で十分かなって。接客は頼んだ!」
「まあ慣れてますけど......」
まだ時間が早いこともあって客の姿は見えないが昼時になれば人も多くなるだろうしここも満席になるのだろうか。
「店長は普段なにを?」
「ニート」
「よく合格出来ましたね」
「なんかよく分かんないけど通っちゃった」
「それは選考が女性で経営経験がゼロの人だったからですよ」
「もうこっちに来てたのか。加羅忍」
いつも通りの私服姿。
だが夏で暑いからか白のロングスカートにサンダルという夏らしい涼しいコーデ。
加羅忍が来ているということは十六夜達も既にこっちに来ている可能性が高い。警戒しなければ。
「相園さん。彼を上手く使って頑張ってください」
「分かりました。未経験者なりに頑張ります」
「本当に経営が出来るとでも?」
「ゲームでなら」
たしかに昨今はゲームでリアルな経営が出来るけども。実際の経営は体力勝負だぞ。
十時辺りになってくると人が増えてきてあちこちにテントが立ち始める。
俺達もすだれを上げて客を待つ。
「間宮ー!」
後ろから投げられる声。何度この声に殺意を抱いただろうか。
「仕事中だ。邪魔をするな」
「邪魔しない!水着見て!目を手で塞いでないで!」
「眩しい。陰キャの俺にはお前達の水着は眩しい」
十六夜達は普通に海に遊びに来ているため当然水着。
スク水など色気もない水着ならヨシ。だがビキニ。お前はダメだ。
十六夜の胸を包み込むにはちょっとばかし防御力が足りない。
十六夜が俺の方に近づく度にオレンジ色の布が自信なさげに揺れる。
「ど、どうでしょうか」
「無理しなくても良かったんだぞ」
時雨のは......エッチだ。
十六夜ほどの大きさはないものの黒髪ロングに白ビキニは反則だ。
ビキニが肌と相まって映える映える。少しでも隠すためにラッシュガードを着ているが透けるのでまたエッチさを引き立てている。
「狼斗は海パンじゃないのか?」
「いや、一応海パンは履いてる」
「なら溺れても平気だな!」
「泳げないのか?」
「ああ。かなづち過ぎて水泳の授業一回も出てない」
そういう夏鈴の水着は上はビキニだが下は短パン仕様。いかにも泳げますといった水着だ。
夏鈴なら虎柄でも似合うと思ったが黒でも案外似合う。
夏鈴の元気らしさが全面に出た水着だ。
「あまり頑張りすぎて倒れないようにお願いしますね」
「加羅忍こそ。体弱いんだから熱中症とか日焼けとか気をつけろよ」
「大丈夫です。近くに宿がありますしお付きの人も側に控えていますから」
「そうかよ」
加羅忍も泳ぐつもりなのかさっきの私服とは違う恰好だった。
髪色と同じ色の抹茶水着に腰には白いレース素材のなにかを巻いている。
清楚という言葉が当てはまり見た目で好きになる人も多いだろう。
「俺は今から仕事だ。邪魔はしてくれるな」
「しないよ。その代わり遊んでね?」
「断る。俺は働きに来たんだ。遊びに来たんじゃない」
「かてーな。ま、気が向いたら来いよ。楽しいぞー」
「気が向いたらな」
水着集団に背を向けると俺は店に戻った。
浜辺の男どもから羨望の眼差しを受けたくはない。羨望ならまだいいがこれが発展して殺意になったら俺はきっと死ぬ。
「すいませーん!」
「はい!ただいま!店長、2番さんビール」
店長がビールを注いでいる間に俺は注文を取る。
カフェでこんなに忙しいことはないがやることは基本変わらないし接客方法も変わらない。
一つ覚えればほとんどの飲食で通用する技術を身に着けられる仕事は最高。
「ビールお待たせしました」
「にいちゃん一人で大変だな!頑張れよ!」
「ありがとうございます」
こういう肯定的な言葉の一方で。
「おせぇよ!どんだけ待たせるんだよ!」
「申し訳ありません。ご注文を確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「冷やし中華だよ!なんども言わせんな!」
「ただいま確認します」
裏に行き店長に確認すると今すぐに出来るという。
やはり十五ある席で二人では回らない。少なくともあと二人は欲しい。
だが今から募集したのでは遅い。接客を元からやっている人ならともかく大抵の人は海に遊びに来るから仕事したい人は少ない。
昼という一つのピークを過ぎ俺は疲れで椅子に座り込んだ。
「お疲れー。接客上手いね」
「カフェでバイトしてるで、そこからですよ」
「怒られたら辞めたくなるよ」
怒られるのはだれでも嫌だろう。
ただ怒られない職業というのも存在しない。
相手が人である限りトラブルは絶えない。
「明日もバイトあるんでしょう?」
「ええ、ライフセーバーですね。近いですよ」
「なら今日は休みなよ」
「え、でもまだ時間が」
「大丈夫。やり方なら考えるし一人でも回る。夏の暑さでバテるまえに休む!鉄則だよ!」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて」
俺は二階に上がり店長は配置されている席を組み替えて定食屋のようにしていた。
たしかに小さな定食屋は夫婦で営んでいたりすることが多い。
「さすがゲーマー。どこぞのニートゲーマーに見せてやりたい。




