第二十四話 狂い始める歯車
家に帰ると時雨以外のメンバーがリビングでそれぞれの時間を過ごしていた。
「おかえりー」
「......ただいま」
「どうかしましたか?」
「いや、せめて着替えろよ」
それぞれの時間を過ごすにしても着替えてからでもいいのではななかろうかと。
スカートで寝ると捲れてパンツ丸見えなんだよ。
「あーパンツ見てるー」
「へんたーい」
「見せてる分際で何を言う。嫌なら隠すなり着替えるなりすればいいだろ」
「別にいいよ。減るもんじゃないし」
「羞恥はないのか......」
見ている俺の方が恥ずかしいからさっさと部屋に戻ることにした。
その後ろについてくるウサギが一羽。
「なんでついてくる」
「少し話そ?」
「話すことなんてない」
「わたしはあるの」
俺が部屋に入ると十六夜は部屋に鍵をかけて椅子に座った。
「んで、話ってなんだ」
「花言葉、調べた?」
「ペチュニアか?調べてないな」
「なーんーで。せっかくぴったりの花見つけたのに」
なにがぴったりだよ。
『あなたと一緒なら心がやすらぐ』だとか『心のやすらぎ』だとか気恥ずかしい花を指名しやがって。
身もだえした俺の羞恥を返せ。
「ペチュニアの花言葉は......」
「言うな」
「なんで?調べてないんでしょ?」
自分で調べて身もだえするのと女子から言われるのでは羞恥の差が違う。
思い出しただけで顔が赤くなる。
「顔赤いよ?」
「そんなことない」
「もしかして調べた?」
ただ調べたか聞かれただけなのに俺の心臓が跳ね上がった。
「......調べてない」
その一瞬が命取り。
文字通り距離を詰められベットへと押し倒された。
「調べたでしょ!?それがわたしが思う間宮への気持ち!」
「バカ!声に出すな!そして離れろ!」
「ねね!どう思った!調べてどう思った!?」
「やかましい!」
情報厨の面がここで顔出しやがったよ。
最近大人しいと思ったらこれだ。力つよくてなかなか剥がれない。
「剥がれろ情報厨が!」
手を外に外せば十六夜の体を支えるものがなくなり重力に従って俺の上へと覆いかぶさってくる。
手の指先から痺れ心臓の鼓動も早くなり耳には鼓動しか聞こえない。
俺の胸にむにゅりとした柔らかなものがつぶれている。鳥肌が止まらない。恐怖が俺の上にいる。
腕を首みまわされ抱きしめられる状態に。
シャンプーか服の匂いかわからないが甘い匂いがする。
恐怖と緊張で心臓が変な鼓動で痛い。
そしてなにより柔らかい。
「十六夜。今すぐ離れてくれ」
「安心する」
「俺の心はエマージェンシー」
「大丈夫。落ち着いて。わたしはなにもしないから」
「動け。今すぐだ」
「つれなーい。せっかく甘々な声だしたのに」
「この鳥肌見てもまだいうか」
「わたしでこんなにしてくれたんだね......」
「うるせぇ黙れ」
お前のせいで鳥肌ばかりで気持ち悪くなってんだよ。
十六夜の下敷きから抜け出すと俺はベットの端に移動した。
「俺のトラウマを知って動きか。抱き着きやがって」
「安心するんだもん」
「なにが安心だ。人でいいなら加羅忍辺りに抱き着けばいいだろ」
「違うの。守られてる気がするの。間宮と一緒にいると一人でも平気になるの」
「俺は怖い」
「ザイオンス効果って知ってる?」
「なんだそれ」
「簡単に言えば『接触する頻度が高ければ嫌悪感はいずれなくなる』ってものなんだけど。間宮にはこれが一番!とか思ってたのにわたしのほうがなっちゃった」
頬を赤らめ柔らかく笑う十六夜は可愛く見えた。
金髪が揺れ紫紺の瞳は潤んで見えた。
「そんな短時間でなるわけないだろ」
「なるよ。バーナム効果なんて言われたその瞬間に成立するものだから」
言われてみればそうか。
効果なんて本人が自覚した時に発覚する。十六夜の発覚が最近だったというだけの話か。
「嫌悪感がなくなるって話だが、元々ベタベタだった気がするが?」
「そうじゃないの。間宮と一緒にいるとね、もっとくっつきたいとか一緒に居たいとか思っちゃうようになったんだ。でも間宮が多分というか絶対嫌がるから抑えてる。これでも」
「それはありがたい。そのまま自制心を鍛えてはどうか」
「それも考えたんだけどね。もう抑えられない。苦しいの。胸がキュッとなるし一日中ソワソワして落ち着かない。なんでだと思う?」
言いたくないし認めたくはないし信じたくもない。
だが経験値不足の俺にも分かるほどに低レベルな質問。
それは間違いなく恋だと思う。そして相手は俺ということで合ってるよな......?
これで間違っていたら自殺レベルの大恥だ。
「俺にはその感覚がないから分からん」
「だよね......」
悪いな十六夜。
俺に恐怖症がなかったらどうなってたか分からなかったのに。
「ごめんね。急に襲ったり変なこと言ったりして」
「珍しいな。お前が謝るなんて」
「うん。せんせい、言ってたでしょ?『謝罪は関係の修復を望んでいる証だ』って」
「本人が覚えてるかどうか怪しいところだがな」
「でも攻め過ぎたら謝るってことを覚えた。今まではどうしたらいいのか分からなかったから」
「そうか」
「うん。これからも仲良くしてね?」
「程々にな」
十六夜は立ち上がると「じゃ」っと部屋を出て行った。
十六夜と交代で入って来たのは加羅忍だった。
「今の聞いてたか」
「はい。バッチリと」
「どう思う」
「恋ですね。相手は勿論間宮さん。貴方です。そしてズルいです」
「重々承知の上だ。だが今話したところで十六夜には伝わらないしなにより俺が動けない」
「まだ怖いですか?あんな裏表のない子なかなかいませんよ?」
「どうだろうな。俺はまだ疑ってるよ」
実際裏表のない人間なんていない。
裏と表が限りなく近い人はいてもない人はいない。
俺だって裏と表がある。啓介先輩に接する俺と十六夜達に接する俺ではやはり違う。
「それでも可哀そうではありませんか?断るならハッキリ断らないと」
「男としての欲が出た結果だ。なんとでも言ってもらって構わない」
俺の行為は十六夜の好意を利用したキープ行為。
俺の女子恐怖症が治るまで待ってもらうというなんともご都合主義な考え方。
でも今の俺にはこれくらいしか出来ない。
女子に触れただけで冷や汗と鳥肌が立つっていうのに恋人なんて不可能だ。
「でもこれでもっと面白くなりそうですね」
「は?」
いきなりなにを言い出すのか。
面白い?なにが?この状況が?こっちは真剣に悩んでいるのに?」
「それは間宮さん達の都合なので。こちらは二人の関係を楽しませてもらいます」
「変わらないと思うけどな」
「そんなことないですよ。主観より客観の方が情報量が多いのは変わりません。きっと面白くなりますよ」
楽しそうでなにより。
俺は今から胃に穴が開きそうなくらい苦しい。




