第二十話 じごくのはじまり
カレーを食べた後、用意された部屋でくつろいでいると扉が控えめにノックされた。
「.....」
ノックするとしたら時雨か加羅忍か。
どちらにしろ俺に用はないから居留守を使うことにした。
トイレとでも言えば両者は説得出来る。
騒音兎だけは不可能だが。
ただ内側から鍵をかけているはずの扉が「ガチャ」という無情な音を立てた。
「....なんでいるのに返事してくれないんですか?」
「俺が素直に応じるとでも?」
扉の隙間からジットリとした目で顔を覗かせたのは天月時雨さんだった。
相手が女子と分かっているのに。
それはそうと、
「なんで鍵開けた。どうやって開けた」
「マスターキーを予め受け取ってありますよ?」
「加羅忍!あの野郎嵌めやがったな!」
何が「用がなければ部屋から出なくていい」だ。
あれは俺を参加させるための謳い文句だったと言うことか.....。
俺は己の馬鹿さ加減に喪失感を覚えた。
「何の用だ」
「少し落ち着かせてください」
時雨は椅子をこちらに向けるとそのまま座った。
「猫又被りなんて止めたらいいのに」
「止めたら!引かれてしまいます」
「一回ふにゃふにゃになったのにか」
「不覚でした。狼斗さんの前でしか素の私は晒さないと決めていたのに」
本来なら嬉しいことなんだろうが今の俺には面倒事にしか感じられない。
「信頼してくれるのは嬉しいがあの三人の前でずっと猫被るつもりか?」
「それが厳しいことなのは分かっているのんです。でも、どうしても声が出なくて。このお泊まり会で克服出来たらと思って参加しましたし.....」
時雨は時雨で野望があるらしい。
ただ楽しむだけに収めず利用出来ることはなんでもする辺り時雨らしい。
「時雨はなんで人見知りを直したい?社会に出てる大人の中にも少なからず人見知りはいるはずだ」
「確かにそうですけどそれに甘えたくはないんです」
なんとも時雨らしい真面目な回答。
「間宮さんだって、こうして怖いはずなのに女子だらけのお泊まり会に参加してるじゃないですか」
「俺のは特に重症だからな。俺が歳を取れば恐怖の対象も歳を取る。大人になれば逃げが使えない。だから今のうちに慣らしてしまおうという実現確率とかを一切無視したゴリ押し論だ」
「そうやって無鉄砲になれる所、羨ましいです」
「無鉄砲というか人の行動が絡む予測が出来ないってだけの話。そこまで凄くもないし誰にでも出来る」
「私には......出来そうにありません」
「まあ、時雨は頭がいいからな。色んなこと考えるだろうけど」
時雨はいろいろ考えて、その結果に怯えてなにも出来なくなることが多い。
カフェのアルバイトだって最初は客に怒られたらどうしようとか失敗したらどうしようとか考えて結局動けなくなることもあった。
「深く考えられるのはいいことだ。気負いすることはない」
「ですが深く考えた結果動けなければ意味がないじゃないですか」
「今はその時じゃないってだけの話。焦ることないって」
「間宮さんはそうやって毎回.....責任は取ってもらえるんですよね?」
「その責任とは?」
「私が治るまで付き合ってくれるということですよね?」
「自分でなんとかしろよ」
「無責任にもほどがありませんか?頑張れとか応援しておきながら手助けはしない。そんなヒーローがいていいんですか?」
「俺はヒーローじゃないからいいんじゃないですかね」
「けち」
足を前に出すが距離が距離なため空振りに終わる。
「私の私服にはもうドキドキしてくれないんですね」
「なんだドキドキして欲しいのか。俺の心臓を破壊したいのか」
「私はもう役には立てませんか?」
「いや、時雨は慣れたから安置として役に立ってるが?」
「そうですか」
「時雨ならもっと制服着崩したり今みたいに女子らしくしてれば協力者は大量に得られるだろうさ」
「それが出来たら苦労しません。恥ずかしいでしゅ......くぅ......」
「それが人前で出来たらもっと人気が出ると思うのに」
普段厳格な学級委員長が人見知りで緊張すると噛み噛みのふにゃふにゃになるというギャップ。
元々時雨は美少女故に人気になるというのに。
「私は間宮さんの役に立てればそれでいいです」
「そうかい。ならこれからもよろしくだ」
「はい。よろしくお願いします」
お互いに欠点のある面倒な人間同士。
時には手を取り合って協力することも大事だ。
だが騒音兎、おめぇはダメだ。
協力する振りしながら後ろから刺して来る兎なんてお断りだぜ。
そして俺は加羅忍の元へと向かう必要がある。
あのお嬢様が時雨だけに鍵を渡すとは思わない。
あの騒音兎に鍵が渡っていた場合、俺に安置など存在しなくなる。
そんな地獄、俺はいられない。
俺は加羅忍を探すために時雨と一緒に部屋を出た。




