第十一話 停学明けのヤンキーと二人きりの空間で楽しいわけが無い
加羅忍と契約を結んだ次の日。
保健室は重苦しい雰囲気が漂っていた。
ただ両者共に気にしていないのがまた空気を重くしていた。
「いつ先公戻んだよ!」
「知るか。気になるなら自分で聞けばいいだろ」
時刻は四時間目の真っただ中。
俺の目の前にいるのは十塚夏鈴。
茶髪に後ろ髪を少しだけ結まとめている。
全体的に細く、スラッとした印象。身長も高く十六夜とは真反対の体格だということは初対面で感じた。
つい昨日まで停学処分を受けて来たヤンキーだ(十六夜情報)。
「おめぇはここでなにしてんだよ」
「見て分かるだろ。勉強だ」
「教室でやれよ」
「うるせぇな。こっちにも事情あんだよ。知らねぇなら口だすな」
「あ?」
これ以上挑発したくはないのになぜか口が反射的に動く。
せめて口だけでも動かしてないと力で敵う訳がない。
十塚が停学処分になった理由は暴行事件が原因と聞いた。
男子高校生を三人殴って骨を折ったとか。
そんなヤンキーに勝てる実績は生憎ない。
「なんか喋れよ。暇なんだよ」
「Siriとでも喋ってろよ。または電話」
俺も麻耶から時々かかってくるぞ。
そのまま通話したまま勉強なんてのはほぼ確実だし。
「今全員保育園だ馬鹿」
「は?」
「忘れろ」
なにか可愛らしい単語が聞こえたような気がしたが追求できる雰囲気ではないことは俺が一番分かる。
聞いたが最後、首の骨がポキと折れ俺は死ぬ。
無言でノートを写すシャーペンの音だけが響いた。
俺個人としては今にも吐きそうなほど精神的に限界だった。
だが授業中である今はどこにも逃げられない。
せめてあの反面教師がこの場にいれば安心できるものを。
今は職員会議中であり昼休みまで来ることはないだろう。
「おれさ。他校のガキ殴って停学になったんだよな」
「興味ない」
「いいから聞けって。重いだよ空気が。あの時どうすればよかったんかなーって今でも思う」
「状況が分からないのにどうも言えるか」
「ああ、そうか。多摩川高校が昔は不良の溜まり場だったのは知ってんだろ」
「先輩から聞いた程度だ」
「今でもその名残つーか残党がいるんだわ。そいつらがイキっててそれ見て気づいたらボロボロになったガキが足元に転がってたんだよな」
なにそのガチの方のイキリエピソード。イキリで収めてくれよ。実践しなくていいんだって。
目が覚めたら拳が血で染まってました的な?それが停学明けの奴が言ったら洒落にならない。
下手したらもう一回職員会議開かれるぞ。
「最後まで聞いても興味ない」
「そうかよ。お前、コミュ障の陰キャかと思ったら同じかよ」
同じってなに?ヤンキーってこと?コミュ障の女子恐怖症で正解だよ。大正解。
「停学にはなってないし誰とも喧嘩したことないけどな」
喧嘩というより多勢に無勢でボコボコにされた事ならあるけどな。
「おれのこと話たしお前の話聞かせろよ」
「は?そっちが勝手に話したんだろうが。知るか」
「ほう......」
椅子から立ち上がったのが音で分かる。
それよりも重苦しい空気が俺にまとわりついてるようで呼吸が上手く出来ない。
振り向くな。今振り向けば怯えていることがバレる。バレたら一生馬鹿にされる。対等の立場でいるなら気にも止めないという振りをしてノートに集中するしかない。
「おい」
「あ?」
「そこの公式間違ってんぞ」
「は?」
「ここ。ここ、『X』じゃなくて『y-a』。教科書見てみ」
言われた通りバックから教科書の公式と照らし合わせてみるとたしかに間違っている。
だが十六夜から借りたノートにはしっかりと『X』の文字が書かれている。
「急いで書いたんだろ。今までの文字おり文字の先端が少し雑だ」
確かに言われてみれば文字が崩れているようにも見えるが言われなきゃ分からない程度の小さな崩れ。
十塚の観察眼には驚いた。初見で文字の癖を見抜きその時の状況までも言い当てた。
「頭いいのに。停学とか勿体ない」
「別に。おれはあれで正しいと思ってるし」
「そうかよ。ま、自分が正しいと思ってんならいいんじゃね。この世に正解なんてないんだから」
「くっせー」
「うるせぇよ」
人が励まそうと思ったらこれだ。
「十塚って女だよな?」
「ん。ああ、おう。十七にもなって男がスカートとか有り得ないだろ。それで不良とか情報の暴力よ!」
楽しそうにケラケラ笑う十塚には同い年のはずなのに恐怖症特融の動悸や変な汗も出てこない。
「こないだまで男だったってことはないか?」
「はぁ?なんだそれ!んなことあるわけねぇじゃん!」
自分の太ももをペチペチと叩く十塚は可愛いというよりカッコイイ。
「なんだってそんなこと聞くんだよ」
「嫌な感じがしない」
「嫌な感じって女の気配的な?うっせーよ。おれはこれで気に入ってるからいいんだよ」
「別に否定するわけじゃない」
四時間目終了のチャイムが鳴り昼の時間がやって来た。
そして数十秒としないうちに十六夜と時雨がやってきて、最後に控えめに加羅忍が顔を覘かせた。
だが誰一人として保健室に入ることはなかった。
「十塚さん......停学開けたんですね」
「おう......」
なにやら時雨と剣呑な雰囲気。
「お二人は知り合いですか?」
「敵だ」
「十塚さん......」
敵と言い切られると言われた本人じゃなくても結構考えるものがあるな。
「おれを停学にさせたのは天月時雨。お前だってことは知ってるんだぞ」
「それは!......否定はできませんけど」
「ほら見ろ。な、お前もそう思うだろ!」
「思わない」
「なんだよノリわりーな」
「俺と時雨は一年だがバイトを一緒にやってる。自堕落な幼馴染を支えるダメダメ学級委員長様だ。どうせ考えあってのことだったんだろうよ。例えば、十塚を守るためとかな」
「守る?自衛くらいできら!」
「そうじゃない。陰口や言われない誇張からだ。停学が春休みを挟んだ二か月。間に長い休みを置けば少なくとも記憶の隅に置かれる。更に時間が経てば忘れられる。違うかもしれないから鵜呑みにはするな」
「どうなんだよ天月」
「え、え、あ......」
なんでこのタイミングで人見知り発動してんだよ。
さっきまで委員長モードだったじゃんかよ!」
「助けられたと思ったらちかりゃが抜けました」
「誰だそれ」
「天月時雨。本来の姿だ」
「可愛いー」
「硬く厳しい人だと勝手に思っていました」
ふにゃふにゃとその場に座り込んだ時雨は俺に助けを求めるような目で懇願してきた。
なにをしろと。俺の仮説が合ってるなら合っていると言えばいいだけのことじゃないか。
「狼斗さんのいう通りです。でもそれを言ったらカッコ悪い気がして、負けた気がして」
「時雨はなにと戦ってるんだよ。仮に戦ったとして相手は十塚じゃないだろ」
生徒同士で無意味な争いをするより入り口でほくそ笑む反面教師と争いを起こした方がずっと有益だ。
「いやー保健室が賑やかになったな!この数日で!」
「無意味な利用は控えさせるべきでは?」
「無意味じゃない。全員、間宮の恐怖症克服のためにここにいる。無意味とか言ってやるな」
「本人が頼んでないんですがそれは」
「うるせぇ。わたしがルールだ」
伝家の宝刀を抜かれた俺は大人しく斬られることにした。




