第十話 恐怖症克服と友達との時間を過ごすために対等な契約を結ぶ
ぽーっとした表情のまま加羅忍は固まった。
「涎、拭いた方がいいぞ」
「ん」
顎を突き出し目を瞑る加羅忍。
なに、俺に拭けと?そんな可愛い顔してもだめだ。
さらに言えば女の顔をしているからダメだ。だから自分でやるように促す。
男だったら今座っている椅子が飛んでいくからな。よかったな女で。
「ティッシュそこにあるから自分で拭け。それくらい出来るだろ」
「うわーケチ。拭いてあげればいいじゃん。それくらい」
「甘やかしたらなにも出来なくなる。お嬢様だかなんだか知らんが甘やかすつもりはない」
噓です。内心めっちゃビビってます。
お願いですからバイト先に圧かけるのはやめろください。
「あ......」
細い氷のような声が聞こえたかと思ったらティッシュの箱が地面へと落ちた。
「自分で拾うんだ」
物言いたそうな目でこちらを見る加羅忍に首を振り自分で取るように促した。
ベットの上から必死に取ろうとしているが、寝っ転がらない限り届きはしないだろう。
腕が伸びたり魔法が使えるなら話は別だが。
しばらく奮闘していた加羅忍だが体勢を崩さずにティッシュを取ろうとしたのが仇となった。
勢いをつけた加羅忍の体はベットから飛び出し地面へと真っ逆さま。
「バカ!頭を使え頭を!寝っ転がれば済む話だろうが!」
流石に虚弱体質の人間が頭を打って無事で済む保証はないので俺の命のために助けた。
そう、俺の命のためだ。側にいながら加羅忍が怪我したとなれば俺の死体が未知の樹海で見つかってしまう。
「ん」
「まだ言うか。自分でやれ、ほら」
ティッシュの箱から一枚取り出し手渡す。
これ以上加羅忍の側にいたら俺が終わる。可愛すぎる。
寝ぼけた加羅忍は見た目より幼く顔が整っているだけにふいに好きになりそうだ。
ま、好きになった所で後々になって怖くなって覚めるのがオチだが。
「真尋ちゃんって可愛いんだね」
「ああ、どっかの騒音女とは大違いだ」
「それ!誰の事~!」
「叫ぶなうるさい!」
十六夜の口にガムテを張り黙らせた。
出来れば体グルグル巻きにして廊下に放りたいが流石に保健室の備品のため無駄遣いは出来ない。
「おはようございます」
ふわりという表現が正しいか。
加羅忍が挨拶をした。今度はトロンとした目ではなくちゃんと俺を見て言った。
「お恥ずかしい所を見せてしまいました」
「いやまあ、そうか。元気になったようでよかった」
「鳴川先生は戻られましたか?」
「一回戻ったから「加羅忍がベット使ってる」って伝えた」
「あら、お名前伝えましたっけ......?」
「あー生徒証を見た。勝手にすまない」
「でも生徒証はスカートポケットに......」
「恩を着せてるようで言うのを控えたが疑うならいう。加羅忍はベットで寝る前に倒れた。それで俺が咄嗟に支えてベットに運んだ時にポケットから抜け落ちたんだ。これでも疑うならいきなり倒れるお前にも非がある」
言ってしまえば俺は恩人で痴漢魔ではない。
だがそんなことはないというように加羅忍は首を振った。
「いえ、どうりでベットで寝た覚えがないと思いました」
「疑いが晴れてよかった」
「ん~!んん!んー!」
「あの......」
「放っておいてくれ。剥がすとうるさいぞ」
「ねね!真尋ちゃんはなにが好き!?」
「え?」
「行動力とコミュ力の権化が!落ち着け!」
首根っこを引っ張り椅子へと戻した俺はどっと押し寄せた疲れに溜息をついた。
「お前、自分の悪癖直す気あるのか?」
「あるにはあるけど......」
「けどなんだ」
「最近はアイデンティティにしようという方向で」
「誰もがドン引くアイデンティティ。いいんじゃないか?俺とは二度と関わるな」
「噓噓!冗談だってば!」
「お二人はお付き合いされているのですか?」
加羅忍の爆弾に俺と十六夜は顔を合わせた。
「そう見える?」
「期待をさせるな。俺と十六夜は敵対同士だ。恋人なんてまっぴらごめんだ」
そもそも女子恐怖症の俺に高校在学中に恋人が出来るとは思えない。
というか無理だろう。
高校二年の五月でこれなんだ。体育祭も出ないし修学旅行にもいく予定はない。
そんなんで恋人が出来るわけがない。
「敵対同士なのに仲良しなんですか?」
「仲がいい?お前の目は節穴か?仲がいいわけないだろ?」
「でも楽しそうでしたよ?」
「傍から見ればな。俺はまったく楽しくない。静かにノートを写したい」
「私が貸してるのに!」
「じゃあ時雨から借りるから返す」
「いいって、使いなよ」
「そこでツンデレ出すなよ気持ち悪い」
「誰がツンデレだって!?いつも私デレてるでしょ!」
「え、素直に引き」
誰にでもデレる女とか絶対近づきたくない。
なに考えているのか分からないし普通に怖い。
「違うんだってば!間宮とは仲良くなりたいって意味」
「そうだね。頑張ろうな」
「絶対理解してない!」
ギャアギャアうるさい兎だ。
兎はうるさいとストレスで死ぬんだぞ。
「羨ましい......」
ポツリと紡がれた言葉は俺と十六夜の耳にはしっかり届いた。
二人で加羅忍を見ると少し顔を赤く染めベットの腕もじもじとしだした。
本当なら「可愛い」とか「天使様でゅふふ」などの好印象が浮かぶのだろうが俺は生憎虫唾しか走らなかった。
ぞわっとなにかが背筋を取った感触に襲われた俺は聞き返してしまった。
「なにが羨ましいんだ」
「いえ、なんでもありません」
「なんでもなく無意識に羨ましいなんて言わないだろ」
「......お二人の賑やかさが羨ましいと思っただけです......」
「なんで悲しそうな顔をする?加羅忍がその気になれば友達なんていくらでも作れるだろ」
「皆さん私が加羅忍真尋だと知っているから接してくれるだけです。家のブランドで友達を作りたくはありません」
「家のブランドも武器の一つだ」
「使いたくはありません」
「なら他の武器を見つけろ。または武器なしでも付き合える友達を見つけるかだな。武器か友達か。武器の方が簡単だと思うがな」
長所ってのはそのまま武器になる。
加羅忍家という武器を捨てた所でまだ加羅忍真尋には大量に武器が備わっている。
ま、それを使えるかは本人が自覚した時だがな。
「間宮がなればいいじゃないか」
「神出鬼没ですね。鳴川先生」
「わたしも忙しいのでな。たまにしか来れないのが申し訳ないところだ」
「間宮がなるってどういうことですか?」
「女子恐怖症の俺に女子と友達になれと?そんなこと出来るなら教室復帰はすぐそこだ」
それもそうかと普通なら考える。武器を小出しにして伝家の宝刀は最後まで温存する。だがこの鳴川先生という人は最序盤から伝家の宝刀を抜いてきた。
「ここは保健室。生徒たちが使う場所。間宮だけの場所じゃないことを忘れるな。主導権はわたしにある」
「魔王みたいなこと言いだしたよ。クソが」
「真尋ちゃん!教室に居づらいと思ったらいつでも保健室に来てね!」
「よし、これは契約だ」
「契約ですか?」
「ああ、俺は女子恐怖症克服のために加羅忍は友達との時間を過ごすために。対等な契約を結ぶ。どうだ」
加羅忍はふわりと笑うとこういった。
「協力いたします」




