婚約破棄してくれてありがとう
「リア、ごめん。君との婚約を破棄させてくれ。」
そう言われたのはいつだっただろうか。
風が吹き髪が揺れる。かつて私の自慢だった腰まであったハニーブロンドの髪も今や肩につくくらいしかない。これでもだいぶ長くなった方だ。
また、あの長さに戻るまで待っていれば完全に行き遅れになるだろう。
貴族令嬢は髪の美しさとその長さに誇りを持っている。それは私も例外ではなかった。
逆に言えば髪の毛が短い令嬢など居ないのだ。
だからこそ今の私のこの姿は異様でしかない。
私は異様な顔をされるのを恐れてあの日から社交の場に行けていない。
そう私が婚約破棄された、2ヶ月前から。
2ヶ月前
今日は学園の卒業パーティーだ。でも婚約者であるフィンは私のエスコートが出来ないらしいので私は1人でパーティー会場にいる。
私とフィンはこの学園に入る前7歳の時から婚約をしてる。もう兄妹みたいなもので恋愛感情は持ち合わせていない。
それはフィンも一緒であろう。
だって今貴方の横にいる彼女が貴方の愛してる人でしょう?まあ、どうでもいいけど。
彼女の名前はマリア。聖女として平民ながらこの学園に来た。彼女の行動には目に余るものが多々あり貴族令嬢や秩序を守る令息達からは嫌われている。
だが逆に秩序を守ることを重要視していない令息からは絶大な人気を誇っている。
私の婚約者であるフィンもそうであろう。彼は一応公爵家の令息ではあるが次男であるため家を次ぐ必要がないから長男であるフィンの兄よりだいぶ甘やかされている。結婚したら私の婿として家を継ぐがそうは言っても侯爵。彼の家より格下だ。だからこそそんなマリアにうつつを抜かして居られるのだが。
他にもこの国の騎士団長の令息や、宰相を務めている家の令息や第2王子殿下などだいぶ身分の高い人達とマリアはいる。だが、彼らは一応自分の身分を弁えているから今日はちゃんと自分の婚約者とパーティーにでている。逆に一緒じゃないのは私だけである。
学園長や卒業生代表である第2王子殿下の話が終わり、音楽がかかり始める。本来であれば婚約者と踊ってから他の人と踊るのだが今日は婚約者のフィンはいないし踊る必要はないか。誘われたら踊るかもしれないが。
「リア!!」
なに?会場に大きく響く声でフィンが私の名前を叫んだ。今気づいたがもう彼にリアと呼ばれることにすら吐き気がする。フィンに寄り添う形で私を見るマリア。そして私をまるでゴミのように見るフィン。そしてフィンと仲の良い令息達。彼らもまたマリアにうつつを抜かし秩序なんて忘れているのだろう。彼らは皆男爵家だ。もちろんフィンにも公爵家や侯爵家の友人がいた。だが皆フィンの行動に呆れ友人関係を切ったのだ。
それは私が考えても正しい選択だとおもう。
などと思っているといきなり腕を捕まれ跪かされる。
意味がわからずしどろもどろする。
というか触らないで頂きたいのだが。身分が上の婚前の令嬢に許可なく触るなんて無礼にも程がある。
男爵令息の爪が私の腕に突き刺さる。たらーと血が流れているのが分かる。
助けを求めようにも友人の令嬢達に助けてもらう訳にも行かない。彼女たちに泥を塗ってしまったら申し訳ない。それに令息たちも公爵家であるフィンには立ち向かえないだろう。
今フィンを止められるのは第2王子殿下や他の公爵家の令息だが、彼らもマリアにうつつを抜かしていた人達だ。マリアを助けることはあろうと私を助けることは天と地がひっくり返ってもないだろう。それに彼らはこちらを見て見ぬふりをした。これ以上面倒事には関わらないように。
自分でどうにかするしかないか、どうしたらと考えているとフィンの口が開いた。
「リアには失望したよ。マリアをいじめていたんだってな。だが、これでお前と婚約破棄する理由がついた。殿下に言われたよ。聖女に害をなすものは排除していいって。」
私はいじめた事実などない。最後の言葉に引っかかり第2王子殿下の方を見る。バチっと目が合ったがすぐそらされた。殿下がマリアと一緒にいる時にならこんなこと言っていてもおかしくないがだが、それを本気にするやつなどそうはいないだろう。いやいた。ここに。
「だから僕は君に罰を与えることにした。やれ。」
そうフィンが今までに聞いた事のないほど低い声で言った。そう言われた瞬間
髪の毛を引っ張られ思いっきりザクっという音と共に髪の毛を切られた。大きな喪失感と失望感で私の記憶はおかしくなった。
ただ言えることはその後フィンが「リアごめん。君との婚約を破棄する。」と嘲笑うかのように言ったこと。その後私が倒れ実家である侯爵家に運ばれたことくらいだ。
私は1週間後に目を覚ました。その時には何もかも終わっていてフィンの家から多額の慰謝料が払われたと共にフィンたち令息、そしてマリアは牢屋に入ったという話を聞いた。
あの後学園でも大騒ぎになり、学園は対応に追われたらしい。卒業パーティーは混乱に追われたが一応無事終了することが出来たらしい。
私の部屋の机の上にはたくさんの見舞いの品と共に手紙が置かれていた。
その中には第2王子殿下のものや殿下の婚約者のものも含まれていた。
第2王子殿下の手紙には自分が後先考えず言ってしまった言葉で私を傷つけてしまって本当に申し訳ない。謝って許されるものでは無いが謝らせて欲しい。と書かれていた。
確かに殿下にも問題があったかもしれないが私にはフィンの言ったそれは殿下のその言葉がちょうどいい口実だった為そういったにしか思えなかった。
伊達に何年も彼と一緒にいない。大方のことはお見通しである。
今の私にはまだ冷静な判断力がかけている。
だが、私は今この状況を何故か嬉しく思ってしまうのだ。
婚約者という重荷から解放され、毎日のように行っていた学園からも解放され傷ついた令嬢として社交の場にでる必要もない。なんて楽なのかと思う。
きっと何ヶ月経ってもこの幸せを感じてしまった私は社交の場にはでないだろう。幸運にも年の離れた弟が出来た。わざわざわたしが婿をとる必要もない。
短くなった髪。この髪が伸びる頃には完全に行き遅れになるだろう。それが嬉しくてしょうがない。行き遅れになってしまえば結婚する確率ががくんと減るから。友人の令嬢達にはこう手紙を書こう。社交界に出ることがあの件でとても怖くなってしまったと。髪の毛が短くなった今異様な目で貴族様方は見るでしょう。それが恐ろしくてたまらないのだと。
令嬢というものは娯楽を求めて噂話をする。
きっとこの話も面白おかしく広がっていくだろう。これで私の話はおしまい。
婚約破棄してくれてありがとうフィン。
愛してはいなかったけど、感謝だけは今してるわ。