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No.6




 No.6




 細い路地裏を抜けたシン。その足で外壁へと向かっていくと。喉太い男達の何やらノリの良い歌声が聞こえてきた。


 「「「「Yeaaaaaaah!! 俺たち大工屋アスカローーーン!! 修繕建築任せろYeah! ぶっ壊したものもその日に完璧♪ 建て直して見せるぜその日に絶対♪ だけど安心安全迅速モットー 皆さんからのご依頼見積もりいつでも問答♪ それが俺たち大工屋アスカロンさあ♪ Yeaaah!!」」」」


 ずんぐりとした体型に豊かな髭を蓄えた男達。揃いの法被姿にねじり鉢巻。出で立ちだけならとび職の姿と言うよりは祭り人のようである。

 歌を歌うのも気分高揚して歌っていると言うのであれば、百歩譲って分からなくもない。

 だが二十人近くの男達がミュージカルさながら歌いながら軽やかなステップを踏み。しかも木材片手に振り回すように修繕箇所に足場を組んでいく。一種異様な風景としか思えなかった。


 「…凄いですね」


 さすがのシンもそれ以外の言葉が出てこなかった。

 うん。そうじゃね。そうじゃねよ! 異様だって思うよ! 何で小太りしたおっさん達がミュージカルさながらの動きで足場組んでんのとか! ラップ長で歌ってる歌詞が実は自社の宣伝をしてるとか! それ以外にもツッコミどころがあるだろう! ハッ!? 失礼した。また自分の本分を忘れてしまった。

 ごほんっ。呆気に取られていたシンであるが、己の役目を思いだし。現場で作業員達に指示を出している人物に声を掛けるのであった。


 「失礼致します。こちらに『ゲオルグ』さんと言う方は居られますでしょうか?」

 「ん? ワシがゲオルグだが。お前さんは?」


 シンはずんぐりとした体型の者達が多い中でも、サンタクロースの髭のように立派な髭を持ち。一際筋肉質な体を持った年齢不詳の男性に話しかけたのである。

 しゃべり方や髭でおじいさんと言う感じはするが、あの肉体でおじいさんとかはあり得ないな。鍛え過ぎである。もしそうならスーパーおじいさんである。


 「私は配達員です。お荷物を指定の場所にお届けに上がったのですが、こちらの方にいらっしゃると言うことでしたので、こちらに荷物をお届けに上がりました」

 「そうか。ごくろうさん」


 ぶっきらぼうな返答で返すゲオルグ。然れどシンがここまで荷物を届けた事への感謝を述べる。

 印が無いため手書きのサインで構わないかと問うと。それでも構わないと返すシン。

 受取書にサインを貰い。品物を受け渡し。中身が無事かの確認をして貰う。


 「……やっと来たか。こいつを楽しみにしてたんだ」


 余程待ちに待っていたものなのだろう。いそいそとシンから受け取り中身を確認する、その瞬間。


 「やっと見つけやがったぞ! このクソ野郎が!」


 何処からともなく品のない声が響く。

 そしてシンの所に何かが急速に迫る気配を感じ。それを避けるシン。

 しかし避けたタイミングが悪かったのか。それともたまたまその位置に物体が通る場所であったのか。

 ゲオルグに持っていた()()にぶち当たった。


 「のおぉおおおお!? ワシの酒がああああああ!!」


 投げられたものはボールサイズの石であり。石に当たった荷物は中身が潰れた様に変形した。

 そして荷物から液体が流れ。辺りには強いアルコールの匂いが充満したのである。


 「避けんじゃねぇよ!」

 「人に当たればただでは済みませんよ。ゲオルグさん申し訳ありません。私が避けたばかりに大切なお荷物をーーー」


 石を投げた者には見向きもしないで注意をし。荷物を台無しにしてしまったゲオルグに謝罪をするも。その言葉が途中で止まる。

 何しろゲオルグからは人からは絶対に発してはいけない類いのモノが放たれていたからである。

 物理的な圧が感じられる程の怒り。そう怒気と呼んで差し支えない程の怒りを、ゲオルグから感じられたのだ。


 「テメェ。よくさっきはコケにーーーぷるぎゅあああああああ!?」


 言葉の途中で、その姿からは想像もつかない速さでチンピラ風の男に迫り。その太い腕を振り上げた。

 チンピラ風の男は奇妙な叫び声を上げてスピンしながら吹き飛んでいった。

 それはもう見事な四回転半捻り(スピン)を決めて吹き飛んでいったのだ。

 大事なことなので二回言いました。


 「な、何しやがるッ!?」

 「やかましいわあああ! この腐れボウズがあああ!!」

 「げぷら!」


 また殴られた。吹き飛んだチンピラ風の男が、ゲオルグに文句を言おうとするも、再び殴られる。


 「ワシが……ワシが楽しみにしていた酒を台無しにしくされおってえええ! ワレェええ! 覚悟出来てるんだろうなあああ!!」

 「はあ!? 知るかそんなもん! じじい、俺がろkーーー」

 「知るかじゃねええわあああ!! このボケェエエエ!!」

 「ひでぶッ!?」


 おお! 見事に顔面にクリーンヒット。

 そして往年のやられ役のような叫び声を上げて、またまた吹き飛んでいった。


 「お、おぼえてやがれーーーー!!」


 チンピラ風の男は顔の凹凸が変わるほど殴られ。這う這うの体の姿勢で捨て台詞を吐き。その場を逃走したのである。


 「ッチ! 逃げやがったか。まだ酒を台無しにした分の殴りが足りなかったのによ」


 あれだけボカスカ殴ってまだ殴り足りないとは、逆に訴えられられるぞこの人。


 「ゲオルグさん誠に申し訳ありませんでした」


 やっと勢いが止まったゲオルグに詫びを言うシン。

 しかしその詫びがなんだか最初は分からなかったゲオルグだが。


 「ああお前さんが気にするな。お前さんはきちんと荷物を届けた。台無しにしたのはお前さんじゃなく。あのバカ野郎だ」

 「しかしご確認がまだでしたが……」

 「駄目になってればすぐ分かる。なにしろ中身が酒だからな」


 そう言っていまだにアルコールの匂いが漂う荷物を指差す。

 たがそれでもシンは自分が避けなければ無事であったのではないかと考える。

 なにしろここはゲームの世界。現実ならあの大きさの石が当たれば一大事だが、ゲームの内なら問題がなかった筈だと。

 あまり変わらぬ表情のシンの雰囲気からそのように感じたゲオルグ。どうしても償いたいのであればと考えるも、見た目は品粗な服装のシン。金銭は持ってなさそうである。であるならばーーー


 「よしお前さん。どうしても言うのならうちで働け。そうだな、お前さんの都合の良い日で構わんから、うちへ声を掛けろ」

 「はあ、それでご納得頂けるのであれば、こちらは今からでも構いませんが」

 「そうか。お前ら! 臨時の助っ人だ! 上手くやれねぇだろうが手ぇかしてやれよ!」


 作業場で働く者達に大きな声でこれからシンが働くと伝えると。


 「「「「ヒーーーホーーーー! 働く奴は皆仲間~~♪ いつでもどこでも大歓迎ーー!」」」」


 ノリの良い返事を返す作業員達。

 その様子に少々不安な表情を浮かべるシン。


 「あの、働くことについては問題ないのですが、あの様な行為は危険ではないのでしょうか?」


 作業員達がしている歌って踊って作業していることについてである。

 普通であれば作業に著しく邪魔になるものであるのだが。


 「おう! あれか。あれはな。ちょいと前におかしな被り物を被った渡界者が『鋼霊人族(ドワーフ)なのに、歌って踊れて作業できないの? 僕の知ってるドワーフはやっていたよ』何てのたまりやがってな! 頭に来て、売り言葉に買い言葉でやり始めたら、まあこれが思いの外効率が良くてな。今じゃあ、仕事が終わったらどうやったら動きを良く見せられるか。どう言葉を紡いだら印象に残るとか考えてんだよ」

 「ハァ、そうなんてすか」


 そうとしか言いようがないシン。明らかに効率が悪い筈なのに、そのスピードは早送りの画像を見ているかのように瞬く間に出来ていく。

 ん? おかしな被り物を被った渡界者のコメント? 知りません。そんなアホなこと言うような奴の事など自分は知りません。無関係です。記憶にもありません。だからそんな奴のためにコメントをしてやる義理もありません。以上!


 「まあ、お前さんにあれをやれとは言わんさ。そうだな。あっちで生コンを作っておいてくれ。作り方分かるか?」

 「はい。前に工事現場で働いていた時に教えて戴きましたので」

 「そうか。じゃあ頼むぞ」


 シンは腕章を全て外し。持っていたバックの中に入れ。邪魔にならないところに一旦置いておく。

 置いてある道具を手にして、コンクリートを作り始める。

 剣スコ。先が三角形に尖ったスコップを器用に扱い。専用の袋から砂と水を混ぜ。コンクリートを作る。

 ある程度出来上がってくると、使用するために作業員がシンのところへ軽快なステップを踏みながらやって来る。


 「HEY! Brother! Newbrother! 生コン出来たかYO? 出来たらここへボッシュート!」


 シンの手前で華麗なるターンをして、持っている木桶をシンに差し出す。

 シンは一瞬呆気に取られるが、己の本分を全うするため正気に戻り。


 「…はい。出来ています。桶を下に置いて頂いても宜しいですか?」

 「…………」


 軽い口調と笑顔でいた男は途端に無表情、無口となり。シンに言われるままに木桶を下に置いた。

 シンは何も言わずにスコップにコンクリートを掬い。木桶に入れる。


 「どうぞ」

 「…………」


 男はやはり何も言わない。

 ただし入れられたコンクリートを再びトロ舟の中に戻し。シンからある程度距離を離してから無表情だった顔が一変して笑顔と戻ると。


 「HEY! Brother! Newbrother! 生コン出来たかYO? 出来たらここへボッシュート!」


 再び軽快なステップを刻み。シンに同じ言葉を言った。


 「え? あの、いま……」

 「あはっ!」


 ニコニコ顔の男。

 きっといまと同じようにしたら繰り返されるとシンは理解した。

 そして同時に彼が何を求めているかも理解してしまった。


 「……あの、やらなきゃ、駄目ですか?」

 「ふんふんふん!」


 物凄い勢いで頷かれ。シンはため息を吐きたい気分となった。

 しかしそれをグッと堪え。自分に仕事だからと納得させると。スコップをロックスターの様にマイクパフォーマンスするようにくるりと回転させ。


 「チェケラ。ブラザー、コンクリートの準備はオッケー。その桶を下に置いてください。プリーズ」


 この男棒読みで言ったー! その前段階ではやる気になったのか!? と期待したが、言葉はメチャクチャ棒読みだったー!


 「OK! Brother!」


 相手はまったく気にしてない!? 同じような感じで返して貰えればやる気なんてモノは関係ないのか!?

 その後は先程と同じように桶にコンクリートを入れる。男は今度はトロ舟に戻すことなく。鼻唄混じりに現場へと戻っていく。

 それを見送ったシンはスコップに持たれるように膝を着き。


 「……これは、いままでしてきた仕事のなかでも、一番にきつく、疲れる仕事ではないでしょうか……」


 いまのやり取りだけで疲労困憊と言う感じのシンであった。




 ☆★☆★☆




 最初の町アコル。この町に『聖地』で渡界者が得てきたアイテムを買い取る店が数多く存在する。

 その内の一つ『六角堂』。

 この店は渡界者(プレイヤー)ではなく。現地人(NPC)が商いをしている。

 買取価格はそれなりに良く。多くの渡界者達が売りに来ることでも、それなりに有名な店であった。


 「ーーーのお値段で買い取らせて頂きますが、よろしいでしょうか?」

 「はい。お願いします」

 「それでは現金ででしょうか? それともカードへの入金でしょうか?」

 「カードの方へ」


 店のカウンターで獣頭人族(ワイルド・ヘッド)と呼ばれる。その名の通りに獣の頭を持つ鹿系統の獣人族(ワイルド)の男性が、軽装な衣服を身に纏っている渡界者から一枚のカードを受け取る。

 カードは小さな箱型の物に差し込むと、ものの数秒で終わったようで、カードを再び渡界者へと返す。

 渡界者は受け取ると振り込まれているかをその場ですぐに確認する。確認が済むと何も言わずにその場を後にする。

 それを鹿の男性が「またのお越しをお待ちしております」と声を掛けるも、やはり返す言葉はなく。店を出て行くのであった。

 その様子に苦笑染みた表情を見せるも、順番待ちの次に待つ人が居るため声を掛けようとする。


 「番号札。2ーーー」

 「旦那! 旦那ー!」


 店の入り口に転がり込むように入って来たのは、顔を張らしたチンピラ風の男である。

 駆け込んできた男に何事かと店に居た者達が騒ぎ出す。

 鹿の男性はそんな駆け込んできたチンピラ風の男に慌てずに駆け寄り。


 「おやおや。どうしたんですか? こんなに顔を張らして。転んだのですか? 手当てをしなければいけませんね」

 「旦那! それどころじゃないんですよ! 俺たちのーーー」

 「お話しは裏で、治療をしながらお聞きします。いいですね?」


 興奮のチンピラ風の男の言葉を笑顔で押し黙らせた鹿の男性。

 笑顔であるにも関わらず。えも言えぬ恐ろしさに、チンピラ風の男は顔を真っ青にして、生まれたての小鹿のようにぶるぶると震え。無言で頷き。店の裏へと回っていく。

 その様子を見送った鹿の男性は、店に居た客に今の失礼を詫び。チンピラの男に付いて行くように、自分も裏の方へと消えていった。




 「……さて、ここなら良いでしょう。何がありましたか」

 「……はい。それはーーー」


 チンピラ風の男は自分達がいつもの行動をしていると、キツネ顔の男に馬鹿にされたような行動を取られ。それに頭に来て追いかけた先で鋼霊人族(ドワーフ)の男に殴られたことを話す。

 簡潔に話された話しを最後まで聞くと、鹿の男性は頭に手をやり。ため息を吐く。


 「まったく何をやっているんですか、お前は……」

 「スミマセン……。ですがあまりにふざけた野郎でして」

 「こちらにはこちらの都合と言うのがあるんですからね。お前達には役目をしっかりとしてもらわないと」


 言われた事も出来ない子供ではないでしょう、と言うと申し訳なさそうに頭を下げた。


 「……腕章を身に付けていたと言うことは、その男は渡界者でしょうね。うちの店に来たことのある人、ではなさそうですね。…………誰だか分かりますか?」

 「さあ? 見たことのない奴でした」

 「うむ……。そうなると新たにこちらに来た渡界者と言うことでしょうね。ならば放っておきなさい」

 「ですが旦那!」

 「面子の問題があると言いたいのでしょう。普段なら許可をしてあげたいところですがね。こちらも()()()が佳境に入って要るところなんですよ。お前の小さな面子のために、お仕事を潰したくはないのですよーーーーーーわかりますね」


 鹿の男性は営業スマイルな表情でチンピラ風の男に釘を刺す。

 チンピラ風の男は息を飲み。頷くことしか出来なかった。

 鹿の男性は「持ち場に戻りなさい」と、チンピラ風の男に告げると、そそくさとチンピラ風の男は裏口からこの場を後にした。


 『ーーー弊害になる様な事が起きたか?』


 この場に二人しかいなかった筈なのに、第三者の声が響く。

 その声は男とも女とも子供とも老人とも着かぬ。奇妙な声質であった。


 「いえいえ。問題はありません。つつがなく進行しておりますとも」


 鹿の男性はその声に驚くこともなく平然と返す。


 『急がす。慌てず。事を完遂せよ』

 「はい。わかっておりますーーーさま」


 鹿の男性何処に居るとも知れぬモノに恭しく頭を下げるのであった。














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