No.2
No.2
広大な大地を持つグローリア。
かつては高度な文明が繁栄していたが、今はその文明は見る影すらなくなっていた。
それはーーー
【大変革】
と呼ばれる自然環境変化が起きた。
豊かであったグローリアは過酷な環境へと変化していく。
人々が築き上げた文明は崩壊していき、数多くいたグローリアの種族達は、今では数種族にまで減ってしまった。
しかしそれでも残った種族は再び文明を築き、懸命に生き残ろうとしていた。
だがそれでも彼らの衰退は止まることはなかった。
そこで彼らは残された先文明の術装具のひとつ。『記録石』を使い。別世界に存在する自分達と類似する人類にグローリアの世界に呼び出すことを決意する。
別世界より呼び出された彼らは『渡界者』と呼ばれた。
しかしグローリアの住人は渡界者は呼び出した本人を呼ぶのは忍びなく。渡界者達の記録、その影としての部分を呼び出したのだ。その為か渡界者達の力は著しく低かった。
だが彼らの高潔なる精神は如何に自分の力が弱くなろうとも、グローリアの世界の住人のためにその力を振るうことを躊躇わなかった。
彼ら渡界者はグローリアの人々の生活を守るためにモンスター退治を行ったり。町の復興を手助けをしたり。大変革が起きた理由を調査したりと。様々な場所で彼らはその活躍の場を見せた。
しかしそんな高潔の精神を持つ渡界者の中にも希に悪徳を成すmーーー
「……まだ続きそうですね。スキップさせて頂きましょう」
壮大な映像と音楽、そしてナレーションが流れているプロローグを、シンヤはプログラマ―が苦辛して作り上げたであろうプロローグを、無惨にも最後まで見ることなく。飛ばすのだった。考えるのが大変だったんだぞコノヤロウ!
「どうせゲーム内でも同じ説明を聞かされるのでしょうから、要らないと思うのですが」
身も蓋もない言い方で、次々とスキップさせて行くのだった。
そしてホワイトアウトの画面からブラックアウトに転換されると今まで感じていた感覚が鋭敏がされていくように感じる。
☆★☆★☆
「……ここは?」
渡界者シンがその閉じていた瞼を開いた時、彼の目に映った景色は薄暗い部屋の中であったが、周りが見えないと言うほど暗いと言う感じはしなかった。その証拠に、部屋の外観を見通す位には見えていたのだ。
何も物が置かれていない二十畳程の大きさの部屋。そんな部屋を見通すことができたのは、この部屋の壁であった。
壁は自然に出来たものとは到底思えない程、綺麗に切断された光沢の在る薄暗く光る石材。
「これは黒曜石でしょうか? ですが、石の中が薄くぼんやり光っていますね。そのお陰で部屋が見渡せると言う訳ですが、見たことがない鉱石ですね」
ゲームであるならばそう言った物が存在するかと考え。ここの出口はと辺りを見回す。すると少し先に上へと昇る階段を発見した。
階段は三、四人横に並んでも優に余裕の在る作りとなっていて、階段の段差も差ほど高くなく。両脇と真ん中には手すりが付いていた。
シンはゆっくりとした足取りで階段を上っていく。
そして上がりきったその先では人の気配を感じ。警戒しながらも。
「何方か、いらっしゃるのですか?」
と、こちらから声を掛ける。
「そのまま上がってきなさい。挨拶はその後にしましょう」
出口の先は逆光で誰だがは分からなかった。
しかし明け透けなしゃべり方と声の感じから、若い女性の声だと言うことが理解できた。
シンは女性の声から自分に敵意は無いと判断して、歩み止めていた足を再度動かし。階段を登り始める。
そして階段を上りきり。上りきった先にいた人物を目にする。
「ようこそ。このグローリアの大地へ。私はこの『高殿の搭』の職員の一人。『導き者・D』よ。もし良ければあなたの名前を伺っても良いかしら?」
階段の上にいた、見た目が二十代前半の少々小柄な女性。北欧系の顔立ちに、起伏の少ないスレンダーな体型。その身に纏うは純白の一枚布をドレスの様な作りにした貫頭衣。
そして女性の背丈と同じくらいの長さのあまり飾り気の無い錫杖を手にしていた。
これだけなら少々風変わりな格好をした人物だと思えるのだが。その女性の目を引いたのは、髪質自体が発光しているかのような、うっすらと輝く薄緑色のセミロングの髪であった。
しかしそれよりも何よりも注目したのが、その髪の隙間から突き出るように人の耳よりも長い、流線型の耳が出ていたのだ。
その容姿にシンは女性が物語などで登場する。とある種族であると思い。思わずその名前を口にする。
「……エルフ」
「ええそうよ。私は『霊人族』の種族のひとつ。『木霊人族』よ。ところで、あなたのお名前はまだ教えてくれないのかしら?」
女性はにこりと笑い。シンの言葉を肯定する。シンはそれにハッと我に返り謝罪をして、名を告げた。
「失礼いたしました。私はとうじょu、と、こちらではこの名前ではありませんでした。シンと申します」
「改めてようこそ。渡界者シン。別に気にする必要はないわ。この世界に始めてくる渡界者の人を出迎えると、大概皆同じ反応をするから」
女性、導き者・Dは、たまに妙な反応をする渡界者も要ると言う。
その一例が。
『ヒャッホーイ♪ エルフだあああ!!』
『貧乳さいk(バキッ!)ぶべらぁ!?』
『金髪エルフじゃないんですね……ガッカリです』
『ツンデレですか?』
等々と、時に訳の分からない反応をする者達がいたと言う。
それらの言葉にどう返事すれば良いのか分からなかったシンである。
「さあ、こっちよ。この台座にあなたの持つユニークカードを照らしてくれる。そうすれば世界が改めてあなたを認識してくれるわ」
導き者・Dはシンの反応に気にすること無く。指し示したのは、彼女の腰の高さぐらいに在る。先程の石壁の材質と同じような黒曜石の様な円柱の台座であった。
「ユニークカード…?」
「持ってるでしょう」
何処に在ると服を探ってみると、一枚のスマートフォンサイズのカードがズボンのポケットに入っていた。
『栄光を記録せし世界録』では、他のゲームに在るシステムが数多く存在しない。と言うと語弊があるが、例えば仮想ウインドウを呼び出して。そこから、と言うやり方はこのゲームには存在しない。
自身のステータスを見るならユニークカードからとなる。それも更新しなければ新たな自分の【能力】を見ることは出来ない。
また、『イベントリー』や『アイテムボックス』の様な有無限に物が収納できるシステム等も基本的には存在しない。全て自分の手で持ち運ばなければならないのだ。
シンが取り出したユニークカードには、キャラクター作りの際に職業を決めた時の【幻想者】の絵柄が描かれていた。
シンは台座の天辺。丁度カートの大きさに形作られている場所にユニークカードを置く。
置くと、ユニークカードが点滅するように淡い光を放つ。
それに同調するかのように台座も点滅を繰り返し。
部屋の壁の一部が振動を立てながら、引き裂かれるように左右に開いていく。
その向こう側にはシンより先にグローリアの世界に来ていた渡界者達であろう者達が、思い思いの武具を身に纏い。備え付けのテーブルに座り食事をしたり、談話をしていたり。木のボートに張られている紙を見ては何かを吟味している姿や。導き者・Dと同じ服装をした女性がいるカウンターで何か話していたりしていた。
取り分け多くの者達が居るのは、大きな黒曜石の碑石の前で列をなしている者達であろう。
その者達は順番に並びなから自分の番になると、碑石の前に在る小さな台座の前に行き、多分ユニークカードであろう。先程のシンが台座に置いたようにすると仮想画面が現れ。そこで何かをしている。
「盛況、のうようですね」
「お陰さまでね。こちらが無理に呼んでいるとは言え、来てくれた渡界者達は皆精力的に動いてくれてくれるわ」
感謝の表情をしていた導き者・Dはその顔を一旦潜め。錫杖を一度地に打ち付ける。シンは何であろうと彼女を見ると。それは自分に注目するよう仕向けた仕草であった。
「渡界者シン。此度の我々の召喚に応じ感謝します。しかし我々は貴方に強制的に何かを成して欲しいとは願えません。貴方がこの世界で何を成すのも自由です。その為のサポートを我々はいたしましょう。但し犯罪を起こす者にまで、我々は寛容ではありません。その事を踏まえ。貴方は貴方が成したいことを、このグローリアで行ってください。ようこそ渡界者シン。我々は貴方を歓迎致します」
導き者・Dは明け透けな喋り方ではなく。聖女と思ってしまうような神秘的な、それでいて力強さを持つ言葉を放った。
シンは導き者・Dの変わりように一瞬呆けていたが、直ぐ様正気へと戻り。姿勢を正し。
「ご丁寧にありがとうございます。知識も力も至らぬ者ではございますが。皆様のお役に立てるよう、誠心誠意、粉骨砕身の心構えで行っていきたいと思います。おや? どうかされましたか?」
シンの返答に導き者・Dが面食らったような表情をしていた。
そしてその表情が破顔すると徐々に大きく笑いだし。ついには腹を抱えて笑いだしていた。
シンは何か自分は可笑しな事を言ったのだろうかと考え込むと。
「あっはははは、ご、ごめんなさい…。まさか『迎えの言葉』で、あんなに馬鹿丁寧な返答してくれる渡界者が要るとは思わなくて。大概は「ありがとう」とか。「よろしく」とか。そうした返答しか来なかったから。うん。あなたは変な人ね」
「はぁ…そうなのですか…」
高度な受け答え、行動をする彼女。運営側が操作しているわけではない。
このグローリアの世界では、渡界者以外は現地人しか存在はしてない。
運営はもうひとつの世界を造り上げたと豪語しているぐらいに、彼女には違和感と言うものがまったく無かった。
それ故にシンは初め戸惑いを見せていたが、「技術の発展は日進月歩てすからね」と、自らそう納得させていた。
「本当にごめんなさい。別にバカにしている訳じゃないんだけどね。そう言った人は初めはいたんだけど、今はいなくなって」
導き者・Dは真摯に謝罪をする。シンはそれに対して構わないと言い。この話をそれで仕舞いとさせた。
「じゃあ改めて説明するわね。と、言ってもそれほど無いけどね。ここより先はあなたのしたい通りに行動していいわ。ただし犯罪を起こさなければね。なにか困ったことや質問があれば、あのカウンターに居る者に聞いても良いし。手透きの者に聞いてくれても構わないわよ」
「では初歩的な質問なのですが、よろしいでしょうか?」
「構わないわよ」
「ありがとうございます。それでは、私は先ず初めにこの世界で、何を行っていけば良いのでしょうか?」
「へ?」
シンの質問に導き者・Dは呆気に取られた表情をして、その場で固まった。
☆★☆★☆
「ここが『クエストボード』よ。町の住人や渡界者からの依頼が寄せられたものが張られているわ」
先程別の渡界者達が見ていた木のボードの前に来て、簡単な説明をする導き者・D。
シンは張られている張り紙を軽く内容を見ると、その殆どが町中での仕事内容であった。
「ここに張られて有るのは、ほとんどが町の住人達からの依頼よ。専門的、または報酬がいいのは各専門ギルドで扱ってるわ。まあ、こっちにもたまにそう言ったものが回ってくるけど、希ね」
「見ると期限間近のものがありますが」
ざっと見通した中に依頼期限があと数時間と言うものがあった。
そんな依頼書を指すと導き者・Dは苦笑をして。
「来たはじめはみんなこう言った仕事を受けてくれるんだけど。レベルが高くなってくると、段々とそれに見合った仕事を受ける人が多くなるのよ」
「期限が過ぎた依頼は?」
「期限切れのものは、ここの職員や各ギルド職員が動いて仕事をするわ。ここ張り出されているものは、こんな仕事がありますって、渡界者達に知らせているものだから。でも受けて貰わないと各職員が動かなくちゃいけないから業務が滞ったりするのよ」
導き者・Dは暇があるなら少しでも依頼を受けてくれると助かると、シンに言う。
そんなシンは「これだけの依頼が毎日……現実でもあれば、家賃の滞りとか無くて済みそうですね」と、小さく呟いていた。
「依頼を受けるなら、あっちのカウンターに依頼書を持っていって。担当するものから詳しく聞けるから」
「依頼は複数受けても平気ですか?」
「平気よ。ただ達成できないと、罰金を支払うことになるから、その辺は気を付けてね」
次に案内されたのがフリースペースとなっていた場所。数人の渡界者達が軽食を食べながら雑談をしていた。
「ここは見ての通り自由に使っていい場所よ。あっちにいる職員に声を掛けて、料金を払えば軽い飲食物を提供してくれるわ」
導き者・Dが指す場所にはバーテンダーの様な姿をした初老の男性がお客を待つようにして、グラスを磨いていた。
「あまり利用はされてないようですね」
「渡界者の人達はほとんどが『記憶石』に用があるだけでしょうからね。待ち時間の合間に利用するぐらいしかしてないと思うわよ」
次に案内されたのがこの空間内に在るなかで一番巨大なモノ。黒曜石の様な大きな碑石である。
但し他の渡界者達が使用しているので、少し離れた場所からの案内となったが。
「ここがその『記憶石』よ」
案内された『記憶石』は高さ三十メートルは在る黒い碑石。
その碑石の前には十以上在る円柱形の台座が並べられていて、その前で渡界者達がカードを台座に置き。その上に出てきた仮想画面を見ながら何かを操作して、それが終わるとその場所を開け放ち。次の者が同じようにしていた。
「あれは日に一度、自分達の【能力】更新をしてるのよ。更新をすることで、ユニークカードに蓄積された経験が自身に反映されるわ」
「渡界者はそうすることでレベルアップが可能、でしたか」
「そうよ。あなた達が持つ『可能性の種』とでも言えばいいのかしら。それをどう育てるのか。花となるのか。実となるのか。それとも朽ち果てるのか。すべてはあなたち次第と言うことね」
それは何かを期待した雰囲気を出していた。
しかしそれが何なのかは分からなかったシンは敢えて聞かず。別の疑問を投げ掛ける。
「それにしても『記憶石』の端末の数に比べて渡界者の数が多いですね」
「それは仕方がないわ。製造するにしても必要分の材料がなかなか揃わないの。だから現状は『記憶石』があるところイコール、大きな町と言うことになるわね」
「アイテムは確か、『異界の門』と呼ばれる場所に生息するモンスターを倒すことで得られるでしたね?」
「そうね。正確に言えば『異界の門』だけでなく。『異界の門』がある『聖地』内でも資源を得ることができるわよ。ただ『聖地』は『指定危険地区』に該当する場所よ。『聖地』の力に抵抗出来る者でなければ、『聖地』内を歩くことすら出来ないわ」
『異界の門』とは、異空間に存在する特殊な場所。その内部に入ると、入ってきた外部とは違った様々な構造となっていて。平原。山岳。砂漠。海中。空などのフィールドタイプのモノもあれば。迷路の様なまさにダンジョンタイプのモノがある。
そして『異界の門』の内部には入ってきた者を拒むかのように、『異界の門』では襲い掛かってくるモンスターが存在する。
その襲い掛かってくるモンスターを倒すことが出来るれば、希にモンスターが資源へとその姿を変えることがあり。資源確保の一旦を担っている。
そしてこの『異界の門』は、その多くが『聖地』と呼ばれる自然の力。星力の濃度が極端に高くなっている場所のみに出現している。
星力の力が高くなっている事で、その地区に存在する植物や鉱物などは、例え取り尽くしても数日経てば甦る。物理学を無視した理不尽な現象を起こす場所でもある。
であるならば、資源の取り放題と思う者も要るかもしれないが、導き者・Dが述べたように。『聖地』は極めて濃度の高い星力が存在するため、その力に対抗し得る術を持たぬ者には、『混濁状態』と呼ばれる状態異常が発生する。その後は『気絶状態』となり。救出されなければ、いつしか『死亡』と言う形になってしまう。恐ろしい場所でもあるだ。
「もしあなたが行けるようになったら、資源回収をお願いしたいわね」
「出来るようになりましたら、ご依頼を受けましょう」
互いの社交辞令的な会話をして、導き者・Dの案内は続いていった。