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「想いの透明な欠片」 §9

領域Aから旅立つ朝、見送りに出てくれた糸季先生は言った。


「新しい生活には不安もあるでしょうけれど、あきらめないでいれば必ず、あなたなりの道が開けるわ。

だれにでも気づかないだけですでに用意された自分なりの道というものはあるものよ」


その朝与えられたばかりのジャンパーとジーンズに身を包み、落ち着かない気分を隠さない表情で、琅砂は上目遣いに糸季先生のことを見た。


「違う、前に先生が仰っていたこととそれは違います。

先生が仰ったとおり、世界がほしいままでいびつなものなら、そんな中からどうやって自分だけのために定められた一本の道が見つけられるというのですか」


糸季先生は困ったように微笑んで答えた。


「ありとあらゆる現象は偶然とも必然とも言いうるものよ」




――・――・――・――-・――


夜中にひとしきり雨が降ったある朝、その悲劇は発覚しました。


集落の丘の上で、まだ乾ききらずにしっとりと倒れた草に臥し倒れ、血を流しながらこと切れていたのは、祭りの晩に話したあの白いヤマイヌでした。


なきがらが片づけられた後、このヤマイヌは丘に赤梨を置いて弔いました。


赤梨の奪い合いに巻き込まれた、あるいは、ときどき集落のヤマイヌを襲う外の凶暴なヤマイヌに殺された、といううわさも経ちましたが、とうとう真相はわからずじまいでした。


畑が忙しくない時期には、ほかのヤマイヌたちと森へ遊びに出かけることもありました。


落ち葉を山ほど集めて作ったふかふかのベッドで野宿をしたり、食べられる木の芽を摘みながら森のあちこちを歩き回ったりしました。


このヤマイヌとほかのヤマイヌたちは、拾った木の枝で森の木の幹を打ちながら行進し、驚いた小鳥たちが葉の間から飛び出してくるのを見ては笑いあいました。


赤い屋根の家で赤梨を食べて暮らす日々は続きました。


丘へ上れば、決まってあの大きな木のことを眺めました。


祭りの晩に聞いた話を思い出して


(あいつはわるいやつだろうか、いいやつだろうか)


と思いを馳せました。


そうしていつか大きなあの木がちっぽけな自分に気づいてくれることを願ったのです。


――・――・――・――-・――




ごみごみとした暮れ時の繁華街を、一日の仕事を終えて琅砂は歩いていた。


このごろ護身用に違法所持しているセラミックガラスのダガーが、ジャンパー内のホルダーに収まっているのが人目に立たないよう、猫のように市街ストリートの端から端を辿りながら歩く。


幼い子どもたちがすれちがいざまに高く笑い声をあげてすぐそばを追い越していった。


なんとなく小さな背を見守っていた琅砂の視線の先で、一人の子どもがつまずいたように倒れ、地面に伏したまま盛大に泣き出した。


あまり年も変わらないもう一人の子どもがあわてて駈けもどり、体を起こしてやろうとするが、力が足りずうまくいかない。


琅砂は早足に近寄っていくと傍にしゃがみこみ、転んだほうの体を助け起こしてやった。なるべく自分が優しく見えるような顔つきと声音をしてみせて言ってやる。


「急に転んでびっくりしたね。

でも、自分の足で立てるぐらいだから、もう大丈夫」


琅砂がついでに服をはたいて土ぼこりも払ってやると、犬や猫の耳のような三角の出っぱりが頭の左右に付いたおそろいの帽子をかぶった幼いきょうだいは、もじもじと辺りに視線を動かした。


琅砂は構わずにまた歩き出した。


暗くなる前に、食料の買い物を終えなくてはならないのだ。




――玻月や鈴々花があれからどうしているのか、領域Aの外に自分の居場所を見つけることができたのか、琅砂は知らない。


町にはあれからも抗争や事件が絶えず起こっているが、凶暴な肉食ヤマイヌが人を襲って殺したという話はまだ聞かない。




                             ・―・―・Episode.1 終わり・―・―・

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