「想いの透明な欠片」 §6
今日は楽しいピクニック
赤梨の村のピクニック
みんなそろって連れ立って
東の野原に出かけましょ
葉っぱのそりで草すべり
切り株の椅子で露のお茶
並べた石を叩いて鳴らし
丘の舞台で音楽会
鈴々花の歌うへんてこな歌が活動室じゅうに響いている。
琅砂は別なテーブルでそれを聞いていた。
と、鈴々花が歌いながらつまんで動かしていた2体のヤマイヌ人形の前に、ごとりともう一体が立ちはだかった。
鈴々花の席の隣に立ち、玻月はヤマイヌ人形を動かしながら言う。
「わおおー」
玻月が吠えるふりをするのを聞いて鈴々花は噴き出した。
「変なの、まるで玻月さんが犬になったみたい」
「こいつは凶暴な肉食のヤマイヌだ。ほらほら早く逃げな、でないと喰われるぞ」
「やだぁ」
鈴々花は笑いながらことことと2体のヤマイヌを走らせるしぐさをし、玻月は自分のヤマイヌを振りながら前の2体を追いかけるように動かした。
「そらもう追いついた、がぶりっ」
玻月が自分のヤマイヌで鈴々花の持っていた一体を押さえ込むと、鈴々花は高く叫んでもう一体をテーブルの外へ放り投げた。
靴先へ転がってきたヤマイヌをいましがた活動室に入ってきた糸季先生が拾い上げた。
「あらあら……遊ぶのもいいけれど壊してしまわないようにね」
「だってぇ糸季先生、玻月さんの犬が怖いんだもの」
「犬を放り投げて床に落としてもいい理由にはならないわよ」
糸季先生が取り合わずヤマイヌを並べ直していくのを見て鈴々花は不平そうに言った。
「その犬はさっき死んじゃったやつなのに」
「ではきっと、いまもういちど生まれなおしたのよ――。
今日は〈赤梨の森〉の前に〈街灯番〉をしましょう。
琅砂さん、あなたのいるテーブルを片付けて、鈴々花さん、棚から〈街灯番〉の箱を出してきて」
返事をして立ち上がり、言われたとおりに〈街灯番〉の箱を探していると、糸季先生が近寄ってきて言った。
「琅砂さん、退所日が決まったそうじゃない、おめでとう」
「……もうご存知だったんですね」
琅砂は軽く頭を下げて唇を閉じた。
通知を受け取ったのが昨日、ほかの少女たちにはまだ退所決定については話していない。
玻月と鈴々花の手前、おおっぴらにうれしそうな顔をするわけにもいかなかった。
「えぇっ、本当に、琅砂さん!?」
驚いて身を乗り出した鈴々花から、琅砂はおもわず視線を外した。
鈴々花はわざわざそばまで駆け寄って琅砂の腕にしがみつき、なおも言った。
「まだいてよ、お願いだから。今いなくなられると、できる活動が減って困る」
その鈴々花の肩を後ろから玻月が掴んで琅砂から引きはがした。
玻月は背中から鈴々花を抱きすくめたまま子を叱るような口調で言った。
「施設の決定に鈴々花さんが有無は言えないんだぞ。
別れが辛いなら、琅砂さんへの祝いに歌でも作ってやったらいい。
そうだ、この前、部屋で何か書いてたろ?
ああいうものでもいい」
「うん……だけど。
はぁ、もう会えなくなっちゃうんだね、琅砂さん」
鈴々花はそう呟くと、首に巻かれたままの玻月の腕にかかるような大きなため息を吐いた。