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飛んで火にいる夏の虫  作者: 道端道草
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第二章 新風(3)

体育祭当日。天気にも恵まれ雲一つない快晴の空だった。


学校のグランドにはいくつかテントが張られ、その下に生徒の椅子が並べられていた。


向かって右側が紅軍、左側が白軍のテントになっていた。


それぞれの団のテントの前には大きな団旗があり、風になびかれながら今か今かとその時を待ちわびているようだった。


開会式、応援合戦が終わると早速競技が始まった。


ピストルの音と同時にスタートする選手と、その選手に向けられた歓声と拍手が一斉に巻き起こる。


俺は紅軍側のテントで緊張を押し殺すのに必死だった。胸は飛び出そうなくらい大きく鳴り、呼吸も荒くなる。


紅軍側のテントで「大丈夫?」と歩実が俺の横に座り、顔を覗き込む。


「あぁ、大丈夫。めちゃくちゃ緊張してるけど」俺がそう言うと歩実は俺の左側の胸に手を当てた。


「すごい緊張してる。大丈夫だよ。大ちゃんならやれるよ」歩実は俺の手を握った。


「イチャイチャしてる所申し訳ないんですけど、歩実次出番だよ?」白軍側のテントから歩実を迎えに来たのは夢だった。


歩実は咄嗟に手を離し立ち上がると「イチャイチャしてないよ!」と弁解するが「はいはい。分かりました」と軽く流されている。


「歩実も頑張れよ」俺は言う。歩実は一つ頷き、夢と一緒に次の競技へ向かった。


歩実と夢が出るのは障害物競走で、あらゆる障害物を乗り越えながら走るといったシンプルなルールだ。


運動神経の良い二人は軽い身のこなしで見事に一位を飾った。


この競技が終われば次がようやく男子の百メートルが始まる。


「自信のほうは?」俺の肩に腕を回したのは航だった。


「まぁ、なるようになるだろ」俺は言った。


「まっ、そうだな。じゃあ行こうぜ」


航も男子百メートルの選抜で、俺達は二人でスタート地点まで向かった。


各代表が綺麗に整列し、ピストルの合図で入場が始まった。


グランドには場の雰囲気に合った音楽が流れ、俺の心臓は更に大きな音で俺の胸を叩いた。


「位置について、よーい」とピストルを上に構え、爆発音と同時に一組目が飛び出す。


ゴールテープを着るのと同時に会場からは歓声が起こった。


続いて二組目も軽快にスタートするが二十メートル程の所で三年生が転倒した。


思わぬハプニングに会場がどよめくが、転倒後すぐに走り出したが結果は最下位。


だがその頑張りを称され会場から大きな拍手が送られた。


「じゃ、先に向こうで待ってるわ」航は余裕の表情で後ろの俺に告げると、スタートラインの前に手を付き、腰を落とした。


爆発音と共に一斉にスタートするが、スタート時点から航が体一個分前に出ていた。


他の二人が決して遅い訳ではない。航が圧倒的に早すぎるのだ。


航がゴールした時、今日一番の歓声が上がった。


第四組目。俺と須藤は顔を見合わせスタート地点に並んだ。


「歩実先輩と付き合ってるのが航先輩じゃなくて良かった。あの人には勝てそうにない」須藤はスタート前にそう呟いた。


須藤は俺の左側のレーンで、俺の右側には三年生の先輩が並びスタートラインギリギリに手を付き、神経を研ぎ澄ました。


スタートで遅れればそれだけで致命的だ。


「位置について、よーい」


俺はタイミングを計り、一気に飛び出した。


「ピピピピピ」と笛を鳴らしながら先生が止めに入った。


フライングだ。


大きく深呼吸をして、もう一度スタートラインに付く。俺は全神経を耳へ集中させた。


「パンッ」


三人が一斉にスタートする。スタートはまずまずだ。


この段階では横一線で特に差は出ていない。


周りの音が遮断されたように、この世界には自分一人だけのような感覚になり、自分の息を吐く声しか耳に入ってこなかった。


三十メートル付近で三年生の先輩が少し遅れを取り始めた。


それと同時に須藤は俺より体半分程前を走り、俺は劣勢の状態だった。


体が酸素を欲しがるのが分かる。


だがもっと早く、もっと前にと俺の心臓をポンプする。


そのまま中盤付近までジリジリと差が離れていく。


「くっそ。もう少しなんだ。回れ足」呪文のように唱えながら走るもその差は縮まる事は無かった。


中盤を過ぎゴールテープへ近付いていく。その時、俺は体の異変に気付く。


足が自分のじゃないような感覚になりフワッと軽くなる。


先程とは打って変わって体が嘘のようにガンガン前に進む。


開いていた差がみるみる内に縮まりゴールテープ手前で横に並んだ。


二人同時に胸を張り、体を前にのめり出しほぼ同時にゴールした。


体から汗が噴き出て来る。心臓は今も大きく打ち付けるがそれもなんだか心地よく感じた。


向こうから係の人間が俺と須藤を誘導し、順位の数字が書いてある旗の後ろに座らせた。


俺は人差し指を立て須藤の顔の前に向け「まず一勝」と呼吸を整えるよりも先にに言った。


接戦の末なんとか勝利を手にした俺は航とハイタッチを交わし、喜びを共感した。


午前の最後に行われたムカデ競争は各学年、各クラスの中で一番トップを走っていたのだが、折り返し地点で旋回が上手くいかず、その後も転倒を繰り返し、結果最下位で幕を閉じた。


結果は最下位だったが、最後まで笑い皆でゴールした事がいつかいい思い出になるだろう。


午前の種目は全て終わり、昼食後午後の種目へと移る。


騎馬戦は午後の最後の種目で、俺と須藤の最終決戦の時は静かに近付いていた。


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