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飛んで火にいる夏の虫  作者: 道端道草
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第一章 秋(5)

夕刻、鈴虫達が俺に祝杯を挙げるように見事な音を奏でている。


枯れ葉を踏み「クシャ」と葉が潰れる音も、秋の静けさも、いつもは何も感じない俺だが今日はやけに心地よく感じた。


周りの風景に季節の歩みを感じながら、俺は浮足だった足取りで目的地まで向かった。


公園に着くと俺は辺りを見渡し、歩実を探したがどうやらまだ公園には来ていないようだ。


仕方が無いので俺はしばらくブランコに腰掛け、歩実を待つ事にした。


公園にはベンチが二つに滑り台とブランコがあり、どこにでもある小さな公園だった。


今は数人が公園の周りを散歩したりしていた。しばらく無心でブランコに乗っていると後ろから「わっ!」と大きな声がした。


「うお! いきなり脅かすなよ!」


咄嗟にブランコから降りる俺に歩実は「ほい!」と缶コーヒーを投げた。


歩実は悪びれる素振りなく俺が乗っていたブランコに座り「まぁ座りなよ」と隣のブランコを指差した。


俺はそんなあっけらかんとした歩実に追及はせず、言われた通り隣に座った。


「そんな真剣な顔しないでよ。別に対した話とかは無いから」


「へ? じゃあ何で呼んだんだ?」


「用事が無きゃ呼んだら駄目なの? 乙女心がわかってないなぁ」


歩実はそう言うとブランコを勢いよく漕ぎ始めた。


「いや、そんな事はないけどさぁ……ごめん」


「いや! 冗談だから! それよりこの前の文化祭二日目、夢と二人で回ったんだって? どうだった?」


歩実は俺を見ずにただただブランコを漕いでいた。


「特に何もしてないけどなぁ。二人でひたすら食べてたよ」


夢が食べきらない量のご飯を買った事。


でも気付けば二人で完食した事。夢の食べる姿は本当に幸せそうな事。


後夜祭の事。俺は覚えている限り文化祭二日目の出来事を歩実に話した。


歩実は「そうなんだ」「よかったね」と間に少し挟むだけで俺が話し終えるまで黙って聞き続けた。


「ところでさぁ、後夜祭の時、水田先輩と会った?」


俺は二日目の事を一部始終話し終えた所で歩実に訊いた。


本当は歩実が話してくるのを待つつもりだったが、俺は気になってしょうがなかった。


歩実はブランコから飛び降り「会ったよ」と言いゆっくりと歩き出した。


「先輩と何話したの?」俺は先を歩く歩実の後ろから訊ねた。


「どうしてそんな事訊くの?」歩実は振り返り立ち止まった。


「いや、先輩あの日ステージで告白宣言しただろ? あの後俺と航、先輩から歩実の居場所知らないかって訊かれたんだ。それってつまり歩実に告白するって事だろ? だからどうだったのかなぁ? と思って」


「告白されたよ」歩実はそれだけ言うと再び歩き始めた。


俺は立ち止まったまま「付き合う事にしたの?」と訊ねた。


だが歩実は聞こえてないふりなのか、本当に聞こえてないのか、質問に答えないまま構わず歩き続けている。


「なぁ。聞いてんのかよ」俺が咄嗟に歩実の手を握り呼び止める。


「違うよ……」歩実が小さな声で呟くが、その声は本当に小さく全て聞き取れなかった。


最後の方に微かに聞こえた「違うよ」と言う声は何を指して何を意味するのか全く分からなかった。


「え? もう一回言って」俺は耳を澄まし、歩実の声だけに集中した。


歩実は「付き合ってないよ」と答え、さっきの微かに聞こえた歩実の「違うよ」の言葉は俺の聞き間違いだったのかもしれないと思った。


そんな事より歩実が先輩の告白を断った事には驚いた。


夏祭りの日先輩に彼女がいた事にショックを受けていた歩実がまさか、先輩からの告白を断るとは思っても無かったからだ。


「そうなんだ。でもどうして断ったの?」


歩実はしばらく黙って歩き、ベンチに腰を下ろした。


俺もその隣に腰を下ろし、歩実から貰った缶コーヒーを喉へ流し込んだ。


「なんでなんだろうね。気付いたら断ってた。あんなに好きだったのに、あの時はそうは感じなかったんだ。たぶん私の中で整理が出来たんだと思う」


「もう先輩の事は好きじゃないって気持ちの整理?」


「それもあるけど……まぁ大ちゃんに言ってもわかんないよ。大ちゃん鈍感だし!」


さっきまでの暗い表情は消え、いつもの様に明るく振舞おうとする歩実は少し無理をしているように見えた。


歩実は暗い空気を変えようと、文化祭の日の事を楽しそうに話した。


今度は俺が相槌を打ちながら歩実の話しを聞いた。


話の途中で「そういえば……」と歩実は鞄の中をゴソゴソとあさり始め「あった!」とお目当ての物を見つけたのか、俺の前に立った。


「大ちゃんもうすぐ誕生日だよね? おめでとう!」と手のひらに収まる位の箱を俺の手の上に乗せた。


その箱は可愛い包装紙とリボンで綺麗にラッピングされていた。


俺は喜びなのか驚きなのか全く言葉が出てこなかった。


歩実は誇らしげに俺を眺め「どう? 嬉しい?」と笑いながら俺に問い掛けるが、俺はただただ頷くしか出来なかった。


「かなり迷ったんだけどね。気に入ってくれたら嬉しいです!」歩実は照れ臭そうにそう言った。


「気に入るに決まってんだろ!」俺は即座にそう返した。


それから歩実は一人で悩んで買い物に行った事や、俺の誕生日を航から聞き出した事などここ最近の出来事を俺に話し始めた。


気付けばもうすっかり陽も沈み辺りが暗くなり始めた。


俺は歩実に「家まで送る」と言うと、歩実は「大丈夫だよ」と遠慮したが、俺の押しに負けたのか、最後は「お願いします」と深々と頭を下げた。


その顔は暗くてはっきり見えなかったがどこか嬉しそうにも見えた。


帰り道も俺と歩実は文化祭の話で盛り上がり、俺は文化祭の準備の最中に先生からポスターを貼らされた苦労話をしていた。


「でさぁ、夢と二人で大量のポスター貼って回ったんだよ。最悪じゃない?」


「二人で貼ったの? 大変だったね」


俺はポスターを貼り終えた後、教室にあるメイドの服を夢が着た話をしている途中に、今まで楽しそうにしていた歩実が口を挟んだ。


「もういいよ。聞きたくないから。ここから一人で帰れるから。ありがとう」


そう言って小走りで走って行く歩実。俺は咄嗟に歩実の手を握り引き止めた。


「ちょっと待てよ! いきなりどうしたんだよ!」


「大ちゃん優しくする相手違うよ!」


俺の手を振り解き歩実は暗闇へと走り去って行った。


俺には歩実が何でいきなり怒ってしまったのか見当も付かなかった。


俺はただ面白かった話を歩実にも聞いて欲しかっただけなのに。


ポタポタと降り出す雨は俺の気も知らずにただただ振り続けた。


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