第10話 涙の魔法
「お前、また昼アンパンかよ!今日で4日目だぜ?」
真の鬱陶しそうな顔を横目で見ながら、俺はアンパンに噛り付いていた。
「放っといてくれ」と言ってふと外に視線をやると、旧校舎の屋上に人が立っているのが見える。
普段人気の無いところに、今日はまた随分たくさんいるな・・・
ガタッ! 俺が余りに勢いよく立ったので、椅子が派手に倒れた。
「どうした?諒?」
「何か、やばい気がする・・・ちょっと頼みがある、真・・・」
それから俺は、旧校舎屋上まで全力疾走した。
屋上に続く扉まで辿り着くと、俺は音をたてないようにそっと扉を開いた。
さっき教室から見えた場所は、ここからだとちょうど死角になる。
俺の見間違いで無ければ、神さまがあまり柄の良くない連中に囲まれていた・・・
「私たちの出し物が許可されないって、どういうことよ!」
パサついた茶色い髪を振り乱して、大柄の女が神さまを突き飛ばす。
神さまの体が打ち付けられて、フェンスが派手に軋んだ。
苦痛に顔が少し歪んだが、気丈に神さまは言い返した。
「あなたたちのクラスは既に出し物を申請し、受理されています。それにあなたがたの申請書を見せて頂きましたが、ホストクラブ・・・しかもトップレスって・・・生徒会では、許可出来ません。それに価格も30分5,000円って・・・」
「生徒会の神さまだか何だか知らないけどぉ、今どき普通だから、ホストクラブ。水泳の授業の時だってぇ、上半身裸になるでしょ?トップレス別にいいじゃん!それとも何?生徒会長の裸を見慣れてるお高い神さまはぁ、俺たちの裸なんて興味無いって言いたいの?つか、俺とやってみる?悪いけどぉ、生徒会長なんかより全然いいと思うよ。」
やっちゃえやっちゃえと周りから捲くし立てられ、金髪に近い髪をした背の高い男が神さまに近付く。
「下らない・・・悪いけど、修一以上にあんたの裸になんか興味無いわ。何を言われても、許可出来ないものは出来ない。無駄よ!」
俺は、この状況で大勢を前にしても、背筋を真っ直ぐ伸ばして綺麗に立っている神さまに惚れ直した。でもこの状況で喧嘩売るって無謀すぎ・・・
「下手に出てりゃあ、いい気になりやがって!押さえとけ!」
金髪野郎の命令に、男が3人ほど前に進み出て、イヤラシイ笑いを浮かべながら、じりじりと神さまとの距離を縮めていく・・・
これは、本気でやばい・・・
「ちょっと、待った!」
「あれぇ、双子ちゃんじゃない?お兄ちゃん?弟くん?紛らわしい〜!つか、どっちでもいいけどぉ、何?何か用?今、忙しいんだけどぉ〜」
俺はさりげなく神さまを背に庇うように男たちの前に立った。
「やっぱ、ホストクラブは普通にまずいでしょ。あ、ちなみに俺、文化祭の運営委員ね。この学校ってさ、結構自由にやらせてくれて、あんまり厳しいことも言わないけれど、それって生徒会がしっかりしているからって知ってる?でも、いくら自由だからって、こんなことしていると君たちその内退学になっちゃうよ?」
「つか、別に退学なんて怖くねぇしぃ〜。そしたら、ホストやるしぃ。その方が稼げるしぃ。」
しぃ〜しぃ〜五月蝿い!と心の中では思ったが、神さまを後ろに庇っている手前、なるべく冷静に話をして穏便に済ませたかった。
「ホストって楽そうに見えるけどさぁ、案外大変らしいよ。俺の知り合いの話だと、稼げるのなんてほんの一握りの人たちだけで、あとは本当辛いらしい。2LDKに4人で住んでたりするらしいよ。先輩とかもかなり厳しいしね。そもそも深夜労働だから、俺たちの年齢じゃ働けないね。俺だったら、断然ぬくぬくと学生生活を送ってる方がいいなぁ〜」
「そっか〜じゃあ、ホストは諦めるわ。そこ退いてくれる?俺たち、まだ神さまに用事あんだわ。」
「まいったなぁ。俺も神永さんに用事あるんだよね。譲ってくれない?」
「つか、マジ後にして。俺らも頼まれたことあるからさぁ、悪ぃけど、また後で来てよ。」
「頼まれたこと?」
「何なら、あんたも一緒にやる?これからさぁ、神さまのヤラシイ写真撮らなきゃなんなくてさぁ・・・」
なるべく冷静に話をしようと思っていた俺の中で、ブチっと何かが切れる音がした・・・
「・・・誰に頼まれた?」
突然低くなった俺の声に金髪野郎が、一歩退いた。
「・・・つか、それ言う訳無いっしょ・・・」
こんなヘナチョコ男が何人束になったって、負ける気はしなかった。
俺は、金髪野郎の胸ぐらを掴んで睨みながら、耳元へ囁いた。
「もし、神さまに何かあれば、黙っちゃいない。お前の将来なんて握り潰してやる。俺、手段とか選ばないタイプだから。」
俺が手を離すと金髪野郎はフラフラっと後ずさった。
そこへ、絶妙なタイミングで真の声。教室のベランダからこっちに向かって手を振っている。
「お〜い!諒!今岡先生がお前のこと探してたから、屋上だって言っておいたぞ〜!そろそろそっちに行くと思うから、そこで待っとけよ〜!」
不良たちは「まずい!先生来るって!」とそそくさ屋上を去って行った。
ナイスタイミング!真くん!俺はベランダの真に投げキッスをオーバーアクションで送った。
さて、屋上に取り残された俺と神さま。真が叫んだせいで、あちこちの教室からこちらを見ている生徒がいる。
「注目の的だな・・・とりあえず、向こう側に周れる?」
教室から死角になっている方へ周ると、神さまが突然座り込んでしまった。
「ごめんなさい・・・腰が・・・抜けちゃった・・・」
恥ずかしそうに俯く神さま・・・見ると少し涙ぐんでいた。
俺は、ほとんど無意識に神さまを抱きしめて、背中をポンポンと叩いて「もう大丈夫」と囁いた。それを合図に堰を切ったように泣き始める神さま・・・
まだ震えている肩は、思っていた以上に華奢で、俺の両手にすっぽり納まる。
俺は、どうすることも出来ずにずっとポンポンを繰り返した・・・
「ありがとう・・・ごめんなさい・・・今岡先生来ちゃうわね・・・」
少し落ち着いたらしい神さまが、俺から体を離して呟く。表情はもういつもの神さまだ。
「ああ、あれね。大丈夫、たぶん嘘だから。」
「嘘・・・?なんだそうだったの・・・すっかり皆騙されたわね。」
「これぞ双子の見事な連携プレイってやつね!」
神さまは笑って立ち上がり、スカートの埃をパンパンとはらった。
「私、人前でこんなに泣いたの初めて・・・何か魔法でも使った?」
「ん〜・・・実は俺、昔泣けない子供でね。親父が抱きしめて背中をポンポンってして『泣いてもいいんだぞ〜』って言って、初めて泣く子だったのね。恥ずかしいんだけど・・・」
「素敵なお父様ね。」
「愛情だけは満腹にもらってるね・・・もうご馳走様って言いたいくらい・・・」
「フフ・・・本当にありがとう。私、もう大丈夫だから。そうだ、お願いがあるのだけれど。今日のことは、生徒会の皆には黙っていてくれる?忙しい時期だから、心配掛けたく無いし。」
「・・・うん。でも、大丈夫?」
「平気。あ、私が泣いたことも内緒にしてね。諒多くんに泣きついたなんてこと知ったら、結喜が悲しむかもしれないし・・・私の勘だと、結喜は諒多くんのことが気になってると思うのよ。」
神さまはクスッと笑って悪戯っぽい目で俺を見た。
ああ!そんな表情も可愛いなぁ・・・なんて呑気に思った俺に「頑張って!」と言い残して神さまは去って行った・・・