第1話 矢野家の朝
「諒くん真くん。朝だよー。起きないと目覚めのチュしちゃうぞ!」
階下から親父の気色悪いモーニングコール・・・
折角いい夢を見ていたのに邪魔されて、俺は後ろ髪を引かれつつ目を開けた。
憧れのユキ姫とカフェでお茶していたところだったのに・・・
やっぱり夢かぁとため息をつきつつ体を起こす。血が全身に流れていく感覚を味わいながら、大きく伸びをしていると、部屋のドアが乱暴に開いた。
「諒、俺のTシャツ知らない?」
ズカズカと部屋に入って来てクローゼットを覗き込んでいるのは双子の弟、真也。
一卵性双生児だから、見た目はそっくり。
もちろん自分たちは分かるけれど、完全に見分けられるのは身内とごく少数の友人たちだけ。
中学の頃に一度アイデンティティの目覚めなのか、お互い個性を主張したがった時期もあったが、好みも似ているため結局無駄な足掻きで、今は分かる人に分かってもらえればいいやと達観している。
「たぶん、1階のクローゼットにあったと思う・・・」
俺が寝ぼけ眼をこすりながらそう言うと、サンキューと踵を返して真也は出て行った。
俺も重い体を引きずって後を追う。
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ダイニングキッチンに入ると、親父が「赤いスイトピー」を熱唱しながら、オムレツを焼いていた。
いつものことながら朝からハイテンションな親父だ・・・
「諒くん、真子さんにお茶淹れて差し上げて。」
ちなみに真子さんは俺たちの母親。親父の最愛の人だ。
俺たちがまだ幼い頃に病気であっけなく亡くなった。
母親との記憶は少ないが、仏壇に飾ってある写真はいつも穏やかに微笑んでいる。
真子さんのことは親父から嫌って程聞かされて育った。
真子さんは花が大好きで、笑顔の可愛いタンポポの様な人だったとか、少しおっちょこちょいなところがまた可愛かったとか、俺たちのことをどれだけ愛していたかとか・・・
お蔭で俺たちは真子さんをいつも身近に感じることが出来たわけだけれど、随分昔に亡くなった真子さんをいつまでも変わらず想い続けられる親父は、息子の俺たちから見ても少々変わり者だと思う。
しかも、この親父かなり若い。
大学生の時に学生結婚して俺たちが生まれたから、親父はまだ30代。
見た目は30代前半で充分通用する。
俺たちと並んだって、親子と言うよりは少し年の離れた兄弟といった感じ。
グラフィックデザイナーとか言う格好良さげな仕事をしていて、息子の俺が言うのも何だが、端正な顔立ちをしているからとにかくモテる。
「親父、真子さん真子さん言ってて、よく静香さんにフラレないね。」
俺がオムレツをかじりながら言うと、親父は振り返ってニヤリと笑いながら
「静香さんはとても素敵で聡明な女性だからね。それにパパだって静香さんをちゃんと大事に想っているし。そしてこれはどうしようも無いことで、やっぱり一番は真子さんだから。」
「親父に何言っても無駄だよ、諒。この人の少なくとも50%くらいは真子さんで出来ているんだから。」
「やだなぁ、真くんたら。それを言うなら、真くんと諒くんでしょ。2人の50%は真子さんで出来ているんだよ。そして残り50%は僕! あぁ、何て素敵なんだろう・・・」
親父、朝からうっとりし過ぎ・・・
俺たちは暴走し始めた親父を放って、朝食を平らげ家を出た。