#4 問題発生
冷静に考えるが、寝起きで頭が回らない。というよりも、現実には起こり得ないことが起きているため、頭が働く訳がなかった。
鏡を見てみると、それはまさしく妹の姿だった。
わっと驚きの声を上げた途端に、女の子の声が脳内に響いた。
「なに、これ…」
はっと思いだしたように妹のスマホを手に取った。しかし、ロックが掛けられていて開けなかった。
とりあえず本当の自分に連絡しなければと思い、寮に電話した。
先生に取り次いでもらった。
自分の声が電話越しに聞こえるという不思議な体験をする。
「もしもし…依理…博です」
確認せずとも妹と分かり、ホッとした。
「お、お兄ちゃん?」
「お、おう。俺だ」
「どうして、こうなった…のかな…」
「わ、分からない。…こっちが聞きたい」
「とりあえず、スマホを使いたいから教えてくれ」
「こっちも……頼む」
お互い人の目を気にして、ひそひそ声になり、ぎこちない会話になる。端から見れば、怪しすぎる。
寮にいる僕は特にそうだろう。朝イチから電話が掛かることなどない。先生は何事かと思うことだろう。
うまく誤魔化してくれることを祈りつつ電話を切った。
先日、電話を掛けておいて良かったと思った。お陰で家族にはうまく誤魔化すことが出来た。
改めて掛け直す。
「何が起きてるのよ…困るんだけど…」
「俺に言われても…とりあえず、学校に行かない訳にはいかないだろう」
「そうね…時間がないから、ざっと注意事項を教えとくわ…」
「あと、私の体で変なことしないでよ!」
「しないから。俺も注意事項を教えとくぞ…」
「あと、困ったことがあれば、同じクラスの中川って奴を頼れ。事情を話せそうなやつは中川だけだ」
「部活は休んでいいって、大会近いんでしょ?」
「体力面は心配無さそうだが、ちょっと厄介なやつがいるから」
「そう…わかったわ。学校が終わったら必ず連絡して。約束よ!」
「あぁ、わかった」
そうして通話が終了した。
慣れない制服を着て、朝食を食べる。数ヶ月ぶりに自宅で朝を迎えるが、その様子は全く変わっていない。
母は朝食と弁当の準備を済ませ、慌ただしく自分の支度を始める。父はすぐにでも外出できる状態で、ゆっくりと朝食を食べながら新聞に目を通す。
一切会話がないのが特徴だ。
両親は、娘の中身が息子になっていることなど知る由もなく、普通に振る舞う。
少し受け答えがぎこちなくなるが、なんとも思っていないようだ。
一番困るのはトイレであるが、なんとか用を足せた。戸惑ってもおかしくないのだが、無意識にそれをこなしていた。
どうやら、入れ替わったのは意識だけのようだ。
余裕を持って、学校に向かう。叶と一緒に登校することになっている。
学校のことなどは、叶に訊くように言われていた。つまり、この事実を伝えなければならないのだ。
「おはよー」
「お、おはよう…」
「どうしたの?体調悪い?」
心配そうに訊く。
「いや、そういうんじゃないんだけど…」
「何?」
「…あのさ……信じてくれないと思うんだけど……」
「何?また変な夢見たの?」
変な夢とは何のことだろう。
「えっ?あ、いや、そういうんじゃなくて……」
予想外の発言に戸惑いながらも、言い出そうと言葉を絞り出す。
「何?ちょっとおかしいよ。今日…」
誰が見たっておかしいと思うだろう。険しい顔で見つめてくる。
「朝起きたら……さ」
「朝起きたら?」
「入れ替わってたんだ…」
思い切り真実を告げる。しかし、彼女は信じていないようだ。
「えっ!え!何?ちょっとあんた、大丈夫?どこか打ったの!?」
あまりにも現実的でない発言のため、ひどく動揺しながら、本格的に心配し始めた。
「信じてくれないよな…」
数分後、頭の整理がついたのか質問をしてきた。
「えっ、てことは、あんたヒロなの?」
「うん……」
真剣な顔になった。信じてくれたのだろうか?
「……あんた……」
「ん?」
「早く行くわよ!」
そう言いながら、手を掴まれる。
「え、うん…」
足早に学校に向かう。
まだ、生徒は疎ら。グラウンドには朝練をする生徒がまだ居た。
昇降口で上履きに履き替えると、一目散にどこかへ連れて行かれる。引っ張られるまま、ついて行くと部屋にたどり着いた。
そこは保健室。
「先生!この子の様子がおかしくて……」
止めようとしたが、扉を開けると同時に話し始めていた。
「あら、大変ね?」
色っぽい先生だった。
「入れ替わったとか言ってるんですけど、絶対おかしいですよね?」
興奮気味に言う。
「あらあら、寝ぼけてるのかしらね。こっちへ来なさい」
どうしようかと考えながら、先生の元へ行く。
顔を近づけるように言われ、近づけるといきなり耳元で囁かれる。
「博くん、だったわよね?」
「何で知ってるんですか?」
予想外の展開に悪寒がする。心拍数も上がる。
「さぁね?詳しいことは後。とりあえず、妹として生活しなさい。あまり多くの人にバレたら、アウトだからね。お友達には教えてもいいけどね~」
得体の知れない恐怖に、血の気が引いていく。
「お、おい……お前、何者だよ」
「それはひみつよ」
顔は笑っているが、冷徹な言い方だった。
この人は何かを知っている。
「あ、この子をちょっと休ませるから、先に教室に行っててね」
急に声色を変えて、叶に伝える。
「わ、わかりました」
叶が出て行った。それと同時に立ち上がり、保健室の扉の鍵を閉める。
「さて……」
表情と声色を変えて、何かを話し始める。
何が語られるのか、身構えながら話を聞いた。