#1 唐突な再会
夏休み初日、いつものように部活に行くと先輩の山本がいた。
彼は部長でもないのに図体ばかりでかい。態度も成績も決して良いとは言えず、挙げ句の果てには、中学時代から活躍していた後輩たちに難癖つけるのが趣味という救い用のない奴だ。
「おい、ヒロ。次の大会、自己新出さねぇと分かってるよな?」
まるで不良の言い方である。
「分かってますよ、秋の大会までパシリですよね」
何度も言われているため、嫌でも覚える。
「分かってるならいい。練習さぼるんじゃねぇぞ」
「サボってないですから・・・」
そんな会話をした後、うんざりした顔でマネージャーの岸家が話しかけてくる。
「あぁ~なんでいつも私ばっかりに押し付けるんだろう、あの部長・・・」
あの部長とは池永のことだ。なんでもかんでも他の部員に頼る、というか扱き使う。これでも、我が部の長である。
「どうしたんっすか?またパシリですか」
「そうなのよ・・・あの人使いの荒い部長どうにかならないのかしら。いっそのこと、ヒロが部長になればいいのに」
それは無理なお願いだ。
「まだ一年ですし・・・」
「でも、足では誰にも負けないスーパールーキーなんだし。権力ばっかり握って、成績が伸びてこないやつなんてただのお荷物よ!」
強い口調で言った。
「“お荷物”で悪かったな。しかし、口ばかり動いて、他のことを疎かにしているやつには言われたくはない」
背後から声がする。彼が後ろに居たようだ。
「ヤバい、部長に聞こえてたっ・・・私、逃げるわ。練習頑張ってね~」と尋常じゃない速さで逃げていった。
「そうだ、お前にひとつ頼みがある」
これが決まり文句である。彼は僕に頼みたいことがあるらしい。どうせろくなことじゃない。
「ハードル出しといてくれないか?」
あたかも当然のような口振りだが、僕はハードル走の選手ではない。
「すみません。準備運動が終わってないので、他の人に頼んでいただけませんか?」
ハードルは使わないと言えるはずもなく、準備運動を言い訳にして断る。
「それなら、終わった後でいいよ。よろしく」
結局、一方的に押しつけられた。
準備運動やストレッチをしてから、僕は一切使わないハードルを出すことになった。無駄な体力を使わせられた。
大会が近くなってきて、該当者は準備に余念がない。僕も該当者のひとりだ。
部長や顧問も大会モードに入り、一層厳しくなる。特に一年生のエースと呼ばれている僕の練習メニューは恐ろしいほどハードだ。
ついていけない程ではないが、肉体的な疲労は想像以上だ。
なんとか練習をやり切り、寮に戻ると自室に放置されたスマホがメッセージ受信を知らせていた。誰からだろうと確認すると送り主は妹だった。
ここ数ヶ月、まともに会話をしていない。そんな相手からの唐突なメッセージは、たったの一言。
『盆は?』
お盆の予定を聞いてきたらしい。連絡しなければと思っていたのだが、連日のハードな練習のせいで連絡が延び延びになっていた。
『初日に実家に帰る。迎えはいらない。』
こちらも簡単な文で返す。
その後、すぐにメッセージは既読になったが、彼女からメッセージが届くことはなかった。
家にも連絡したほうが良いだろうと思い、実家に電話を掛ける。
「もしもし…俺だけど」
「はい……あ、うん。何?」
発信者を確認しなかったのか、一瞬だけ声のトーンが高かった。しかし、相手が僕だと分かると途端に声のトーンは下がった。
「久々だな…」
「何の用…」
感情のない冷たい言い方をした。
「いや、お盆のことで…」
「さっき見た…」
簡潔に返事をする。
「父さんか母さん、いないか?」
「二人ともまだ仕事…」
「そうか……あのな、大会があるから、あんまり滞在できなさそうだから…伝えといてくれないか?」
伝言を言付けた。
「わかった、じゃ…」
「ちょ、ちょっと待てよ」
そのまま電話を切りそうだったため、慌てて止める。
「なんかごめんな」
とりあえず謝った。解決するわけではないが、こちらに非があったことは確かだ。
「何が…」
しかし、その言葉は彼女の心には響かず、声のトーンを変えない。
「いや、お前にいろいろと任せてしまって」
「何も頼まれてないし、任された覚えないから、じゃ」
「待て待て」
また切られそうになる。
「なんで、そんなに冷たいんだよ…」
とりあえず、沈黙を続けたくなかった。
「……」
返答はない。
「ひとりで寮生活始めたからか?」
「……」
だんまりを決め込んでいるようだ。
「なぁ?なんで……」
言葉の途中で電話を切られた。
妹と会話はできたものの、心にずっと抱えたモヤモヤしたものは消えなかった。
結局、その日はそのまま眠りに就いた。
次の日、若干増したモヤモヤ感のせいで練習に集中できなかった。