この物語はフィクションです
「……ん……」
傍らで眠る女性が、小さく声を上げて身じろいだ。淡い色の髪やドレスに映える程の、白い肌。今は剥き出しのその肩を、彼はそっと引き寄せた。
今宵の『華』は、こうして仮面を外した顔を見る限り、彼より数歳年上で。おそらく貴族の奥方だろうが、常世を忘れて一夜を楽しむ仮面舞踏会ではよくある話だ。咎めては、むしろ野暮である。
それに、それ以前に独り身とは言え彼のように、色んな女性とこうして夜を共にする方が問題だろう。
……だが、彼はこうせずにはいられない。
彼は、母の顔もぬくもりも知らない。美しい女だったと聞いているが彼の誕生と引き換えに亡くなり、侍女という身の上の為に絵姿一枚残っていない。
それ故、彼は亡き母の面影を探してしまう。かつての父のように、母のような女性を追い求めてしまうのだ。
……出会えれば、彼のこの虚は満たされると信じて。
※
『彼』が、どれだけ美しく凛々しいか。
それ故に、華のような美女や美少女に取り囲まれるのは当然として――華を行き交う蝶のように、数多の恋愛をするのは何故か。
亡き母の面影を、相手に求めているのでは?
恵まれていても尚、抱えずにはいられない孤独を満たす為?
あるいは真実の愛を知らないからこそ、求められるままに応じてしまうのでは? ある意味、純粋とも言えるのでは?
そんなことを色々と妄想しつつ、私は『彼』と貴婦人や令嬢との恋愛絵巻をつらつらと書き綴りました。
流石に趣味で書いているとは言え、不敬罪で訴えられたくはないので『彼』の名前は架空のものにしましたが――読んだ面々は、まあ、やはりシラン様を連想するようです。
……読んだ面々、で引っかかった方はいると思います。
勿論、私は人前で書くような真似はしていなかったのですが、休みの日に私の部屋まで遊びに来られたルナリア様に見つかってしまい――思いがけず気に入られたことで、随分と大事になってしまったのです。
そしてルナリア様から、お友達の令嬢へ。そして、彼女達から評判を聞きつけた貴婦人や宮廷の侍女達(召使ではなく、花嫁修業に来ている辺境の貴族や商家のご令嬢)へと口コミで広まって。私が書いた『グロリオーサ物語』は、あれよあれよと言う間に女性達の支持を受け、ベストセラーになった訳です。
結果的に、源氏物語の作者である紫式部のようになってしまいましたが――恋愛物って、いつの時代(まあ、そもそもが異世界ですが)でも需要があるんですね。