好きとは
婚約者となった私に、シラン様はお母様が遺した書き物を見せてくれました。
日記という体で遺されたそれは数冊あり、読ませていただくと想像していたような日本語ではなく、異世界の文字で書かれていました。
「何でも、母は息子の私に見せたいのもあったけど、急に前世の記憶が消えたら困るから、色々と書き残していたみたいなんだよね」
「ああ、それで……」
シラン様の話を聞いて、私は書き物から目を上げました。
聞いた時は疑問に思いませんでしたが、よく考えれば前世の小説や漫画などで読んだような「他の者に読まれないように日本語で書く」をすると、そもそもシラン様には読めない筈です。ただ、言われてみれば息子に前世のことを伝えるのもですが、前世のことを忘れた時に日本語で書いていると自分も読めなくなる可能性がありますからね。
「日記だったら、勝手に読まれる可能性も低いでしょうし……頭の良い方だったんですね」
「ああ、しかも美しかった……母親似らしい私がいうのも、何だけどね? けど、まあ、美しかったから父に見初められたらしい」
「エルダー様の、お爺様ですよね?」
「ああ、母とは親子ほどに年が離れていたけど……母は、オジ専だったらしいから」
「……また、異世界の言葉を」
そう言ってまた書き物に目を落とすと、ちょうど昔、シラン様が見ただろう「前世も現世もオジ専で」という力説部分でした。そして、何だかなと遠い目になりましたが、続けられた内容を見て考えが変わりました。
「避暑に来た先代国王様が、イケオジで目がつぶれるかと思った。しかも優しいとか、最高すぎる」
「知識チート? いや、町の役に立ちすぎると逆に先代様には会えなくなるかも」
「化粧品を作ったりとかは、大したことは出来ないけど……化粧技術や、髪やお肌の手入れの仕方とかを披露すれば、貴族令嬢に仕えることが出来るかも……そして、いずれは王宮に乗り込めるかもしれない」
「そうしたら、また先代様に会えるかもしれない」
……逞しいと思いましたが、いえ、それはそれで間違っていないんでしょうが、シラン様のお母様は本当にシラン様のお父様が好きで。
書き物を読む限り、前世は化粧品販売の美容部員だったようですね。成程、その知識を活かして王宮の舞踏会に令嬢の付き人として乗り込み、そこでシラン様のお父様と再会した訳ですか。
(この着々と足場を固めるというか、外堀を埋める感じ。流石、シラン様のお母様)
シラン様にロックオンされ、ですが好きだったので受け入れましたが──それはそれとして、私は思いました。
「……シラン様のお母様と、お会い出来なくて残念です」
そう言って、そっと書き物のページを指で撫でると、その上から私の手を握ってきてシラン様は言いました。
「そう言ってくれるのは、嬉しいが……異世界の話で盛り上がるのは、私とだけでいいだろう?」
拗ねたような物言いと表情に、呆れるよりも可愛いと思ってしまったのは──惚れた弱み、なんでしょう。
遅くなりましたが、6/16にコミカライズ第13話(最終話)が更新されました。
正直、1巻で終了(ディアスキアに着く前の襲撃くらいまで)もありえたと思うので、本編を丁寧に最後まで描ききって頂き、感謝しかありません。
コミカライズを担当してくれた水沢翔先生、あとスクエアエニックス様、ありがとうございました!
そして、こういう機会を得られたのはこの話を読んでくれた皆様のおかげです。本当に、ありがとうございました!
単行本二巻は、8/6発売予定です。また書影など出ましたら、ご報告します。よろしくお願いしますm(__)m




