魔導士の回想
俺は、平民で。今でこそ『魔導士様』なんて呼ばれて敬われているけど、昔は母親を亡くしてから簡単な魔法で食べ物を盗んで、何とか生きてるような奴だった。
ちなみに、財布とか金目のものには手を出したことがないし、ガラの悪い奴らから求められても魔法で黙らせて断っていた。出来ないことはなかったんだろうけど、それをやると何となくだが『もう戻れない』気がしたからだ。
(今思うと、どこに戻るんだって話なんだけどな)
父親のことは何も知らない。母親は俺を可愛がってくれたが、だからこそ俺を手放したくなくて魔導士の塔に行かせない為、生きている間は俺に魔法を使わせなかったし、何なら村の外れにある家から出さなかった。使わないから簡単なことしか出来なかったが、それでも魔法を使えれば体が弱かった母親の負担を軽く出来ただろうに。
……そんな母親が十一歳の時に亡くなった時、俺は周りから隠されて育てられていたんで、母親と暮らしていた村から気味悪がられてしまい追い出された。少しでも目立たないようにしながらも、一年近くかけて歩いて人の集まる王都に来て、目立たないように路上や廃墟で寝泊まりしながら、生きる以前に空腹を満たすことで精一杯だった。
そんな俺の日常を変えたのは、十四歳の時に会った同じ年のシランだった。殴って気絶させた後、捕まえた俺を警吏に引き渡さず。魔法封じの手枷こそつけたが、自分の家に連れてきて目を覚ました俺に言った。
「何故、魔術師の塔に行かないんだ?」
「……外国なんだろう? 金なんてないのに、どうやって行けばいいんだよ」
俺の答えに、シランはしばし何かを考えるように黙った。そして俺の目を真っ直に見ながら、思いがけないことを言ってきた。
「魔導士は貴重だから、力の強さに関わらず素質さえあれば塔は引き取るし、交通費なんかも出す。一人前になるまでは衣食住を保証するし、何なら魔導士候補を生んでくれたからと、家族にはそれなりの金が貰えるぞ?」
「……えっ?」
「平民でも知っていることだけどな。それこそ、赤子や幼児のうちに塔に引き渡す方が一般的だから」
シランの言葉に、俺は愕然とした。母親としてはただ俺を手放したくなかったから黙ってたんだろうが、それが本当なら今まで自分に対して持っていた『役立たず』という認識が完全に覆されるからだ。
そんな俺に、不意にニッと笑ってシランが言った。
「なぁ? 腹減ってるだろう?」
「え」
「飯を食わせてやるし、風呂もどうだ? その寝台はふかふかで、気持ちいいだろう? 何なら、塔に行くまで一般常識を教えてやる……お礼は塔で学んで魔導士になった後、他の国には行かずにディアスキアに仕えてくれるってことでどうだ?」
「っ!?」
シランからの提案は、俺にとってまさに渡りに船だった。正直、母親からの愛情が歪というか、一方的だと知った身としてはたとえ親切心だとしても、与えられるだけだと逆に恐ろしくて。だからシランの提案は、こちらからも返すことが出来るのでありがたかった。
「乗った。塔に行くまで、俺を手助けしてくれ……あ、ただ。あんたは、貴族なのか?」
「貴族というか、王族だな。まあ、半分だけだけど」
「お!?」
シランの言葉に驚いたが、それはそれで好都合だと思った。そして俺は頭を下げて、シランに言った。
「国にだと正直、でかすぎてピンとこないから……よければあんた個人に仕えさせて、恩を返させてくれ」
「……俺も、乗った」
その返事に顔を上げると、シランは綺麗な顔に綺麗な、でもどこか悪戯っぽい笑みを俺に向けてきた。身分的にも知識的にも対等ではないだろうが、それでも受け入れられて恩を返せることが嬉しくて俺も笑った。
……シランやカルーナから簡単な文字の読み書きや一般常識を学んだ後、俺はシランの勧めで後見人になってくれた、ロータス様経由で魔導士の塔へと入った。そして二十歳になった頃、一人前になった俺はディアスキアに戻ってきて、今はシランのいる王宮に部屋を借りて暮らしている。
だから今、実際住んでいる訳じゃないし、シランやカルーナ達と過ごしたのは二か月くらいのことなんで本当に概念な話なんだが。
皆で過ごした屋敷での日々が、俺の『戻る場所』だ。
コミカライズ第12話を拝見しました。だからこそようやく言えますが、ネームの段階からユッカとシランの顔がよくて(拳)完成原稿も、それぞれ麗しかったです( *´艸`)
今回、誰の話を書こうと思ってユッカの話になりました。書いてみて、思ったよりユッカの過去がシリアスになりちょっとびっくりしました。




