弟の記憶
兄のヴァガンスは母親似で、その弟である私・ブライヤーは父親似だ。
それぞれ親にそっくりなので『家族』だということを疑わないが、兄弟だということは信じられなかった。神童と称され、いくら父が優秀な家庭教師をつけたからと言って数か国語を流暢に話し、平民なのに学者やそれこそ貴族の若君並みに博識で、所作も完璧だったからだ。
一方、私も兄さんと同じ家庭教師についたが、会話も読み書きも困らないのは隣国の言葉であり、公用語であるリアトリス語くらいだ。他の取引先の国の言葉は、契約書に目を通すのに読めこそするが、喋ることは挨拶くらいしか出来ない。取引先との交渉や接客も、兄さんのように優雅にはとても出来ない。
「……出来の悪い僕は、兄さんの弟じゃないんだ」
「何故、そういう風に思うんだ?」
「兄さんっ!?」
あれは確か私が十三歳の、兄が十六歳の時のことだった。
家庭教師から父に、これ以上多国の言葉や文化について学ぶより実務を学ぶ比率を増やした方が良いのではないかと言われたと聞いて、自室の寝台に寝転んで落ち込んでいた。そんな私に、ノックもせず部屋に入ってきた兄が尋ねてきて私は驚き、飛び起きた。
兄は見た目はそれこそ天使のように綺麗なのに、何というかその行動は大雑把というか雑な時がある。加えてやはり見た目から繊細で気配り上手に見えるが結構、面倒臭がりだ。
もっとも、そういう面を見せるのは私達家族にくらいだったし、雑でこそあるが嫌なことはせず、むしろこうして気にかけてくれるので、私としては優しいとしか思えない。
そしてそんな兄からの優しさに触れて、申し訳なさに私はたまらず泣きながら答えた。
「だって僕は、兄さんみたいに何か国語も話せない……あと、兄さんみたいに完璧な接客も……っ」
「いや、そもそも私はお前より三つも年上だし……成人の私がお前より出来なければ、それこそ問題じゃないか?」
「っ、そういうことを言ってる訳じゃ!?」
「あと、私が数か国語を話せるのは単に、学ぶのが好きだからだ。礼儀作法や、接客についても……同じく学んで、出来ると楽しいから。ただ、それだけだし……私はむしろ、お前の接客の方が好感が持てるけどな?」
「えっ?」
「上手く喋られなくても、とにかく身振り手振りで何とか伝えようとするだろう? あと、解らないなりに相手の様子や表情を見て、要望をくみ取ろうとするし……あとそもそも、私とお前は父さんと同じ耳と親指なんだ。親子や兄弟じゃないと、そっくりにはならないだろう?」
「耳と、親指?」
「ああ。耳は、自分では見られないだろうけど……親指はほら、手を見せてみろ」
「…………」
私が両手を出すと、兄も同じように両手を見せてくれた。こうして見ると言われた通り、私と兄は同じ親指の形をしていたし、思えば父と兄は同じ耳の形をしていた。
黙った私に、にこりと綺麗に笑って兄さんは言葉を続けた。
「私達は、兄弟だ。だけど、行動まで同じにする必要はないし……私は、お前のやり方の方が人間味があって良いと思う。先生も父さんもそう思ったから、お前に商会の仕事をさせようと思ったんだ」
「人間味って……でも、兄さんは……」
「私はただ、色んなことを学びたかっただけだよ」
そう言って微笑む兄は、綺麗でもあるが何故だか辛そうにも見えて、私は何も言えなくなってしまった。
……そして一年後、兄は店からも家からも、いや、この国からも姿を消してしまった。
コミカライズ第10話を拝見しました…マロウ司教だけじゃなく、癖の強いブラコン弟(笑)も出ました! あと、居酒屋のデートも可愛い( *´艸`)
実は私と、あと妹さんも親指が父親似です。うちはちょっと変わった形ですが、ここら辺のパーツ、あと声なんかは家族で似るみたいですね。




