令嬢の思惑
もし平民の孤児が宰相である義父に引き取られていたら、私が好きな物語のように劇的だったかもしれない。
けれど私は侯爵家に嫁いだ義父の妹の子供、つまり義父にとっての姪である貴族令嬢だった。女でしかも三女だった私を、独身だった義父は引き取った。王弟であり、当時は近衛騎士だったシラン様を婿にしようとしたのだ。
(義父としては、平民の血も引くシラン様を高位貴族の血統と、あと私の見た目で釣ろうとしたのよね)
寝台で、寝る前の読書を終えた私はふ、と鏡の映る自分へと目をやった。
残念ながら、私は物語の女主人公のように自分の容姿に鈍感や無自覚ではいられない。保護者である義父の望みもあったが、容姿は手をかければかけるだけ結果が出るから面白いのだ。更に、私の夫になれば公爵家を継げるからと、高位貴族の次男三男が婿養子を狙って近づこうとしたが──私が容姿や知識を磨けば、そんな男性陣に舐められずに済むようになった。
(陰ではシラン様に相手にされなかったのに高飛車だとか、可愛げがないとか言われてるけど……そんな殿方は、こちらの方が願い下げだわ)
もっともシラン様に相手にされなかった時、義父の役に立てなかった私は実家に戻されると思った。
けれど義父はそうはせず、代わりに私に公爵家の領地を預けた。女の自分に、と驚いたが元々、シラン様を婿にするつもりだからと淑女教育の他に領主教育も受けてはいた。それでもまさか、成人したばかりの私を、領主代行にするとは思わなかったけれど。
(あの人って宰相職と言うか、シラン様以外の王家の皆様のことが大好きだものね)
シラン様のことは、苦手と言うか嫌いなようだが──義父の思い通りに動かないところと、本心を見せないところが理由だと思われる。私からすれば、単なる同族嫌悪だと思うけれど。
(お見合いの時、何となくだけどシラン様って想い人がいるのかしらって思ったのよね。もっとも私も、領地や領民の皆のことが好きだし……流石に『あんなこと』をやらかしたりはしないけれど、好きなものや人に執着する辺り、シラン様や義父と同類なんでしょうね)
私は領主の仕事が好きで、お洒落が好きで、読書が好きだ。
好きなものに没頭するあまり義父の暴走に気づけず、おかげで公爵家の乗っ取りを疑われたけれど──領主屋敷の使用人達からは「離れて暮らしてましたし、何より領主様は領地経営に邁進してましたからね」とあっさり受け入れられた。使用人達だけではなく領民が皆、そんな調子だったので王都から私の調査に来た面々の疑いも無事晴れた。
(宴の時にミナさん達の唇を読んでいたから調査が来ることは知っていたし、別に後ろ暗いところはないからやりたいようにさせたけれど……ミナさんって、すごいわねぇ。本当、物語の女主人公みたい)
古典リアトリス語は、隣国・リアトリスの神話や古の恋愛絵巻を朗読(自分だけなら読むだけで良いが、布教には大事なのだ)する為に覚えたが──まさか貴族令嬢ではない、平民の女性があんなに流暢に話せるとは思わなかった。いや、話せるだけではなくリアトリス皇国から来たばかりの女性が、あんなに華麗にディアスキアのダンスを披露するとも思わなかった。
(そして何より、あのシラン様があんなに甲斐甲斐しくミナさんに尽くすなんて! 領地に戻ってから、ミナさんと婚約したって聞いた時は胸が熱くなったわ!)
宴から、二か月ほど経ってもミナさんとシランの姿を思い出すとついつい頬が緩んでしまう。
幸いと言うのも何だが、私は初対面の相手から怖がられたり、距離を置かれたりすることが多いが、ミナさんはそんなことはなかった。本音を言うと会って色々と話を聞きたいが、いきなりグイグイいったら怖がられるかもしれないのでまずは手紙から始めようと思う。
(手紙と一緒に、お勧めの恋愛小説でも送ろうかしら)
エルダー王とルナリア姫の結婚式は無事、終わった。流石に参加は自粛したが、ミナさん経由に国王夫妻への祝いの品を送りがてら、ミナさん自身と交流を深めるのも良いかもしれない。
ここ一年は『グロリオーサ物語』が人気だし、その影響で男性主人公の物語も増えてはいるが──以前からある、女性主人公の物語にも面白いものはある。元々、好きな本は自分が読むものの他に保存用と布教用を買っているので、布教用を数冊勧めてみよう。
……そう思い、枕元の灯りを消した私は知らない。
「この国での、大切なお友達ですから」
後日、そう言ってミナさんがシラン様との結婚式の招待状を、私に送ってくれるのを。
コミカライズ第8話を拝見しましたら…ユニフローラ様が、すっごいイイキャラに( *´艸`)
ついつい、ユニフローラ様視点の話を書いてしまいました。本当に、コミカライズの彼女は素敵でして…ごめんなさい。本編完結まで出番がないですが(;^_^A 今回の短編でお許し下さい(>人<;)




