女官長の呟き
小説にチラリと登場し、コミカライズで出番が増えた女官長・エンジュさんのお話です。
そんなコミカライズ単行本第1巻は明日、11/7発売です!
私は、エンジュと申します。リアトリス皇国の皇宮にて、女官長を務めております。
乳母として育てたイベリス様は皇帝となり、美しい皇妃様と皇子様を得て。次は、その妹君であるルナリア様のお輿入れと思っていたのですが。
「ルナリアが、ディアスキア国に嫁ぐことになった」
現国王の叔父であり、後見人であるシラン様が訪れた日から一か月後。私は、イベリス様の執務室へと呼ばれました。基本、敬語で話されるイベリス様ですが、乳母だった私や家臣に関しては普通に話されます。
話を戻しますが、父君が亡くなり国王となられたエルダー様は、一つ下ではありますがルナリア様とほぼ同じ年。けれど婚約者がいると聞かないので、婚姻の話が来ること自体は解るのですが。
(シラン様が来たことで、他の貴族の方々からも婚姻の申し出が来ておりましたが……決め手は、何だったのでしょう?)
口には出しませんでしたが、疑問が顔に出ていたようです。皇帝としてではなく、兄君の表情で笑って、イベリス様は教えてくれました。
「……ルナリアが、エルダー王の絵姿を見て、一目惚れしたんだ」
「まあ! ……失礼致しました」
「いいよ。気持ちは解るからね」
思わず声を上げ、慌てて頭を下げた私にイベリス様は笑って言いました。
皇女として、ルナリア様がどんな相手であれ国内の貴族に嫁ぐことを、諦めと共に受け入れていたと知っていたからでしょう。ルナリア様の乳母でこそなかったですが、女官長として幼い頃から見守ってきたので嬉しい限りです。
(今は戦乱の世でもないので、求められてルナリア様も望んでいるのなら何も問題ないわ。ルナリア様、おめでとうごさいます! ……あら、でも?)
話は解りましたが何故、自分が呼ばれたのか。最初はルナリア様に付き従うのかと思いましたが、すぐに習わしを思い出して打ち消します。そんな私の再びの疑問に、イベリス様が答えてくれました。
「淑女教育は一応、確認はするけれど問題ないと思う。エンジュに頼みたかったのは、ルナリアの為にディアスキア語の教師を探して、皇宮に招いてほしかったんだ。ルナリアが嫁ぐのは、ディアスキア前国王の喪が明けてからにはなるけれど……王族ならリアトリス語を話せるだろうが、まさか嫁いでもずっとそのままではルナリアが肩身の狭い思いをするからね」
言われて、初めて気づきました。本や書類、あるいは皇国を訪れる方々はリアトリス語を話しますし、国内で降嫁する場合も問題はありませんが──他国に嫁ぐのなら、話は別です。通事に頼むことなく話が出来なければ話になりません。
「かしこまりました」
そう答えて一礼し、私は翌日には家庭教師組合本部へと赴きました。
……まさかディアスキア語に堪能な上、これから嫁ぐルナリア様に好都合でしかない女家庭教師が見つかりましたが、新しい生徒についたばかりでしたので任期終了まで数か月待つことになるとは。
そして引く手あまたの家庭教師らしく真面目で聡明で、更に素晴らしい才能の持ち主でありますが、それでも平民であるミナさんが再びリアトリス皇国を訪れたシラン様に見初められ、一人で旅立つ予定だったルナリア様と共に、ディアスキアに行くことになるとは思いませんでした。
もっとも、私としてはルナリア様の為にもむしろありがたかったので、ミナさんが少しでも快適に移動出来るよう、日程表やおやつなどを用意しましたけれどもね?




